文化祭デート、たこ焼き、新たな疑問。
案内役のシフトが終わり、そんなに会話をしていない女子・高橋と一緒に文化祭を回ることになった。どうしてだ。
「えっと、高橋さん。よろしくお願いします…」
振り返る。
「よろしくね!花垣くん!じゃあまずは地下から行こうか〜!」
口数が少なく物静かだったさっきとは打って変わって、なんかわざとらしく笑顔になって楽しもうとしている。そのノリ、まさに声優顔負け。逆に背筋が凍る。
そんなノリが続きながら、お化け屋敷やアフレコ体験など、いろんなブースをまわり、文化祭1日目が終わった。
高橋は柄にもない演技をした疲れのせいなのか項垂れていた。やっぱりこうなったか。
「楽しかった…とは思ってなさそうだね。どうして一緒に回ったの?」
「…から。」
「ん?」
「今度描く漫画がデートに出るシーンがあるから…。」
「デートするキャラの気持ちを知るために、擬似体験をしたかったのか?」
頷く高橋。取材が目的か。
「でも、あんまり楽しくなかった。やっぱり好きな人とじゃないとヒロインの気持ちとか分からないのかな…。」
これは疲れすぎているな、少し労おう。
「楽しませようとしてくれる気持ちは嬉しかったし、俺は楽しかったよ。」
カッコつけた言葉に、彼女は起き上がり、スマホを取り出し、何かを入力している。
「何してるの?」
「今の言葉、メモしてる。ものすごくキザで童貞みたいなセリフだけど、言われてなんか嬉しかったから、使えそうかなって。」
使えそうって。褒められてる気がしないし、そこまで本気にされるのも恥ずかしい。まぁ多少は元気になったっぽいから良いか。
「今日の授業料として、これからなんか奢るよ。」
「じゃあたこ焼き。」
「お前も学校の屋台の方を食べたいのか?」
「そっちはコスパ悪い。学校近くのチェーン店の方。」
「文化祭でコスパとか求めるなよ。じゃあ行くか。」
たこ焼き屋に向かう道中、頭の中で聞きたいことを大きく二つにした。
一つ、いつから担当がついたのか。もう一つはこれから自分は何をすべきなのか。本当は何もかも聞きたかったが、これは彼女の残り体力を考慮した結果だ。無理に聞けば、縁が切れる。
そんなことをまとめていたら、たこ焼き屋に到着。
壁や外観がソースのように茶色なので、薄暗い。だが雰囲気というものがある。
「普通のたこ焼き12個の奴に、ウーロン茶2つお願いします。」
「で?聞きたいことって何?」
心にまっすぐな視線がズシンとのしかかってきた。
「…根掘り葉掘り聞きたいが、今日は二つ聞く。」
「うん。」
一呼吸置き、質問する。
「まず一つ目、担当がついたのはいつなんだ?」
「夏休み中だね。」
「え。」
八月と言えば、俺はまだ長編を描いている途中だ。早すぎる。
「持ち込みを始めたのは五から六月だった気がする。」
さらなる衝撃。店員から渡されたウーロン茶をジョッキ半分を飲み干してしまった。
「これからいろんな出版社の方が来て、持ち込みできる学校のイベントがあるだろ?」
「でもそれって、二月あたりに開催でしょ?それまで、待ってらんないよ。」
「た、確かに…」
「漫画持ち込み自体は年齢制限がないから、幼稚園児だってできる。そんな一回のイベント、というかチャンスに賭けて一喜一憂なんかしてる時間なんてないよ。」
もう何も反論できない。
彼女は授業を受けてすぐに気づいただろう。専門学校の予定をこなすだけでは漫画家になるには足りないと。そして俺も今、気づいた。いつの間にか、周りのぬるま湯のようなペースに合わせていたことに。
店員が優しく声をかける。
「たこ焼きでーす。あ、ウーロン茶追加しますか?」
俺は既にウーロン茶を全て飲み干していた。飲むという意識なんてなかったのに。
「お、お願いします。」
とりあえず口元無沙汰が気になるので、とりあえずたこ焼きを頬張ってしまう。熱い。
「うん。サクサク美味い。やはり学校のとは違うわ。」
「でしょ?これがコスパの求め方なんだって。あでも、やっぱ美味しいね。」
二人で半分の六個を頬張る。
「じゃあ、次の質問。じゃあ俺は何をすれば良いかな。」
「まずは、とにかく作品を多く作ることかな。多くの出版社に持ち込むことかな。」
「丁度良く来月に、オリジナルオンリーの同人誌即売会があるのって知ってる?」
「なんとなく聞いてる。」
嘘だ。その知識については疎い。オンリー?同人誌?何それ、たこ焼きより美味しいの?どこが丁度いいのか分からない。
「そこのイベントにいろんな雑誌の編集部が集まって、持ち込みとかやるらしい。先生によると、二月の奴とは比べ物にならないだって。」
「へー。行ってみようかな。」
なんとなく概要は理解した。自分にできることは、そのイベントでの持ち込みに備えて、もう一つ漫画を作ることだけだ。
「まずは画力を鍛えねば。」
「別にそこは鍛えようとしなくてもいいんじゃない?」
鳩に豆鉄砲。
「え?なんで?」
「これは持論だけどさ、画力で競い合うのは、写真という技術が台頭している時から時代遅れじゃない?漫画家よっては漫画を描くのに、写真をコラージュしている人もいるし。」
「でも、君は絵うまいじゃん。それって画力を鍛えたってことじゃないの?」
「お褒めの言葉ありがと。私は資料を見ながら、作品を描き続けていたら、勝手に上手くなっただけの話だよ。というか、68Pも漫画を描いた君も絵がうまいと思うよ。」
「え、そうかな?やっぱり、質を求めるならまずは量なんだな。」
高校時代に想いを馳せた。あの委員長の言葉は間違いではなかったんだな。
「だから鍛えるとしたら、ストーリー。ここは、どうしても描く本人のひととなりがでてくるから短期的な対策じゃどうにもならない。」
確かにそうだな。
「ストーリーを彩るのは知識。」
おっと?雲行き怪しいぞ?
「知識を積むには勉強しかない。てな訳で…」
おい、おいちょっと待て。
「勉強しろ。」
ここでそのワードが出るかぁ…。頭に響く。
怯んでたまるか。奥歯をガタガタ言わせながら、会話を続ける。
「ちな、ちなみに、君は何を勉強しているの?」
「犯罪心理学とか?」
「君はこれからどんな漫画を描こうとしているの?」
「ちょっと言えないトコ。」
沈黙。高橋はそれを意を介さず、残りのたこ焼きを頬張った。少し冷めて食べるのに最適だったのか、控えめに美味しそうな表情をしている。
「これから俺の話すことは、質問ではなくただの愚痴。だから聞き流してくれてもいい。」
「ん〜?」
「世にでている漫画家ってすごいって思ってんだ。ストーリーとか考えたり、絵を描いたりさ。俺、本当に漫画家になれるかな?」
高橋は口の中にあるたこ焼きを飲み込んだ後、すぐに答えた。
「別に全部一人だけでやる必要はないんじゃない?」
え?
「さっきは作画も原作もやる前提でアドバイスしちゃったけど、漫画に限らず、大抵の業種って分業制じゃん?今、読切の打診は来てるけど、原作だけだし。」
「そうなの?」
「作画も原作もやっている漫画家で一人で描いて食っている人はいないよ。必ずアシスタントがいる。一人でやりたいなら、それでもいいよ。でもその場合、訴求力が激減することは覚悟した方がいいよ。」
「そう…」
「どっかの動画の受け売りだけどさ、漫画家ではなくさ、ビジネスマンとして考えてた方がいいよ。自分というコンテンツを売り出すという意味でさ。」
無言。
「そう考えるとコミュ力も大事。私が言えたことじゃないけど。」
また会話が無くなる。気まずくなってきた。
「ご、ごちそうさまでした。これ以上質問が無いなら帰ろうか。今日はありがとね、花垣くん。もう夜も更けてきたし。」
少しは気が楽になり、心のつっかえがなくなった。でもこっちが立てれば、こっちが立たず。帰りの電車に乗っていたら、新たな疑問が湧いてきた。でも、それを誰かにすぐ聞くと、回答によっては、自分のアイデンティティが壊れてしまいそうで怖い。だからここは描写に書くように自問自答する。
なんで、そんな大事なことを専門学校は教えてくれないんだ?
専門学校って何のためにあるんだ?
この小説の作者です。
たこ焼きは美味しいです。