最終話 いってらっしゃい
バリュー公爵邸であった出来事は公爵家の権力をもってしても到底口止めできるわけもなく、あっという間に社交界どころか王都中に知れ渡っていた。
結局、防御魔法で屋敷内の人間を閉じ込めた犯人は私が気を失った後すぐ御用となり、主犯はまさかの魔獣をバリュー夫人に売りつけた商人だと判明した。
(動機は贅沢三昧な貴族への怒りってことだけど……)
一般市民というのは魔獣の恐ろしさを肌身をもって知っているので、常にその恐怖が生活の中にある。ネヴィルのように大きな被害にあうことも。
なのにそんな恐怖も知らない貴族が、金に任せて魔獣を遊び道具として使うようになったのが許せなかった、というのが主な動機だった。
私はと言うと、その日の夜には回復してブラッド家の王都の屋敷でノンビリくつろいでいた。流石に今回は疲れが出ていたので、おとなしく過ごしていた。翌日早朝からまたも騒ぎに巻き込まれることとは知らず……。まあもちろん、あんな大騒動に関与していて何事もないとは思ってはいなかったが。やってきたのは予想外の人物だった。
「貴女のところの物騒な嫁が私の美しい魔獣を殺したのよ! 屋敷もぐちゃぐちゃにして! 責任取ってもらいますからね!」
バリュー公爵夫人が王都にあるブラッド家の屋敷に乗り込んできてこれでもかと声を荒げたのだ。
(どの面さげてどの口がって感じなんだけど!?)
ブラッド領の金回りがいいのを知っているからだろう。あの豪華絢爛な屋敷を再建するのに金がかかるのは私でもわかる。旦那様の話では、あの珍しい魔獣の亡骸を買い取りたがる者は多くいるだろうから、それなりの収入にはなるだろうが、被害額から考えれば焼け石に水程度だ。
「何を仰るかと思えばっ! テンペスト・ブラッドという我が家の人間がいたから誰一人死者を出さず無事皆家に帰れたのではありませんか!」
呆れて声も出ない私の隣にいた旦那様が静かに反論しようと前に出た瞬間、ギャオー! と、魔獣が吠えんばかりの剣幕で声を上げたのはまさかのお義母様。魔獣がいないところでは強い。聞いていた通り気が強すぎる。というか、ド級の美人がブチ切れるととんでもない迫力がある。大きな目がさらに大きくなり、美しい唇から鋭い言葉が放たれていた。
この人から責め立てられたら大抵の人は尻込みしてしまうだろう。実際バリュー夫人もやっべ……という表情になっている。
「そもそも! あのような恐ろしいお茶会など前代未聞! 見せびらかしたいからとどれだけの人間に権力を使って無理強いをして呼び込んだかわかっているのですか!? ほんの少しでも頭を使えば王都に魔獣を連れ込もうなど考えないでしょうに!」
「わ……私はなかなか魔獣を見る機会のない王都のご婦人方に教養として……」
「なんですって!? 私達に教養がないと仰るの!?」
「いえ……そうでは……」
ゴニョゴニョとトーンダウンするバリュー夫人に更に追い打ちをかける。
「だいたい! 屋敷を破壊したのは貴女自慢の美しい魔獣でしょう! そこまでテンペストのせいにしようなど、なんて卑怯な! 恥を知りなさい!」
そうして肩を落としたバリュー夫人を容赦なく屋敷の外へと追い出した。
「ウェンデル! バリュー家には銅貨一枚支援してはいけませんよっ!!!」
「わ、わかっています……!」
旦那様も私も気おされ気味だ。お義母様はまだ鼻息が荒い。
「馬車を出してちょうだい!」
カッカと収まらない怒りを含んだ声色のまま使用人を呼びつけ外出の支度を始めたかと思うと、
「王妃様に今回の件をご説明しに! まったく! 貴方達ときたら!」
なんて準備の悪い! と、ブチブチと小言を漏らし続けていた。すでにあの事件直後に段取りは付けていたようだ。今後どういう問題が……ブラッド家がどういう風に巻き込まれるか想定して根回しに動いていた。
「あの……私は……?」
「我がブラッド家の嫁が冒険者をやっているなんて! そんなこと知られたら私が社交界でどんな目にあうかわからないの!? そのまま王都では大人しくなさい! 後のことは私とウェンデルでどうにかします!」
「は、はい!!!」
その後、私の実家のウィトウィッシュ家に騙されただの何を考えてるのだのと大きな独り言を言い続けた後、急に口調が穏やかになった。
「助けてもらった礼がまだでした。ありがとう。貴女達が来てくれて本当に助かりました」
照れ隠しなのか、真顔でそう言うと早足で屋敷を出ていった。
私と旦那様はしばらく呆然とし、
「朝食でも食べようか……」
「そうですね……」
と、いつも通り二人で朝ご飯を食べる。
旦那様は真面目な顔のままだった。これからの後処理を考えているのだろうか。いやあ、申し訳ない……嫁がガッツリ関わってしまったからなぁ。だが、実際は違うことを考えていた。
「テンペスト。今回の件で貴女はきっとAランクの冒険者に上がることができると思う」
「え!? うそ!? なんで!?」
「すでに貴女の活躍は陛下に届いているだろう。それを評価しない王ではない」
「やったー!!!」
やったー! 戦闘力だけじゃダメだって話だったけど、トップオブトップがOKをだせばいけるのか!
(いやでも……ちゃんと認められたいような……?)
冒険者としての総合力を認められて初めてAランクを名乗れるという話だ。
『Aランクって言っても、あいつ戦闘力だけじゃん』
って周囲に思われたら意味ないんだけど!?
「……それって断れますかね?」
「え!? な、何で断りたいんだ!?」
暗い表情で俯いていた旦那様の顔が急に上がる。はい。ここでいつものポジティブワンマンマンショーの始まり始まり。
「やっぱり貴女も私とのこれからの生活を考えてくれていたんだな!」
最近仲良く過ごしているからか、私がこれまでのように冷めた夫婦関係を私が求めていないのだとポジティブ勘違いをしているのだ。
なんたって、私がAランクになれば勝負に勝ったことになる。そうすれば結婚当初のような夫婦といえない関係性を維持、ということになってしまう。そうしたくないと私が思っていると言うのは旦那様にとって、満面に笑みを浮かべるほど嬉しいことなのだ。
(どうしてくれようか)
いや、でもまあ……。
「そうですよ」
「へ?」
私が素直に答えたからか、キョトンとしたあと、固まってしまった。
「いやだなぁ私に言わせないでくださいよ」
行儀は悪いが食卓に頬杖をつきながら旦那様に視線を送る。
「旦那様と一緒に夕食を食べる毎日も悪くないから、Aランクに昇格したら寂しいなって言ってるんです」
ニヤリ。と冗談めいて言ってみたが……。
(あらら)
旦那様の方は顔が真っ赤になっていた。耳の先までこちらからわかるくらい色が変わっている。相変わらず可愛いやつめ。いや、可愛いとはちょっと違う?
(ああ、これが愛おしいってやつなんだな)
そう気づくとちょっとこちらも照れるが、まあ大きく変わりはない。
「そ、そうか……よかった……同じ気持ちで……」
旦那様はアワアワと震える声になっていた。
「ネヴィルの再建は進んでいるが……手抜きは出来ないし……だがテンペストはどんどん活躍して……嬉しかったのに心配だったんだ……こんな夫ですまない……」
「謝ることなんてなんにもないですよ。私欲より領主としての務めを優先された旦那様を私は誇りに思います」
と言うと、さらに旦那様は首まで赤くなっている。体中ってこと!? 大丈夫!?
「で、では陛下には違う形で貴女を労って欲しいと伝えよう」
旦那様も早々に王との謁見をとりつけていた。嫡子についてもそうだが、昨日の大騒動の証人の一人としても話に行くのだ。
私以外の冒険者はすでに昨夜のうちに王に招かれ褒賞を受け取っている。
(あとちょっと回復が早ければ私も行けたのにな~)
冒険者達と勝利を分かち合いたかったが、ここではなかなか簡単にそうはいかない。
そうして私の希望通り、冒険者ランクはそのままとなった。だが王から『前代未聞の冒険者』と評され冒険者ギルドに通知されたことは、十分冒険者として箔をつける結果になった。
「公爵夫人が冒険者やるって、長い歴史があるこの国でもないんですねえ」
「そ、それはそうだな」
旦那様はそう答えた後、面白そうに笑い始める。
「いやしかし……陛下のあの驚いた顔……」
不敬だとわかっていても笑うのをやめられないようだ。
「おかげで嫡子の話もすんなり通りましたし。いやぁよかったよかった」
公爵の妻、元ウィトウィッシュ家の病弱令嬢が今回の功労者と知って面食らっていた王は、驚きのあまり頭が回らなかったのか、こちらの条件を全面的に飲んでダニエルがブラッド家の嫡子になることを認めた。
「え? そなたはウィトウィッシュ家の……あのウィトウィッシュ家の娘だろう? あの……世にも恐ろしい……許されて冒険者をやっているのか……?」
本当に不思議だと王の表情が語っていた。
(世にも恐ろしいって……我が家と何があったんだ……?)
という疑問はつきないが、知らない方がよさそうだ。
「はい陛下。あの世にも恐ろしいウィトウィッシュ家はこの件、承知しております」
「……っ! 今の私の話は言わんでくれよ……?」
ただし、今後我々に子供が出来た場合、ダニエルの子が跡を継ぐのではなく、我々の子、もしくは我々の直系の孫が嫡子となることという条件だけは出された。
(許可をだすことはもう決まってたんだろうな~その上でブラッド領から絞れるだけ絞ろうとはしていただろうけど)
駆け引きらしい駆け引きはなかった。私の話ばかりで。
その後、王から悪いことをチクるかのように私の話がウィトウィッシュ家にも伝わったらしいが、
『冒険者になることの何が悪いのか。そのお陰で王都の壊滅が防げたと陛下もお考えだからこそあれほどの褒賞をテンペストに与えたのでしょう? と、あなたのお婆様がピシャリとお話しされていました』
とのことだったので、実家は問題なさそうで一安心だ。私を冒険者と受け入れたあとはただドンと構えているだろうと思っていたが……腹を括ると強い家系、それがウィトウィッシュ家。
ちなみにお婆様は昔、陛下の教育係をしていた。陛下は王になった今でも畏怖の念を抱いているという噂はどうやら本当だったようだ。
一方お義母様はというと……。
「もういいでしょう。私の孫とは認めませんが、ブラッド家の嫡子となることは認めます。しっかり励むよう、貴方達から伝えてください」
案の定、お義母様が王妃を通じてダニエル嫡子大作戦を邪魔していたことはわかったが、今回の件もあってか、もういい。と思えたようだ。
私達がお義母様を気にかけたことが、彼女にとってはとても意味があることだった。意地を張り続けるのも疲れた。とも言っていた。
「恨み続けるのも大変だもの」
悲しそうな瞳をしたお義母様の姿とその言葉を聞いた旦那様は、押し黙ってしまった。彼もまた、母親を心の隅で恨んでいた。孤独な時寄り添ってもらえなかったのだから当然だ。だがその気持ちを今なら少しずつ溶かせる気がすると帰りの馬車で教えてくれた。
「それにしても。冒険者テンペストがテンペスト・ブラッド公爵夫人って案外広まらないもんですねぇ」
「そうだな。それほど細かく冒険者名に注目している貴族ばかりではないから。特にご婦人方はそういう傾向にあるし……」
「よっぽど有名にならないと名前も覚えてもらえないんですねぇ」
「……あまりにも奇想天外な内容すぎて、噂の域を出ないというのもあるだろうが……」
なかなか思う通りに名声が広がらないことにちょっと不満のある私を、旦那様が誇らしげに微笑みながら慰める。
「でもきっと、冒険者テンペスト・ブラッドの名が国中に広まるのはそう遠いことではないよ」
お義母様のロビー活動のお陰なのか、私の正体はイマイチ広まってはいなかった。
あの場いた貴族たちは、か弱いブラッド公爵夫人は王都や貴族達を守るためにその身を呈して魔獣を倒したのだと認識していた。ドレスを着ていたせいもあってか、冒険者とは認識されなかったのだ。
そのくらいならまだいいのだが、あの後私が気を失い、旦那様が大袈裟に泣いたせいもあって私の過去の病弱設定と関連付けられてしまい、ブラッド公爵夫人は死んだ! と噂まで流れ始めている。
(なんか曖昧な存在になっちゃったな)
流石にエドラ達には正体がバレたが、思ったより普通だった。
『突飛すぎてどうしていいかわかんないね』
という感想付きで。
◇◇◇
「なぁ! これってお前だろ! 王都でこんな活躍したのかよ~~~すげぇ!!!」
久し振りにブラッド領の冒険者ギルドへ顔を出すと、私に気が付いたレイドが大袈裟に騒いだ。
ギルドでは、『冒険者テンペスト 王都で大活躍!』といった内容の張り紙が掲示板に張り出されていた。階級を上げなかった代わりということだろう。王様もなかなか気が利く。
「ギルドと協議して、一芸に秀でた冒険者のために特殊ランクを作るって話も出てるらしいぞ」
「なるほど。今の私向けだ」
旦那様曰く、散々冒険者ギルドは捕獲した魔獣を街中に連れ込むべきではないと忠告していた。だが貴族の娯楽を優先し、大した規制をかけなかったせいで今回の大事件。ほらみたことか、とギルド側に言われる前に忖度しているようだ。私以外の冒険者も王の名のもとに褒めちぎられている。
(冒険者ヨイショして批判を少しでも軽くしたいのねぇ)
王様も各方面に気を遣って大変だ。
「頑張ったのねぇ~! ワイバーンにユニコーンにワーウルフにルーナフェザント……高級素材盛りだくさんじゃな~い!」
ミリアの目の輝きをみると、いかにあの魔獣がお高いかあらためて理解できる。
「素材の分配はなかったんだよ。公爵家の魔獣だったからさ」
「あら残念ねぇ……」
バリュー公爵家は、事実上破綻……とはいかないが、まあしばらくはつつましく暮らす必要がある。なんせ魔獣の素材も売り払ったという話だ。プライドかなぐり捨てて金をかき集めているのがわかる。
(他の貴族からの顰蹙も買ってるし、ありゃ公爵家と言えどもしばらく肩身はせまそうよね)
もちろんこの後すぐに王都への魔獣の持ち込みの制限がかけられ、都市部への魔獣の持ち込みは正式に禁止となった。
◇◇◇
「テンペスト! 今日は夕方には帰ってくるかい?」
「あら旦那様! いつネヴィルからお戻りで?」
「昨日の深夜だ! 貴女にいってらっしゃいが言いたくてね」
旦那様は相変わらずご機嫌な笑顔を私に向けてくれる。こんな朝早くから可愛いやつめ。
「今日は夕食までには戻ります! それまでお仕事頑張ってくださいね」
「……! もちろんだとも!」
私もご機嫌に返事を返すと、また満面の笑みだ。
「いってきます!」
「ああ! いってらっしゃい!」




