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進路説明会

高校一年生・花垣、俺は彼女を作れなかった。俺の青春は終わった。高校に入って陽キャですよアピールすれば、自然とできるモノだと思っていたのに…。この無念は次の俺に託そう。


今日も、そんなくだらないと自覚している冗談を中学からの心の友である佐川に愚痴みたいに言った。

「はいはい、花垣くんは無理なキャラ作りを保てなくなって、高校デビューに失敗したかわいそう子ですねぇ〜。」

「慰める気ないだろ佐川く〜ん。それよりも、0時に更新されたあの漫画見た?」

「見た見た!あの展開は胸が空いたよな〜。」

「購買で買ったお菓子食べる?」

「腹じゃねぇよ、アホか。」

話は無料公開されている漫画で盛り上がる。


高校デビューには失敗したが、別に高校3年間ぼっちが確定になった訳ではない。スマホアプリの漫画が救ってくれた。クラスでぼっちになった時の暇つぶしにはすごい役に立った。クラスは全体的にエンタメ寄りのサブカル気質なので、共通の話題として漫画が流行っている。さっきは適当に佐川を心の友とは呼んでたけど、中学の時はそんなに会話はしていなかった。最近、読んでいたところを声を掛けられ、話が合った。結局のところ、高校でたまたま好きが重なっただけの話だ。


漫画に関する他愛のない会話は続く。

「あー早く外からテロリストが来て撃退したり、トラックに轢かれて異世界転生してチート能力とか貰えないかなー。」

「花垣、流石に夢と現実の区別をつけなさすぎ。少しは勉強しろ。そうすれば、どれくらい馬鹿なこと言ってるかわかるぞ?この前の中間テスト、ほとんど赤点ギリギリだったんだろ?一年でこれってヤバイからな?推しが悲しむぞ?」

確かに、願うだけ無駄か。勉強しなきゃ。でも、何のために勉強するか分からないよ。


「つーか俺、推しとかいないもん。作りまくった後に、その推し全員死んで『推し寡夫』って呼ばれるのは勘弁だかんな。」

「クラス中から『推し寡夫』と呼ばれている人が目の前にいる時に、よくそんなこと言えるな?泣くぞ?いや、サヨナラだけが人生さ。」

「すいません、佐川さん。」

お互いに沈黙。


「…どうせだったら、漫画家になりたいな〜。」

「漫画家?おまえが?一周回って面白そうだな。」

「あ、うん。漫画家って、なんか市場は大きいらしいし、稼いでる人はスゲェ稼いでいるんだよ。わかる?わかるよな佐川?」

「お、おう…。」

いつもより饒舌に喋って圧力を出しすぎたせいか、彼は困惑していた。好きな事になると早口になってしまう気持ち悪いこの癖は一生治らないらしい。


「地に足がついていないって言われたら身も蓋もないけど、漫画家ほど好きを仕事にしている人種とかいなくない?俺、羨ましいよ。何より、絵のことだけを集中すればいいから、勉強しなくてもいいし。勉強したくない。」

「なりたいって言って、なれるもんでもないでしょ、漫画家は。…あと勉強しろ。」

「それもそうだなぁ。」


でも、今日は勉強のことを忘れよう。なんせ午後の授業はないらしい、やったー。その代わりに、高校全体での進路説明会があり、多種多様な職種の大学や専門学校が来てくれて、なんかかんやプレゼンしてくれるらしい。えーやだ。

仕事なんて自分には関係ないので、すぐにでも帰りたい。

「ねぇ、これサボれないの?」

「サボっても担任は何も言わないかもね。でも、自分の将来に関わるんだ。受けていて損はないと思うよ。」

「へーい。」メンドクセー。


「それに、漫画家になりたいって言ったよね?一覧に漫画も入っているから、まずはそこに行ってみたら?」

「えぇ、入ってるの?うっそだ〜。」

少々佐川を疑いながら、説明会の職種一覧を見たら、「マンガ・アニメ」という項目があった。開いている目を更に開いた。

「ねぇ、佐川。一緒にここの職種の説明会、行ってみない?」

「え、別に一緒じゃなくもいいでしょ。それに、俺こっちの大学のほう見ていきたいし…」

「お前も漫画好きだろ?好きだよな?いいから見に行こうぜ!」

「あの、いや、だから俺」

「問答無用!」

半ば強引に佐川を連れていき、説明を聞きに教室に入った。


結構人数が入ってるのか席はすでに埋まっている。こういうの憧れる人は多いのだろうか、俺を筆頭に。配られたパンフレットを見た瞬間、興奮を抑えられず呼吸が荒くなった。まるで養豚場の豚だ。ブヒブヒ言ってる。

表紙には綺麗なイラスト。自分もいつかこんな美麗なイラストを描けるのかと思うと本当に胸が躍る。その衝撃はテロリストの襲撃やトラックを連想させ、プレゼンしている女性が異世界転生の際にチート能力を授ける女神に見えた。


プレゼンの説明に待ちきれず、パンフレットをめくるめくる。

専門性の高い授業を豊富に揃えているカリキュラム、有名な作品を手掛けた豪華な講師陣、最新を取り揃えている設備、誰もが聞いたことのある作品の実績。そして有名なテレビ番組とのタイアップ。パンフレットが見せる夢全てが魅力的に感じてしまう。業界に入ったような感覚が電流のように走りまくる。


苦笑いしながら少し引いている佐川からの視線も多少気になるが、意を返さずにパンフレットをめくるめくる。更に読み進めていって、いろんなメリットを見出す。専門学校はほとんどの場合、2年で卒業。つまり、2年頑張れば漫画家になれる。意外と早くプロになれるんだな。大学と違って4年も勉強しなくてもいい!試験方法は書類選考。つまり、金を出せれば、ほぼ合格。高校を卒業さえできれば、自動的に漫画家ウハウハコースだ。こんなに夢の溢れる進路がどこにあるのだろうか。

「なぁ佐川!いいな!これ!」

「あぁうん。ソウデスネ花垣サン。」


今すぐにでも漫画の専門学校という特別な雰囲気というものを味わいたい。楽しみ過ぎて、上下の口から何か漏らしてしまいそう。それは後でトイレで済まそう。夏休みの間に体験授業もできるオープンキャンパスがあるらしいので、行くことを決めた。

佐川も一緒に行くよな?うん、佐川と一緒に行く約束をした。


道はもう定まった。今の俺のような人々に救いを与える漫画家になる。その為に、専門学校に通って漫画力というものをメキメキ鍛えたい。そして、高校では作れなかった彼女を作る。まずは、高校を卒業できる程度には勉強しなければ。


説明会に行ってよかった。こんなにも自分の夢が広がるとは思わなかった。勧めてくれた佐川に感謝せねば。ラーメンでも奢ろうかな?


しかし、この時の俺は知らなかった。

この決断が地獄への片道切符だということを。そして、地獄に行くまで、踏みとどまるチャンスが幾度となくあったことを。

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