オープンキャンパス、そして絶縁。
オープンキャンパス当日、専門学校の最寄り駅で少しモジモジしている。
尿意があるわけでは無い。トイレは改札を出る前に済ませておいた。この日が楽しみだったので約束の時間より一時間早く来てしまったのだ。その暇つぶしに高架下に描いてあるいろんな作品から来たキャラクターが集合している絵を隅々まで鑑賞していた。
その姿が怪しく見えたのか、時々職務質問もされた。勘弁してくれ。
少々疲れてきて眠くなった所で、佐川の声がした。眠気や疲れは吹っ飛んだ。すぐに顔を上げた。
「よう花垣、待ったか?」
「いやぁ全然?じゃあ行こうぜ!」
テクテク。少々早歩きの俺に佐川はペースを合わせてくれる。
「…花垣、いつから漫画家になりたいって思ったんだ?」
「覚えてない、でも結構昔からだったと思う?」
「のらりくらりだねぇ。」
「志に時期なんて関係ないよ。」
「そういうもんなのか。あぁそこのコンビニを右だな。」
一緒に歩き始めてだいたい五分、専門学校に着いた。雑談をしながら歩いたので、結構早く着いた。最寄りの駅からは大した距離では無いが、道のりまで繁華街を通る。その繁華街の人口密度がすごい。渋谷を歩いていた時のことを思い出す。近くに別の学校もあるのか、学生っぽい人が多く歩いていて、まぁ大変だった。
校門前に着いたので早速、目に入った自販機でコーラを買い、缶の中全てを飲み干した。
「いや早く入ろうぜ?」
建物に入った直後、学校の人に案内されて、4階の説明会場まで案内してくれた。
開いている扉の先には結構広いホールがあり、一番奥には舞台、そこに大きいプロジェクターが置いてあった。ここで文化祭をやったら大いに盛り上がりそうだな。
全体を見回すと、在校生が制作したと思われる作品やメイキング資料が大量に置いてあった。そして、自分と同じ身長と同じくらいのあの国民的アニメのロボットのフィギュアが置いてあった。びっくりした。昔からあるのか、よく見ると、ところどころ年季が見えてしまう。
席に座る。場所はもちろん一番前。間近で説明したいからね。
発表が始まる直後に後ろを振り返ると、席は全て埋まっており中には立っている人もいた。親子連れが多いのもあるが、エンタメ産業に関わりたい人がこんなにもいるということを改めて実感できる。一番乗りに座って、他の人を立たせてしまった事に余計な罪悪感が出てきてしまった。なんかすいません。
パンフレットと発表のスライドはこの前の進路説明会とほぼ同じモノだったが、初めて学校紹介動画を見せてくれた。一言感想を言うと、楽しそう。授業内容や設備もそうだが、通常の授業とは別に、声優やアニメといった全く違う分野を学べる特別セミナーもある。本当に今いる在校生が羨ましく感じる。
佐川が苦悶な表情をしていたのはこの辺りだった。
でも、この学校の魅力に触れれば、すぐに笑顔になるさ!
発表が終わり、見学しているコースごとに分かれて施設見学。教室、デッサン室、パソコン室と順番に回っていった。こんな所で切磋琢磨に研鑽していると思うと、オラ、ワクワクすっぞ!
そして今日一番楽しみだった体験授業。
内容はお絵描きソフトでカラーイラストを描いてみるという内容だった。
PCの前には、モニターの前にはキーボードとマウス、黒い板とペンが置いてある。講師の説明を聞かずにさっそくかいてみよー!と思ったが、ペンからはインクは出ないので、どうやって描くのかわからなかった。
「なぁ佐川。これどうやってインクを出すの?」
「黙って話を聞こうぜ?」
講師の説明によると、黒い板はペンタブレット、界隈では板タブというらしい。板タブとペンでマウスの代わりに使えるらしい…残りの知識は自分で調べてくれ。読者の君の方が詳しい場合の方が多いからな。
使ってみた感想はいろいろある。ペン先に視線が集中しないから、学校で取る姿勢と全然違い、自然と姿勢が良くなるので操作感は独特だった。一番感動したのが、ペンの力の入れ具合によって線の太さが変わると言う事だ。この機能によって何が出来るかわからないが、なんかすごい。まさに俺は炎を初めて見た類人猿だ。畏怖で心が満たされる。
「すげぇなぁ佐川!」
「うん。」
まだ彼の表情は最後までそのままだ。
オープンキャンパスが終わり、気づいたら空には夕陽が出ていた。
「いやぁ楽しかったね!今度は十月後半に文化祭があるから、また一緒に行こうよ?」
「まぁ楽しかったのかな?」
「うんうん!」
「でも……めるわ。」
「へ?」
「俺やっぱ専門学校行くのやめるわ。ちゃんとした大学にする。」
佐川の発言に思わず寝耳に水。
「何言ってんだよ、佐川。専門学校に行って一緒に夢叶えようぜ。」
「なぁ花垣、お前は漫画家になれなかった時を考えているのか?」
「なんで考える必要がある?頑張れば、必ずプロになれるって。そんな事、考えなくてもいいだろ?」
言い返そうにも、彼の論点がよくわからず、少々しどろもどろになっていた。
「卒業生が入った会社がどこ行ってるか配られた資料全てを見たのか?コミックコースに行った人のほとんどは漫画どころかエンタメとはほぼ関係ない会社に就職してるんだぞ?夢見すぎなんじゃねぇか?あのスライドはともかく、資料にはちゃんと現実が書いているぞ。」
「どうせ就職はしないから見てなかったけど、わざわざ言ってくれるとは親切やな。何が言いたい。」
COOLになれ、花垣よ。
「確信したよ、専門学校に入った奴はろくなことにならないって。お前まで同じ道に堕ちる必要なんて無いんだって!」
冷静。
「そもそも、専門学校に行かなくても、漫画は描けるさ。四年制の大学のモラトリアムで少しずつ、絵を上手になろうって。大学でも漫画家になれなかったら、就職して、仕事の合間に描けばいいって。いや、俺たちが描かなくても他の人が描いてくれるさ!」
俺は冷静だ。冷静冷静冷静冷静冷静冷静冷静冷静……
「俺は、今すぐにでも漫画家にならなればいけないんだ!」
「花垣、なんでそんなに生き急ぐ?いや、本当はに…」
「違うッ!!」
冷静になれなかった。
「あ、やべ、ごめ…」
「いや、いい。わかった。もうお前がどの道に進もうが知ったこっちゃねぇが、これだけは言わせてくれ。」
胸ぐらを掴み、耳元を口に近づけ、こう囁いた。
「勉強しろ。お前は視野が狭すぎんだよ。」
掴まれた胸ぐらはすぐに離し、彼は時間を無駄にされたと言わんばかりに、足早に帰る。疑問と恐怖で感情が塗り固められて、去っていく友達だったはずの佐川の背中を見送ることしかできなかった。
彼が見えなくなって八秒後、電柱に近づき人目を憚らず、うずくまって泣いてしまった。友達に怒鳴ってしまったことよりも、自分の夢を馬鹿にされて反論できない自分の甲斐性の無さに打ちひしがれた。
勉強しろ。
その一言が頭の中でトンネルの様に反響し、忘れたくても忘れられない。なんで専門学校に入ってわざわざ勉強をしなければならないのか理解できない。
もういい、あいつは友達なんかじゃない。でも、あの学校の人は夢はいつか叶うって言ってた。理論武装は入学した後からでもできる。
立ち上がり涙を拭い、駅に向かう為に歩いた。
この小説の作者です。
オープンキャンパスが一番楽しいよね。