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第6話 初めての依頼

「今日もいつものところで?」

「ええ。頼みます」


 今日もいつもの場所まで御者に運んでもらう。冒険者ギルド近くの大きな広場……から2ブロック離れた小道だ。彼はブラスといい、私専用の馬車をいつも出してくれている。年配のベテランの御者で、口数が少なく、余計なことを聞かれないので私としてもずいぶん気が楽な相手だ。


 冒険者を始めて3か月、最近はダンジョン内で迷子になることもなくなった。


「油断してると死ぬぞ」


 と、冒険者仲間が口を揃えて言うので決して油断するつもりはないが、それでもやはり慣れというのは出てきている。


「じゃあ掲示板見て依頼でも受けてみたらどうだ?」

「依頼か~」


 これまではダンジョン内の魔獣を狩り、それを素材屋(買取所)へ持っていくだけだった。


「あ! そう言えば階級どうなってるんだろ!?」


 素材の納品数や難易度、種類によって功績が決まる。特にこの街は素材買取所とギルドの連携がしっかりできているので私が日々積み上げた魔獣の素材はきっちりポイントとして積み上げられているはずだ。


 少々緊張しながら冒険者ギルドの、階級確認窓口へと向かう。


F(超初心者)が、E(初心者)に上がるのは楽勝だ。そっからC(一端の冒険者)にいくのが大変なんだよ』


 という話は聞いていたので、冒険者の証である銀色のタグに、Dと刻まれていたのを確認して安心した。


「すっげぇ! もうDかよ!」

「毎日頑張ってるもんなぁ」

「そうよ! 朝から夕方まで頑張ってるわ!」


 ここまで2年以上かかる冒険者も少なくないという話だ。是非とも地道に狩り続け買取所に通い詰めた私をもっともっと褒めて欲しい。


「勤め人みたいだな~」

「た、たしかにそんな感じね……!?」


 まさかのベテラン冒険者からのツッコミに、前世でOLやっていた時のような生活習慣を思い出した。


「いやでも無茶した新人冒険者がサクっと死んじまわないように、最近じゃギルドが初めの一年くらいは日帰り探索を推奨してるらしいぞ」

「へぇ~時代は変わったなぁ」


 冒険者歴が長ければ長いほど、この話は新鮮だったようだ。


(体調管理は冒険者にとって大事だしね~)


 冒険初心者が連日連夜、魔獣に囲まれた世界でベストの状態を維持するのが難しいのは、まだ日帰り探索しか経験していない私でもよくわかる。


「いやでも、立派立派! 間違いなくギルドにも期待されてるな」


 Dというのは、冒険者として堂々と名乗れる階級だ。

 久しぶりに他人に努力を褒められて嬉しくなる。渾身の花嫁姿すら旦那様には褒めてもらえなかった。


「俺、Dまで上がるのに1年半はかかったぞ」

「高レベルの魔獣も倒してるからなぁ。戦闘力だけならこの街でも上位だな、テンペストは」


 その戦闘力だけなら実力を認めてくれる冒険者は多い。だが冒険者の階級はそれだけでは上がらない。強いだけじゃダメなのだ。何より私はまだまだ経験値が足りない。ダンジョン内の魔獣狩りはそれなりに評価されてきたが、逆に言うとそれだけなのだろう。


 ギルドの依頼掲示板に張り出された案件を見てまわる。ブラッド領だけでなく、近隣領の依頼も掲示されているので、案件数は多い。


「護衛の依頼はCからか~」


 各依頼用紙には求められる冒険者階級もあらかじめ記載されていた。それを見ると、どの護衛依頼もすべてCからとなっている。

 いつかどこかのお姫様をカッコよく護衛してみたいものだ。


「依頼する側からするとそのくらいの階級は欲しいだろうな」

「確かにね」


 と言うわけで、今回私が引き受けたのは討伐依頼だった。


「討伐っつーか駆除だ駆除」

「そうねぇ」


 同じ依頼を受けたのは、最近よく組む2人。あらゆる武器を器用に使いこなすレイドと、おっとりしている斧戦士ミリア。3人とも歳が近く気も合う。レイドは武器職人の息子で、ミリアはこの中で1番階級が上のCだ。


 短髪オレンジヘアのレイドは今日は短剣と盾を装備していた。パープルグレーの長い髪を持つ長身美女のミリアは大きな斧をクルクルと回して準備運動している。


「育ちすぎたマンドレイクって、あんな風に好き勝手動いちゃうんだ?」


 私が本で見たのとちょっと違うようだが……。


「あれは亜種ねぇ~普通は地面の中よぉ~勝手に出てこないわぁ」

「そういや色がちげぇな」


 場所は隣街へ向かうメイン街道から少し離れた小さな道、その近くの森の中。討伐対象はすぐに見つかった。と言うよりあちらから攻撃しにわらわらと現れたのだ。


「マンドレイクのアイデンティティの叫び声、失ってんじゃん!」


 この世界のマンドレイクは、叫び声を聞くと失神してしまう植物系の魔獣だ。だが目の前に見える小さな灰色のマンドレイク達はガウガウと奇妙な鳴き声をしながらどんどん近づいてきた。声だけで我々にダメージは与えられないらしい。


「そうでもないみたいよぉ~」


 ミリアが斧を構え直した瞬間、マンドレイク達が大きく口を開く。


(弾丸!?)


 小石のような沢山の球体が、私達めがけて発射された。


「ごめん!」

「大丈夫よぉ~」


 カンカンカンカン! と大きな金属音が響く。


 ミリアが大きな斧で弾いてくれたおかげて無傷で済んだ。レイドの方も小さな盾で上手くさばききっている。魔術師である私が味方全体に防御魔法(シールド)をかけるべきだったのに。


(悔しい~! こういうところがまだまだってことよね……!)


「じゃあいきましょ~」


 ミリアの緩い掛け声に合わせて、3人で飛び掛かる。数が多い。どんどん増えていくマンドレイクを今日中に全て討伐出来るだろうか。


「よいしょ~」

「オラァァァ!!!」


ーーパチンッ


 前衛(アタッカー)の2人がまず切りかかった。私はバーンと燃やしたいところだが、周辺の木々への延焼が怖いので『パチン』と指を鳴らす音と比例する程度の範囲の狭い魔術を使うしかない。派手な魔法を使ってさっさと終わらせたいところだが、周辺環境がそれを許さない。

 指を鳴らす程度の魔術とはいえ、私の魔術だ。この、私の、術だ。威力に問題はない。……はずだった。


「かた~い!」

「うげぇ! 刃こぼれしちまった!」

「燃えないんだけど!?」


 敵の最初の攻撃で気が付くべきだった。


「これ! 属性変わってない!?」

「そうみたいねぇ」


 マンドレイクは熱に弱いはずだ。だから燃やそうとした。なのに少しもダメージを感じていない。


「これどうするよ……」


 レイドがため息をつくように呟いた。


「どうりで依頼料がいいはずだわぁ」

「情報隠してんじゃん!」

「これだけ増えてるってことはかなり放置してたってことだろ!?」


 岩のように硬いが、岩程度であればミリアの斧で粉砕出来る。そうはならないということはよっぽど硬いのだ。さて、どうするか。


「私とレイドは関節狙いましょう~あそこなら切り離せそう~」

「じゃあ私は魔術の属性変えて試してみる」

「それが良さそうねぇ」

「ええ!? 大丈夫かよ……!?」


 レイドは少し慌てるが、さっさとマンドレイクの方へ向かっていったミリアを追いかけて行った。


「さて……」


 とりあえず、沢山湧いてくるあいつらの動きを止めよう。小粒弾をくらっても即死はないが、あれはかなり痛そうだ。


「おりゃー!」


 私は地面に足を叩きつけた。そこからどんどん氷の柱がバリバリと音を立ててマンドレイク達へ向かっていき、一気に足元を凍らせることに成功した。やつらは動けなくなったことで口々に怒りに満ちた鳴き声を上げたので、すぐに全体を凍らせ黙らせる。少し離れた所ではドコ、だとかバキ、だとか鈍い音が聞こえてきた。同じく不満に満ちたマンドレイクの鳴き声も聞こえたので、味方が優勢なのがよくわかる。


「マンドレイクって結構良い値段で買い取ってもらえるけど、これはどうなのかな~!?」


 離れた2人に声が届くように、魔術の合間に大声を出して尋ねる。


「本来ならいい薬に使えるって話よねぇ」

「どうだろうな……とりあえず持っていくだけ持って行ってみるか!」


 レイドもミリアもうまくマンドレイク達の関節を切り落としていく。凶暴だが強くはない。


(あれでランクはCとDって言うんだから冒険者は層が厚いのね~)


 私は武器を持たせてもらえなかったので魔術しかわからないが、あの2人の強さくらいはわかる。一度も敵の攻撃を受けることなく、どんどん数を減らしていった。


「負けてらんないわね!」


 結局1番効くのは氷魔法だとわかった。どうやら植物由来であることに変わりはなかったようだ。寒さに弱いようで、凍らせてしまえばあっという間に活動停止した。


「おーおーおー! よくこれだけ狩ったよなぁ」


 道端にマンドレイク(亜種)の山ができあがり、それを三人で見上げている。


「ギルドに報告して依頼者には注意してもらわなきゃねぇ。情報次第では命取りにだってなるのよぉ」


 こういう時にギルドに間に入ってもらえるので気が楽だ。今回の依頼主は近所の農場主。この小さな森の持ち主でもある。確かなかなか儲けているという話だ。きっちり依頼料を上乗せしてもらわなければ。


 持てるだけ持って帰ったマンドレイク亜種に素材買取所も驚いていた。ここまで大きく属性の変わった亜種を見たのは初めてだったようだ。農場近くに残った分は買取所の職員が急いで回収に向かった。どうやら貴重だと判断されたようだ。残業させてごめんね!


「買取価格は後日か~」

「でもあの硬さ、結構つかえると思うぜ」

「じゃあ期待できるかしらねぇ~」


 なかなか長い1日だった。空には星が輝き始めている。


「やば! 帰らないと!」


 ブラスがいつもの場所で待ってくれているはずだ。彼にも残業させてしまう。


「え~今日くらい一緒に呑まねーのか?」

「御者を待たしてるから!」


 じゃ! また! と手を上げて挨拶をし走り去った後、


「テンペストのやつ、いつまで公爵夫人設定を続けるつもりだ……?」

「なかなか夢のある設定よねぇ~」


 という会話が背中から聞こえてきたのだった。


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