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同人誌即売会、持ち込み、撃沈、慰め。

今日はイベント当日。

やっと、待ち合わせの駅に着いた。もう既に疲れ気味だ。行きの電車だけで、千円以上かかったのは初めてだった。学校がある平日よりも一時間も早く起きたので、眠い。


叔父さんがいた。最後に会ってからだいぶ経っていたのでシワや白髪が増えていた。本当に久しぶりに会うので、どう話せばいいか分からない。まずは敬語にしよう。

「こんにちは。今日は誘っていただきありがとうございます。」

「固いねぇ、大ちゃん。もうちょっとリラックスしてきなよ。」

「そうですね。叔父さんって呼ぶのも失礼だし、何と呼べばいいか…」

「じゃあナオさんって呼びな。」

「ナオさん、よろしくお願いします。」


会場を向かおうと、一緒に歩く。

ナオさんが自分のペースに合わせようと歩幅を合わせている。少し歩きづらい。

「僕の漫画、読んでくれているか?」

「作品名は聞いているんですが、いかんせん見る時間や機会に恵まれていなくて。」

「まぁ僕の漫画なんてインプットしてもアウトプットのしようがないからね!それで?専門学校はどうだい?調子いいか?」

「ぼちぼちです。」

「まぁ詳しく言わんでもわかるよ。君のことついては君のお父さんから大体聞いてるからな。半年も68ページも描いたんだろ?」

「それに加えて、23ページの漫画を描きました。これです。」

そう言いながら、カバンの中からB4の原稿が入ってるファイルを出して見せびらかす。

「お、描いてるね〜。後で読ませてくれるかい?」

俺は片方の口角を少し上げながらこうかっこつけた。

「担当がついたら見せますよ。」

「大ちゃん、言うね〜」


そんな雑談を交わしてたら、イベント会場に着いた。

一言で言えば、でかい。広い。会場はたまにテレビのニュースで、大手の企業が参加している大きな宣伝イベントで使われる会場でよく見ていた。その時の想像よりも十倍もデカかった。やはり現地に行かないと分からないこともあるのだな。


ナオさんのスペースは会場の角っこあたりにあり、壁側を背にする形で机と椅子が配置されていた。結構目立たない場所なので、ハズレでも引かされたのかな?そこに、カバンなどの貴重品とファイル以外の荷物を置いた。


「んじゃあ、お客さんが来ないうちに持ち込み行ってきな。」

「大丈夫なんですか?」

「設営は俺一人でもできるし、始まるのは二時間後だから、そんなに気にしなくてもいいよ。早く入れたアドバンテージを捨てないことだ。」

「本当に今日はありがとうございます。」

「わかったわかった。ほら、さっさと行った。」


編集部に着いた。広いので少し迷った。

前日に目星をつけている編集部の分だけ、エントリーシートを書く。


気を引き締めて、第一志望の少年誌へ行く。

「うち向きではないですね。」

撃沈。

今度は第二志望の別の青年誌。

「キャラがどういう性格か分かりづらい。」

撃沈。

そんな具合で第五希望まで撃沈。


編集部の評価を受けるたびに、メモが必要なくなるくらいに同じ部分を指摘されるので、次の編集部へ持ち込みする精神的なハードルが高くなる。

十二の編集部に持ち込みする予定だったが、半分までしかできなかった。


「まぁ初めての持ち込みでうまくいく方がおかしな話だよ。僕も持ち込みでうまく行ったことなんて一度もないからさ。」

取り繕うとナオさんが慰めてくれる。ただ、今の精神状態はこの一言に尽きる。

「もう描きたくない。」


その直後、聞き慣れた声がする。

「いい勉強になったじゃない、花垣くん。」


顔をあげたら、高橋がいた。

なぜか、ゴミを見るような目で俺を見ていた。

「あれ、高橋さん?来てたんだ。」

「あれ?知り合い?」


自分の声を無視して、目線をナオさんに向けて、屈託のなさそうな笑顔で話しかける。

「初めまして、ナオ丸さん!私、花垣くんと同じクラスの高橋という者です。漫画家としては不束ですが、花垣くんと同じ道を歩むものとして、よろしくお願いします!」

「おお、これはご丁寧に。」


なぜか背筋に悪寒が走った。

いつも無表情なのに、演技でもしようと思わなければあんな笑顔にはなれない。表情と口調とは裏腹になぜかドス黒いオーラが漂っていた。

「なんか、怒ってる?」

高橋は一呼吸を挟む。

「なんで自分の親戚が人気漫画家なのを隠してたの?私への当てつけ?」

声が一気に低くなった。やっぱ怒ってる。

え?人気なの?あ、でも、「ナオ丸」という名前はどっかで見たことがある。思い出した。学校にある卒業生実績の掲示板になんか書いてあった気がする。

ナオさんの方に向く。彼は照れていた。

「壁サーの時点で少しは察してよ!ホント勉強しろ!」


初めて高橋は怒鳴られてしまった。

何も言えなくなってしまった。その姿、まさにチワワ。

「大ちゃんを許してやってくれないか。あまり家族には自分の職業を公言してはいなかったんだ。」

「あ、あー。それはすいません。言いたくもない事情を言わせてしまって。」

「自分と同じ道を進むって聞いて、つい嬉しくなっちゃってね。アドバイスついでに職業を明かしてね。それをしたのがここ最近なんだ。」

「でも、ナオさん。その時は専門学校に入るのは反対してたよね?」

「それはそれ。これはこれ。」


高橋の鋭い視線が更に鋭くなる。あぁ、こっち向かないで。

「ナオさんって、どういうきっかけで担当と出会って漫画家になれたんですか?こんな機会、滅多にないだろうから聞いておきたいと思って。」

「あ、それは私も聞きたいです、後学のために。」

高橋が興味がありそうな話題を振って、視線と話をそらすことに成功した。あのドス黒オーラを浴び続けるのは、持ち込みで精神不安定な自分にはダメージがデカすぎる。


「担当がついたのはこの同人イベントがきっかけだね。参加を続けて新刊をだし続けたら、ブースのその場で名刺もらった。」

「「へー。」」

高橋と声が共鳴する。ちょっと恥ずかしい。

「そのあとは二年くらいかけて連載までこぎつけたけど、俺はあくまでも同人側にいるつもりだから。最近、その連載を完結させて、SNSのフォロワーが増えたから、これからは同人に力を入れようと思う。」

「そういえば、ナオ丸さんって最近はSNSで漫画を載せていますもんね。」

「お、高橋さん。見てくれてるんだ。ありがと〜。」


「SNSに漫画って載せていいの?」

「…は?」「…え?」

二人は困惑していた。

この小説の作者です。

漫画家の世界は商業出版だけではない。そう思いたいものです。

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