1. 異父兄妹
マリー·ルーの4人兄妹はみな父が違う。
しかも父であるブランシュ伯爵と母アガタとの間には本当の子どもがいない。
兄を身籠った母が父に嫁いでから、次々に産まれたのは、みな母の愛人との間にできた子どもだ。
伯爵家の唯一の子息だった父には生殖機能がなく、名目上の嫡男を作ってもらえるなら貴族でありさえすれば誰の子どもでも構わないという条件は、妊娠初期に恋人に捨てられた母には好都合でしかなかったのだろう。
これは父方と母方双方の祖父母や親戚にも秘匿されている。
兄のトマの父はエルベ侯爵、上の姉のリズベスの父はユペール伯爵、下の姉イザベルの父はクレイル男爵、そしてマリー·ルーの父はアルビエール伯爵だと言われている。
嫡男を設けてくれれば、愛人を持ってもいい、愛人との子も自分が引き取るという父の寛容さに母アガタは甘え倒したのだ。
当然ながら兄妹四人全員が父には全く似ておらず、そして末っ子であるマリー·ルーは、母にすら微塵も似ていなかった。
マリー·ルーを除けば、金髪の濃淡の違いはあっても、父も母もみな金髪で、淡さや濃さの違いはあってもみな青い瞳ではある。だから全員が父の子ではないとは周囲からはそれでも疑われてはいなかった。
ただ一人マリー·ルーは、赤褐色の髪に緑の瞳だった。
母方にも父方にもそんな髪や瞳の人はいなかったから、唯一家族の誰にも似ていないマリー·ルーだけが異質な存在として浮いていた。
父が病床に臥してから授かって産まれたこと自体に無理があったので、マリー·ルーが父の実子というのは周囲にさえ疑惑を抱かれているらしかった。
そのせいもあってか、マリー·ルーは姉達のように学園には通わせてもらえず家庭教師がつけられ、社交界へはデビューはおろか一切参加させてはもらえずいた。
「お兄様、お姉様、行ってらっしゃい」
マリー·ルーはいつも夜会は留守番で、見送りをするだけだ。
そして母はマリー·ルーが14歳を過ぎた頃から、来客には会わせず、街へ外出することも禁じた。
「あなたがあまりにもそっくり過ぎるからよ」
母に理由を聞くとそう忌々しげに答えた。 誰にそっくりかは、マリー·ルーの父親にだろうと家族はみな承知していた。
兄や姉達はそれほどそれぞれの父親に似ていないということなのか?
夜会や街に何の心配もなく自由に行ける兄達がマリー·ルーには羨ましかった。
姉のリズベスは婚約者と揉め事を起こしたが、なんとか侯爵家へ嫁ぎ、イザベルも無事伯爵令息と婚約した。
「結婚するなら伯爵家以上になさい」という母の言い付けを二人は守ったのだ。
そして長く臥せっていた父がこの世を去り、兄のトマが家督を継ぐことになった。
母を毛嫌いするせいか女嫌いだという評判の兄も年貢の納め時か、父の喪が明けるとようやく婚約した。
身持ちの悪い母が見繕って来た令嬢にしては貞淑で控え目な美しい伯爵令嬢だったので、渋々トマも承諾した。
兄の婚約者アナイスは男装している妹、マリー·ルーをしばらくは弟だと思い込んでいた。
夜会にも街にも行けないマリー·ルーは髪を短く断ち、乗馬と剣術に傾倒していたために 自然に男装を好んでするようになっていた。
いつの間にか家族からの愛称は、男装するようになってからはマリーからルーに変わっていった。