第24話 バトルロイヤル
「マジ!?」
思わずお義母様の前なのに外面も忘れて叫んでしまった。飾られていた四体全ての魔獣が外に出ている。なぜか同時に厳重に魔獣を閉じ込めていた檻が崩れたのだ。
「あーあ……」
その次に私の口から出てきたのは、これから待ち構える面倒な事柄対処待ったなしの状況への不満だ。
「キャアアアアアアア!!!」
という悲鳴やら、
「た、助けてくれぇぇぇえ!!!」
という絶叫が、
――グアァァァァア!!!!
魔獣の鳴き声に混ざって聞こえてくる。
旦那様は躊躇いもなく私とお義母様の前に立った。そうしてすぐに屋敷の外に出るように指示する。
「母を頼む!」
と、私に言うと阿鼻叫喚になっている方向へ走り出そうとしたので慌てて服を引っ張って止めた。いやいや、どう考えても私の出番じゃん!
「逆! 逆! 私の方が適正あるんだから!」
空を飛んでるのもいるし、魔術師の方が使い勝手がいい。
一瞬悔しそうな表情をした旦那様は、
「気を付けて……母を門の外に出したら私もすぐに戻る!」
「何を言っているの!? いいから自分の妻を守りなさいっ!」
お義母様はもう顔面蒼白もいいところだ。なのに息子に私を守るよう怒鳴り声を上げていた。
予想外のお心遣いはありがたいが、私は私のやりたいようにさせていただきます。
「ではお義母様! またのちほど~!」
軽い口調のお別れにギョッとしたお義母様を横目に見つつ、急いで現場へかけつける。
(ドレス動きづらい!)
まさかこんなことになるとは思わず、きちんとした身なりで来てしまった。いやこれがTPO的に正しいんですけどね!
「エドラー! お客さん方を一ヵ所に集めつつ門の方へ向かってー!」
「テンペスト!!?」
なんでここに!? と眉を吊り上げて驚いているが、彼女は期待通りその疑問をグッと飲み込んで他の護衛や兵士達に声をかけ、逃げ惑う貴族達を誘導してくれた。
魔獣達はありがたいことに、人間よりよっぽど脅威である自分以外の魔獣を威嚇しあっている。今がチャンスと、走ることなど数十年ぶりと言わんばかりのご婦人方はなりふり構わず逃げていた。
「おっと!」
時々流れ弾が飛んでくるので、それが逃げ惑う人々の方へいかないよう私を含めた冒険者が捌く。体がデカい魔獣の攻撃はやっぱりデカい。火炎弾に電撃、ただの空気砲だけでも地面がえぐれている。
「なんとまぁド派手だこと……」
魔獣達はその格と身なりに似合う戦いっぷりだ。バリュー邸は今、破壊の限りをつくされている。花々が咲き乱れていた庭も、金ぴか豪華な御屋敷も、ワイバーンの尻尾で叩きつけられたルーナフェザントがぶつかりガラガラと音を成して崩れている。
もちろんやられた側も負けてはいない。咆哮と共に今度は火炎放射だ。ワイバーンはよけきれずに炎に焼かれながら地上に落ちた。
「あっつ……」
瓦礫が燃え始めた。こりゃあいよいよヤバいぞ。ワイバーンは炎を纏ったままむくりと起き上がり、怒りに燃えて上空に飛び上がった。……そろそろ皆逃げただろうか?
ワーウルフとユニコーンの地上組も白熱したバトルを繰り広げている。この世界のユニコーンというのは美しさは言うまでもないが、その美しさに比例して獰猛さも上がるので、今目の前を猛スピードで駆け抜けていったユニコーンは殺意満々なのが私にもわかった。
「ダメだ! 門のところまで防御魔法が展開されてる! 外に出れない!」
エドラが私のところまで戻ってきながら叫ぶ声が聞えた。
「ハァ!? なんで!!?」
「わかんない! 兵士たちが防御魔法使ってる魔術師を探し回ってる!」
(やられたっ!)
これ仕組まれた奴じゃん!? この屋敷の中、なかなか恨み買ってそうな貴族のご婦人方も多いし。
(これだけ狙われる可能性の高いターゲットがいれば誤魔化しもきくし、どさくさに紛れて暗殺もしやすそう)
「早く! 早くここから出しなさい!」
「防御魔法張っている魔術師はどこ!? 早く解除させなさい!」
貴族も馬鹿ではない。なぜ今こんなことに、わざわざこの空間に閉じ込められた理由に見当はついている。思い当たる節があるからこそ怯えていた。
(いやでも……どの道防御魔法を解除させるわけにもいかないでしょ!)
王都全体がどえらいことになってしまう。
「ここの兵士は使えない! 対人間用の訓練はしてても魔獣に対してはお遊び程度だ」
「えぇ~……」
いよいよどうしてこんなところで過激なお茶会を開いたな……と批判してもしかたない。今するべきは、客を逃がして魔獣を倒すこと。
「エドラ、依頼主の側にいなくていいの?」
「倒す算段があるって言ったら行って来いってさ。気前のいい依頼主なんだよ」
確かに、このお茶会に冒険者の護衛を引き連れてきたということは、ある程度頭の回る依頼主だ。一番いいのは公爵夫人からのお誘いを断れる何かしらの理由を用意することだっただろうが……こなきゃよかったと思っているだろうなぁ。
相変わらず人間のような小物には目もくれず魔獣はバトルロイヤル中。このまま数が減るのを待つと言う手もあるが……。
「巻き添えくう前にどうにかしなきゃ」
エドラの表情が険しく歪む。
(やっぱそうだよね~)
他の冒険者も集まって来た。エドラとは知り合いらしく、すでに声をかけてくれていたらしい。私の格好を見て眉をひそめていたので、
「諸事情で今はドレスだけど、Bランクの魔術師よ」
「よかった! 魔術師がいるのは助かる。ここの兵はダメだ。魔獣との戦い方がてんでわかってねぇ!」
勇猛果敢にも魔獣に向かっていった兵士達があちことに横たわっていた。客人を逃がしている兵となんとか被害がご婦人方にいかないよう防御魔法を展開しているバリュー家の魔術師以外はもうすでに統制がとれていない。
「つまりアレをどうにかする人員は冒険者しかいないってことね」
状況を整理してあらためて冒険者達は緊張した顔つきになっていた。
「どれからやる?」
流石冒険者、話が早い。
「弱ってる順に一体ずつやろう。もちろん他の魔獣への警戒はしつつだけど」
「つーことはルーナフェザントかユニコーンか……」
「あの白ワイバーン強すぎねぇ!?」
「なんつったかな……突然変異体とかなんとかで、回復が異常に早いんだと」
「あいつは最後だな」
「ルーナフェザントの善戦を祈りつつ、地上組からやるか!」
公爵邸は広いが、それでもこの中で周囲を巻き込まずに私の大技魔術を披露するのはなかなか難しい。そもそも公爵家の兵士が倒れている中で攻撃魔法も使いづらい。
「こうなった時にどうするかくらい考えとかんかいっ!」
だんだん腹が立ってきたぞ。
他の冒険者もそうは思いながらも貴族に文句を言う愚かさはない。まずは手分けして倒れている兵士を戦闘真っただ中から連れ出す。あたふたするだけだった無事な兵士達もそれでようやくどう動けばいいかわかったようで、わりとスムーズに場は綺麗になった。
「とりあえず兵士はお客さんの護衛にまわって!」
兵の統制はとれそうもない。ならもう分業にしよう。その方がこちらも思いっきり戦える。
「ここがどこかわかっているのか! バリュー公爵邸だぞ! 私の指示に従え!」
なのに兵隊長らしき兵が急に調子に乗り始めた。指揮権を取られるのが嫌だったようだ。ブラッド領の兵隊長の爪の垢を口に突っ込んでやりたい。
「ハァ!? アンタ達じゃ対応できないから私らが前に出てきてあげてんじゃん!」
この兵隊長相手に怯まず文句を言えるのは私くらいももんだ。今ここにいるのはそれなりに冒険者ランクを上げてきた者ばかり。クライアント相手にキレて暴れていいことないのはわかっている。しかもこの兵士は公爵家の所属。揉めたくない相手筆頭だろう。
(私にゃ関係ないんでね!)
「なんだお前は! そんなドレスを着て貴族の護衛など勤まると思っているのか!?」
「んな話今してねぇだろうが! いいから部下連れてあっち行ってな!」
都合が悪いからと話題をそらすな!
「卑しい身分のお前がこのバリュー公爵邸に入れただけでも感謝しろ! いいから冒険者ども全員でアレらを倒せ! それが仕事だろう!」
冒険者たちの表情が明らかに曇った。
「バァァァカ! こちとら護衛で雇われた冒険者ばかりじゃい! しかもバリュー公爵家に雇われたわけでもなし! 契約外のスペシャルウルトラサービスしてやろうってのに、やる気をそいでくれてありがとよ!」
「そうだ。これ以上文句があるなら私らは雇用主のところに戻らせてもらう」
エドラは静かに睨みをきかせながら呟いた。
「グッ……」
悔しそうな兵隊長の方はそのまま部下を連れて門の方へと早足で去っていった。後で覚えてろよ。
「ありがとな……でもお前、大丈夫か? 後々なんかあれば言えよ?」
「ああいう男は根に持つからな」
私が言い返したのが冒険者達にとっては気持ちがよかったらしい。こんなことなかなかないからだろう。
「大丈夫大丈夫。私も公爵夫人だから。さ、やっちゃおう!」
「なんだそりゃ!」
私のジョークがウケたようで、冒険者達は変な力が抜けていた。なにやら冒険者同士の結束も強まり、強敵を前にある意味あの兵隊長は仕事をしたことになる。
「まず行動範囲を絞るぞ!」
「取り囲め!」
私たちは予定通り地上でドンパチやっているユニコーンとワーウルフから倒しにかかった。
(一瞬も気が抜けないわね……ユニコーン倒したら即ワーウルフよ!)
ユニコーンもワーウルフも途中途中でちまちまと攻撃を入れる我々冒険者にイラつき始めた。集中力を我々にさいて攻撃モーションに入ると、たちまち絶賛戦闘中の相手魔獣から攻撃を受けるため二体とも徐々に追い詰められていった。
そうして先に痺れをきらし冒険者に向かってきた魔獣がリタイアだ。
「おっし! 一体目ぇ!!!」
ユニコーンがその身をドサリと地面に倒した。とどめを刺したワーウルフはその鋭い牙をユニコーンの体から外し、冒険者達を睨みつける。
「一気にやるぞ!」
畳みかけるように冒険者達がワーウルフに向かっていった。私は魔獣の牙や爪が冒険者に届かないよう魔術で牽制を続ける。
「ガァァァァ!!!」
ワーウルフの死角から突撃したエドラのダガーが、その心臓を一突きにした。クリスティーナ様から賜ったものだ。浅く刺さったように見えたが、ダガーの特殊効果なのかその威力は抜群だった。
「ナイスアシスト! 随分と魔術の幅が広がったね!」
「えへへ! エドラもナイスキル!」
ハイタッチをしながらお互いを褒めたたえる。
「こないだは自分が倒す! って前に前に行くタイプだったじゃん」
「人は成長するのよ~」
と、自己満足に浸りたいところだが次だ次! ここからは前に前に行かせていただきます。
「上空は頼んだぞ!」
「了解! とりあえずルーナフェザントを先に地上に落としてその間白ワイバーンは引き付けとく――」
「危ないっ!」
――ギィィィィィィ
これまでこちらに見向きもしなかったルーナフェザントが急降下してきたのだ。とっさに防御魔法……はダメだと判断し、冒険者達を風の魔術で吹っ飛ばす。
「ぐ……助かったよテンペスト……」
地面に転がりながらも冒険者達に感謝された。ちょっと申し訳ない。もう少しうまくできればよかったんだけど……。
目の前でルーナフェザントは私達が倒したユニコーンとワーウルフの肉をガツガツと食べ始めていた。もちろんワイバーンも、勝手なことしとるんちゃうぞ!? と怒りの咆哮と共に向かってくるが……。
「うわっ! 返り討ち!?」
ルーナフェザントの火炎弾が直撃し、ワイバーンを吹っ飛ばした。
「パワーアップしてない!?」
「ユニコーンの肉を食べると回復力が、ワーウルフの肉を食べると攻撃力が上がるって話、聞いたことがあるけど……」
だがどちらも珍しい魔獣なので、試した人間がたくさんいるわけではない。ある意味これで効果が確認できた。
冒険者は顔を見合わせていた。これ、食べるべき? と。
「ダメダメダメ! リスクが高すぎる! どの道ルーナフェザントに近づくの危険すぎるし……!」
「高位魔獣の肉はちゃんと処理しねぇとどうなるかわからねぇって話だもんな……」
困ったぞ!? まさかこんなことになるとは……。
「ってワイバーンが!」
そっちが魔獣食べるなら、こっちは人間食うちゃる! と、これまで見向きもしなかった人間の大群の方へ、門の方へと向かっていったのだ。
「やばい!!!」
私は突発的に魔術を使った。イメージより先に体が動いた。痛かったが、間に合わないよりマシだ。
「……セーフ!」
旦那様がワイバーンの目の前で剣を構えているのが見えた。だがその間には、透明な、だが強固な結界が張られている。
『ウィトウィッシュの盾』。真っ黒な宝石をはめ込まれたブローチから真っ白な光が放たれ、旦那様たちを守っている。
「テンペスト!」
心配するような表情の旦那様。これからますます私に惚れることになりますよ。




