第23話 突撃! お義母様!
「わ、わぁ~~~……これはまあなんと……豪華ですねぇ」
ブラッド領にある屋敷とは方向性が違う、華やかさが三倍になったブラッド家の屋敷が王都の一等地に建っていた。
大きなシャンデリアは各所にあり、有名画家の絵画や異国情緒を感じる花瓶もあちこちに飾られている。間違いなく金が……大金が使われているだろう。ブラッド領の税金のニオイを感じる……!
(宮殿……?)
「母の趣味だ」
「でしょうね!」
満たされない心を満足させるためにモノでカバーしてる? なんて心理分析しても仕方ない。
肝心のお義母様はお茶会に出かけているそうだ。そう伝えた使用人は冷血公爵と呼ばれる若い主人を前に顔が真っ青になっていた。
「お前達に非があるわけではない」
旦那様は短い言葉で使用人達を安心させた。一方ではやはり一筋縄ではいかぬとため息をつきたそうにしている。
「今日にも到着すると手紙は出していたんだが……」
期待はしていなかったが、と言いつつ寂しそうな目をしている旦那様。
(親に対してはどうしても期待しちゃうわよね~)
私はあえて旦那様の顔を覗き込んで発破をかける。
「想定通り! さあ次の作戦に行きましょ!」
「……すまない」
お義母様がどうでるかそれなりに二人で想定してきた。相手がじらすために数日我々の前に現れないかもしれない、くらいまで覚悟している。今更謝ることもあるまい。
「母は貴女に対しても無礼な態度をとっているということだから」
「このタイミングでそれ言う!?」
「うっ……本当にすまない……」
また過去のヤラカシを思い出したのかしおしおになっていく旦那様。自分達の結婚式に現れなかった母親のことを詫びもしなかったと思い出したのだ。
「もうその件はいいです。はい! おしまい!」
「テンペスト~~~!」
優しい~感激~! とばかりに目をウルウルさせて、私の寛大な気持ちを褒めてくれているようだが、
(実際のところあの結婚式の後、怒り爆発して絶対にギャフン言わせたるっ! って考えてたのはもちろん黙ってていいわよね~)
夫婦仲のために。
さらに言うと、姑がしゃしゃってこなくてラッキー! って思ってたからね。正直旦那様との不和が解消されて交流するようになったら怠いな~と言いたいのをグッと我慢している。
(まあそれでも旦那様にとってはその方がいいだろうから……我慢しましょうかね!)
今後どうなったとしても、私は私の生きたいように生きると覚悟を決めているからこそ行動できている。親も知っている、旦那様も知っている。冒険者仲間にはまだあまり知られたくはないが、ここはブラッド領から遠く離れた王都。顔見知りはいない。なんとでもなる。
(開き直った貴族は強いわよ~)
なんせ金も権力もある。やりたい放題だ。
「大奥様はご友人のバリュー夫人宅へ……しばらくそちらにいらっしゃると……なんでも大変珍しい魔獣を夫人が購入されたそうで……」
気まずそうな王都の屋敷の使用人達。滅多にやってこない主人と初めて会った女主人に全員がペコペコと頭を下げ続ける。
(やっぱり王都は流行りの最先端……危ないことするわねぇ)
珍しい魔獣自慢をするならここが一番目立つ。だが万が一があった場合、被害がとんでもないことになるのも王都だ。
「ちなみにどんな魔獣か聞いてるかしら?」
「たしか……ルーナフェザントと伺っております……」
まだオドオドとしている使用人は私の反応を確かめながらゆっくりと答えた。
「ルーナフェザントか~確かに珍しいですね。貴族好みの姿だし」
羽の一部が黄金のようにかがやく雉に似た魔獣だ。だが、たとえ見た目が美しくとも魔獣は魔獣。あのクラスならもちろん監視用の冒険者を雇ってはいるだろうが……。
(冒険者か……)
よし決めた。
「旦那様! お義母様は魔獣が苦手だと仰ってましたよね? お迎えに行って差し上げましょう!」
この『突撃案』、本当はお義母様がいつまでたっても帰ってこなかった場合の作戦だ。だがすでにしばらく帰る気がないというのはわかっている。
(私達がどれだけ本気かわかってないみたいだし。さっさと実行よ!)
「……そうだな! もしかしてバリュー夫人のところへは嫌々行っているかもしれない。母上がお可哀想だ!」
旦那様もノリノリだ。彼も今更世間体など気にしていない。そもそも気にしていたら社交界で冷血公爵なんて社交性に問題ありと言われるようなあだ名はつかなかっただろうし、なにより……、
(私と結婚継続してるしね~~~)
使用人達は恐ろしい者を見る目をしていた。我々の貴族にあるまじき思考が恐ろしいのか、恐ろしい大奥様に立ち向かう無謀者として見ているのかはわからない。
◇◇◇
「これまた大きなお屋敷ですこと」
バリュー公爵邸はブラッド公爵邸に負けず劣らずの豪奢な佇まいをしていた。流石この国の五大貴族の一画だ。
(ん? なんの声……?)
キーキーギャオギャオギースギースと聞き覚えのある鳴き声が聞こえてくる。ルーナフェザントだけではない。複数の魔獣の鳴き声だ。旦那様の表情も曇っていた。
(この鳴き声はどう聞いても威嚇じゃん……大丈夫なの!?)
と、私共々思っているのがわかる。
バリュー家の門番たちは突然の私達の訪問にアワアワとしていたが、ブラッド公爵夫妻を待たせるわけにもいかないと、急いで主人に確認をとり門の中へと入れてくれた。
「現在特殊な防御魔法を張っております。お帰りの際はこの門以外からは出ることができませんのでご注意を」
なるほど。危険な魔獣を王都に連れ込むだけあって、それなりに対策をしているということか。この魔術師はなかなかの手練れとみた。
「母上は……あれほどブラッド領を魔獣臭いと毛嫌いしているのに……ここには来るんだな」
「まあまあ。交渉材料が一つ増えたと思いましょう。ルーナフェザントより珍しく美しい魔獣を差し出すからさっさとダニエル様を孫と認めてくださいってね」
嫁が豪華絢爛な姿の魔獣捕まえてきますよ~って。そう言うと予想外に旦那様は本当にケラケラと少年のように笑い声を上げた。
「アハハ! 確かに見栄っ張りな母上のことだ。そう言えばすぐに頷いてくれるかもしれない!」
旦那様なりにゆっくりと母親に対する期待を消化していっている。そんな穏やかな諦めを感じた。最近の旦那様は表情豊かになった。どうかこのまま気を張りつめ過ぎずに人生を楽しんでもらいたい。
(なんて考える私、いい奥様じゃない!?)
などと呑気なことを考えている場合じゃなかった。
「うわっ! 思ったよりいるっ!」
バリュー邸のだだっ広い庭にはつい声が出てしまうほど、大きな檻に入れられた魔獣が何体も飾られていた。
お茶会というよりパーティに近いようだ。たくさんの貴族が物珍しそうに鑑賞している。
(綺麗、珍しい、凶暴が人気の三要素と見た!)
金持ちの道楽が過ぎるぞ。やりたい放題生きている私でもこんな周囲を危険に巻き込む可能性の高いことはしない。檻の側には一応冒険者や兵士が緊張した面持ちで突っ立っているが、果たして彼らにどれほど時間稼ぎができるだろうか。
(防御魔法は屋敷を取り囲むように張ってはあるけど……この魔獣の攻撃を防げる強度があるの?)
ルーナフェザントの他になんとも珍しい真っ白なワイバーン、金色の毛を持つワーウルフ、それにユニコーンまでいる。
どうみても全魔獣が怒り狂っているのがわかるが、それを近くで鑑賞する貴族のご婦人達は大袈裟にキャーっと騒いでみたり、いかに美しいかいかに珍しいか、そして捕獲や飼育の難しさを語り合っていた。後から参戦した私達には少しも気が付かないようだ。
(あれ!? エドラ!?)
貴族の奥様方の一人に護衛として雇われたであろう女冒険者。クリスティーナ様の護衛でともに戦ったエドラがいた。彼女もまた信じられないといったかたい表情で気を張りつめて仕事をしているのがわかる。護衛をしている貴族の夫人と魔獣の間に入り、恐ろしい魔獣を前にうまく笑えていない依頼主を気遣っている。
「……いた」
少し緊張した声を発した旦那様の視線の先に、屋敷に飾られていた絵画で見た人物が。私の義母、旦那様の母親が魔獣達から少し離れた椅子に座っていた。
絵画を見ると、こりゃ盛ってるな~と思うくらいド級の美人だったが、遠目からでもわかる美しさだ。流石旦那様に血を分け与えただけある。あの絵画は見たままを描いていた。
(そう言えばお義母様の実家のラタンテ公爵家って美形で有名なんだっけ?)
なるほど旦那様の顔の良さにも納得だ。
だがどうもお義母様、顔色が悪い。体調が優れないのか、本当に魔物を毛嫌いしているのか。
旦那様はそれに気が付いていないのか、ずかずかと近づいていく。
「あら……」
「お久しぶりです。母上」
自分の息子夫婦が突然現れたにもかかわらず、お義母様はそれほど驚いてはいなかった。彼女もまた我々がここまで行動することを予想していたようだ。
「初めまして。テンペストでございます」
私はそれだけ言うとただ頭を下げた。とりあえず今はしゃしゃらず旦那様に任せる方がいいだろう。さぁ、どう出てくるか。
「わざわざ王都まで……。わかってるかとは思うけれど、あの女の孫をブラッド家の養子にすること、認めませんよ」
「母上に認めてもらう必要などありません。ただ邪魔をしないでいただきたい」
はい。私をスルーして親子喧嘩のゴングがなりましたよ!
(あれ!? もしかしてそもそも嫁も認めてないとかそういうやつ!?)
まあいいや。そこまでツッコミはじめたら話が終わらない。と思ったのに〜!
「だいたい! テンペストに失礼ではありませんか!? 結婚式にも来ず、今もこのような態度をとって!」
(こ、コラァァァァァ! もういい! それはいい!)
目ん玉を剥き出して旦那様にアイコンタクトを送るが、残念ながら通じていない。自分は常に妻の味方だ! と言いたげにこっそりウインクしてきたんだが!?
「その結婚も貴方が勝手に決めたのでしょう。私は許した覚えはないわ」
「当主の私が決めたのです。この件も母上の意見は関係ありません」
バチバチと親子は睨み合っていた。
――ギィィィ!!!
また魔獣が大きく鳴き声を上げた。その瞬間、お義母様の体がビクリッと震える。こりゃマジで魔獣が嫌いなやつだ。さらに顔が青ざめた。だがその自分の弱点を息子夫婦に悟らせないよう毅然とした態度を維持している。
「お義母様、よろしければ場所を変えませんか?」
親子喧嘩を周りに見られるのも嫌だろうし。義理か意地か知らないけど、血の気が引くほど恐怖を感じる場所に留まる必要もない。
と、ようやく旦那様と私を認識した周囲が、チラチラとこちらに視線を向かい始めていることをブラッド親子に知らせた。
「……貴女にお義母様と言われたくはないのだけど……まあいいわ。帰りましょう」
腐れ台詞を混ぜながらも、この場から離れる口実ができたとホッとしているのがわかる。
(案外、私たちのお迎えをあてにしてこのお茶会に参加してたりして)
公爵家同士のお付き合いだ。無下に断れなかった可能性もある。こういうのが心底面倒で私は貴族付きあいを避けてきたので、
(代わりに頑張ってくれているお義母様に感謝しなくてはいけないのでは!?)
そんな気がしてきたぞ。
旦那様はそんな態度に不服そうだが、流石に母親が本気で魔獣を恐れていることが理解できたようだ。お義母様の視界に魔獣が入らないようにそっと並んで歩き始める。
「息子夫婦が予定より早く到着したの。申し訳ないけれど、夫人はお忙しそうだからこのまま帰ります」
お義母様は青い顔のまま家令と思われる男性にそう声をかけた。実際バリュー夫人は魔獣の前で忙しそうに自慢話を続けている。
男性は、お義母様の配慮に礼を言っていた。バリュー夫人もまた癖の強いお人なのかもしれない。なんたって王都に魔獣を連れ込んだくらいだ。それだけで彼女のヤバさもわかる。
「魔獣、本当にお嫌いなのですね」
門の方へ向かいながら旦那様が小声で話しかけた。
「当たり前です。幼い頃に襲われて死にそうになりましたし、夫は魔獣に襲われて死にましたからね。平気であのダンジョンの側で暮らす貴方達の方が私には理解できませんよ」
「……」
淡々と答えるお義母様の答えに旦那様はショックを受けていたようだった。
(もっともな理由があったんだもんね~)
ブラッド領に寄り付かないそれなりの理由が彼女にはあった。言われてみればそれはそうだ、と言う内容だ。旦那様の父親は王都への道中、魔獣に襲われ命を落としている。同じルートを通り王都と往復するであろうブラッド夫人にしてみたらそりゃあ恐ろしいだろう。
「……そういえば、貴女、体調はもういいの? ずっと領地で療養していたのでしょう?」
「え?」
意外や意外。私の病弱設定を信じ、心配してくれている。久しぶりに罪悪感が……。
「ええ……あの、はい。ブラッド領の空気が私にはよくあっていたようで……」
嘘じゃない! ブラッド領は私にとっての楽園だ。
「そう……」
そう言ってお義母様は遠くを見ている。私達が彼女を心配して声をかけたことで、少し心の壁が低くなったのかもしれない。
(こりゃ案外、きっちり話し合えば状況が改善するかも!?)
私も旦那様もピリピリした気持ちを捨て、まずはお義母様に向き合う必要がある。そう前向きに考え始めていた。
――ガシャンッ
少し離れた所で、何かが壊れる音がした。




