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4.アルビエール伯爵

マリー·ルーは、住み込みで雇ってもらえる食堂の給仕の仕事を見つけた。


この自分の男装のまま働いていれば、本当の家族が接触してくるのではないか、家族ではなくても、母マリオンを知っている人物が近寄って来るのではないかという、少々危険は伴うが彼女なりの賭けに出た。


母が外に出したがらなかった程、私はその人に似ているのだろうから、自分を囮にして呼び寄せる方が、自分から探しまわるよりも効果があるだろうと見込んだのだ。

はじめはアルビエール伯爵に事情を聞いてみたいと思ったが、面識もなく突然押し掛けてしまうのは迷惑になると申し訳ないので思いとどまった。



ふた月が経った頃、その日の店じまいをしようとしていると、マリー·ルーは酔っぱらいの男に絡まれた。

深酔いしたらしい四十がらみの男は「全部お前のせいだ」という、理不尽極まりない恨みのこもった視線で吐き捨てるように言うと、マリー·ルーに掴みかかろうとしたところへ、別の客が止めに入った。

その客は変装はしていたが、身分は恐らく貴族だと予想できた。

話があるのでこの後少しよろしいですかと声をかけて来たので承諾した。


「あなたはマリオン様のご息女なのですか?」

「······はい。でも私は一度も母には会ったことはございません」


アガタはマリオンは死んだと言ったが、それはもしかしたら嘘かもしれないと思い、マリー·ルーは僅かに希望を抱いていた。


「詳しいことを知りたかったら、私についていらっしゃい、レディ」


マリオンの子が娘だと知ってるということは、真相を知る人物で間違いはない。


身なりは悪くないその男に対して警戒心はあったが、事実を知りたかったマリー·ルーは彼に従った。

マリー·ルーは常に護身用に短剣を肌身離さず携帯していた。


馬車に乗せられ、連れて行かれたのはアルビエール伯爵の別邸のようだった。

それは馬車の車窓から見えた邸宅の門に施された紋章からわかった。

アルビエール伯爵家は武門の家門と聞いていた。

子どもの頃にそれを知ってから自分も乗馬や剣術を少しでも身に付けようとしてきたのだ。

マリー·ルーは夜会や茶会には参加していなかったが、父かもしれないアルビエール伯爵の紋章だけは知っておきたいと以前に覚えておいたのだ。


「ここまで瓜二つとは」


白髪混じりの黒髪に細身の初老の伯爵は、マリー·ルーを見るなり、驚きを滲ませてそう言った。


「あなた様は私の父が誰かご存知なのですか?」


伯爵はそれには答えようとはしなかった。


「ブランシュ伯爵夫人はあなたが私の父だと言っていましたが···」


はったりでも言わないと聞き出せそうにない。


「私である筈がない。私はマリオン様とは男女関係ではなかったのでな」

「アガタはあなたの恋人だったのですか?」

「トマの父は私だ。それ以外は違う」


伯爵の淡い青の瞳は確かにトマを彷彿させた。これが本当ならば、トマはエルベ侯爵との間の子ではないということだ。


アガタという人はどこまで嘘をつくのだろうか。

嘘まみれのブランシュ家の人々が気の毒でしかない。

トマだけでなく、リズベスやイザベルの父親もこれでは怪しい。


「明日、父親に会わせてやろう」


彼はドレスを用意してマリー·ルーに着替えさせた。

マリー·ルーを見つめる伯爵は、どこか遠い目をしていた。


「君と君の母君の名誉のために言っておくが、マリオン様は王宮侍女だったが、高級娼婦などではない。高級娼婦というのはアガタの悪意からの虚言に過ぎない。今日はもう遅いから休みなさい」


一見冷徹そうなのに思いやりがあるところも、トマに似ているとマリー·ルーは思った。



翌日の午後伯爵邸にやって来たのは、伯爵と同じくらいの初老の男性だった。


伯爵が恭しく出迎えたその人物にマリー·ルーは見覚えはなかったが、伯爵が彼を「陛下」と呼んだのでマリー·ルーは衝撃を受けた。


まさかこの目の前の老いた男性が国王陛下その人で、しかも自分の父親だとは想像の域を越えていた。


「······マリオンに生き写しだな」

「左様です」

「赤子の時以来だ」


王はマリー·ルーへ近寄ると赤褐色の髪と頬をその手で撫でた。

緊張で硬直したマリー·ルーは身じろぐこともできず、何も言えなかった。


マリー·ルーの母マリオンは子爵家の出身で王宮侍女として勤めている時に王の目に留まり、寵愛を受けるようになった。

マリー·ルーを身籠り、秘密裏に出産したが、王妃に感ずかれてマリー·ルーを隠す必要が発生し、当時王の護衛騎士を務めていた伯爵がマリオンとその子どもを匿った。


マリオンが亡くなってからは、子爵家に嫁いだマリオンの妹が面倒を見ていたが、ブランシュ伯爵の子ということにして育てても良いとアガタが申し出たのだ。

その方が子どもの出自を隠しやすいのと伯爵家が面倒を見てくれるなら姪のためにも良いだろうと判断したため、子爵はアガタにマリー·ルーを養女に出した。


アガタの目的はマリー·ルーに支払われる諸々の費用だった。

かつて恋人だったアルビエール伯爵が別れた原因は、アガタの度重なる虚言と浪費により実害を伯爵自身が被ったからだ。

以来アガタのことを一切信用できなくなり、彼女が妊娠したというのも本気にせず突っぱねた。

その後すぐにアガタがブランシュ伯爵と結婚したため、トマが自分の子だとは長い間知らずに来た。


数年前のある夜会の日、すれ違い様に「トマはあなたの子よ」と言い放ったアガタに伯爵は愕然とした。

しかも子爵からマリー·ルーまでも引き取ったことを知ると、忌々しいアガタを秘密裏に監視しないとならなくなっていった。



「陛下、今後マリー·ルー様をどうなさるおつもりでしょうか?」

「引き取りたいのはやまやまだが···、すまないがそれはできない」

「アガタを養育費横領と契約違反の罪で捕らえていただければ、私に良い考えがございます」

「わかった、お前に全て任せる」


アガタは王家とマリオンの実家の子爵家からそれぞれ渡されていたマリー·ルーの養育費用を着服し自分の遊興費に当てていた。

また、マリー·ルーの結婚用の持参金まで使い込んでいたことが発覚し、アガタは秘密裏に逮捕、投獄された。


ブランシュ伯爵家は取り潰しとなったが、トマが爵位を自ら返上するという形を表向きは取って穏便に処理された。


トマはアルビエール伯爵の取り計らいで、シャゼル王国にあるアルナリアの飛び地の領地を与えられ、当主が亡くなり跡継ぎがいなかったオベール男爵家を継いだ。

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