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第5話 朝の挨拶

 私の生活費は毎月予算を決められて渡されている。この中でやり繰りしてそっちはそっちで勝手にしてくれという公爵からの隠れたメッセージだ。基本的に私物の購入と近しい使用人のお給金分として渡されている。


(規模のデッカいお小遣い帳ね~)


 屋敷全体ではなく身の回りだけなのでそれほど大したことはない。公爵家の威厳を見せつけるかのように金額がデカいだけだ。毎月手切れ金を渡されている気分になる。これだけ渡すのだから関わってくれるな、と。


「これ以上使用人を増やしたい場合はそちらの予算からお願いいたします」

「わかりました」

「もしどうしても不足だということであればまずは私にご相談を」

「わかりました」

「公爵様はお忙しいのでそれ以外の事も……」

「わかりました!」


(わかったって言ってんだろうが!)


 公爵の従者であるヴィクターはいつも同じようなことばかり言ってくる。要は公爵に近付くな、ということなのだが、私が1度でも旦那様に会いたいと言っただろうか。サラサラのブロンドストレートヘアをきっちり結び、いつも眼鏡がキラリと光って、私が旦那様に好意を向けないよう気にしているかのようだった。


「旦那様は女性がお嫌いなの?」

「そのような話は聞いたことがございませんが……」


 眠り支度を整えながら侍女のエリスに尋ねると、意外そうな顔をして答えてくれた。私が自分の旦那のことを初めて質問したからだろう。すでに結婚してから1ヵ月以上経っていた。今更なんだという目で見てくる。

 嫌々……というか渋々の政略結婚だと言っても、ここまで徹底して拒絶するんだから何か他に理由でもあるのかと思ったのだ。


「あのお姿でしょう。女性から迫られすぎて嫌になってしまった……なんて過去でもあるのかと」


 実家に住む弟が似たような理由で女性嫌いなのだ。それも両親の頭痛の種にはなっているが、私を処理するよりは簡単だと思われていたことを知っている。


「私は存じ上げませんが……奥様がお望みなら調べてまいります」

「ああいいのいいの! 何か私が知らなくて皆は知ってる裏事情みたいなのがあるのかと思っただけだから」


 今の生活に不満はない。全く少しもない。結婚式の日に心の中でボロクソに文句を言ったことを反省するべきかと悩むくらい楽しく過ごしている。

 なにより私の望み通り自由にしているし、日々の予算も潤沢にある。お陰で冒険者道具一式そろえるのに何の苦労もなかった。この質問は、ただ寝る前のコミュニケーションのつもりだったのだ。


「いいえ。確かに奥様を蔑ろにしすぎです! 理由があるのなら夫として話すべきなのです!」


(しまった!)


 エリスは急にスイッチが入ったように怒り出してしまった。毎日主人である私も出かけていないし暇なのだろう。何か暇つぶしになる趣味でも見つけてもらいたいところだ。


「いいのよ。旦那様はお忙しいのだから。時が来れば話してくださるかもしれないわ」


 どうどう……と、なんとかエリスの気持ちを静める。というか、こっちがあちらを気にしていると思われるのは少々癪だ。あちらが私のことをどうでもいいと思うように、私も旦那様のことはどうでもいいのだから。


 などと、珍しく彼の話題を出したからだろうか。翌日、この屋敷にきて初めて旦那様と朝食時間が被ったのだ。食事をとる部屋は同じだが、これまでは時間がバラバラだった。いつもは私の方が早い。なんたってさっさと食べて冒険者街へ向かわないといけない。外泊まではまだ試していないので、冒険できる時間は毎日限られている。

 エリス曰く、旦那様はいつも私が食べ終わってからかなり時間を置いてやってくるか、もしくは朝食をとらない時も多くあるそうだ。


「……おはようございます」

「……ああ」


(気まずっ!)


 そういえばこれが初めての会話だ。結婚式でも会話はなかった。相変わらずこちらを見ない。全く少しも見ない。


「早いのだな」

「いつもこの時間です」


(だから2度とこの時間に食堂にくんなよ!)


 この屋敷の朝食は、実家とは違い必要な量だけ出してもらっている。ウィトウィッシュ家はそれはもう朝からアレコレ料理が並べられていた。数種類の主食に肉や魚のメイン料理、フルーツやデザートも何種類も用意される。毎朝ホテルのフルコースか? といったレベルで出されるのだ。たまになら楽しいが、毎日だと少々プレッシャーを感じる。

 今はトーストやマフィンにベーコン、卵料理、少量のサラダにスープ……それを一度に並べてもらっていた。種類も限られ、だいたい食べるものは決まっていて前世の朝食に近い形だ。いや、これでも前世で食べていたモノよりずっといい食事をとっている。こんな庶民のような食事を! と実家なら確実に大目玉をくらっているが、ここでは好きにしていいといわれているので好きにしている。


(けどどれも美味しいから、素材はきっといいやつ使ってくれてるのよね~)


 毎朝プロ料理人の食事を食べ、万全の状態でダンジョンへ向とかうのだ。なんて贅沢な新人冒険者なんだろう。ちなみにこの話を冒険者仲間にしたら、そういう『キャラ』だと思われて、いよいよ私が公爵夫人とは思われなくなってしまった。


「……ではお先に」

「……ああ」


 実家と同じくフルコース風の食事をとっている旦那様とは違い、私はさっさと食事を終わらせ、いつものように冒険者街へと出かけた。一緒の屋敷で生活していれば食事時間ぐらい被ることもあるだろう。


(まあそれも今日限りだけどな!)


 どうやら出来る限り私とは関わりたくないようだし、もう旦那様がこの時間に来ることはない。きっとない。

 

 と思ってたのに、翌日朝食を食べにいつもの時間に向かうと……。


(いるし!)


 しかも私よりも早く。すでに食べ終え紅茶をすすっている。なんか負けた気がするが、これ以上私が早起きして朝食を食べようとすれば使用人達も大変だろう。

 結局、いつの間にか朝食だけは毎朝一緒に食べるようになった。会話は挨拶だけ。ムカつく相手ではあるが、こればっかりは前世でも今世でも両親に散々言われていたことなのでちゃんとする。挨拶はちゃんとしなさい! ってね。


「公爵様に直訴したのです!」

「やっぱりかぁ~……」


 こうなった謎はすぐに解けた。エリスが気を利かせたのだ。いや、本当に私が旦那様との関係に悩んでいたのなら彼女の行動力は有難いが。その……そうではないので、申し訳ないが有難迷惑の部類に入ってしまう。


「政略結婚であることは私も理解しております。ですが、だからと言ってあえて壁を作る必要も、いがみ合う原因を作る必要はないではありませんか」

「それはそうなんだけど……」


(正論で殴られると言い返せない……)


 彼女もブラッド家と縁のある子爵家のお嬢様なのだが、界隈特有の高飛車感もなく、とても愛情をもって育てられたのだと感じる。綺麗に整えられた真っ直ぐなブルネットヘアに、丸くクリクリしたオレンジブラウンの瞳を持つ彼女は、私と旦那様がせめていい関係であるべきだと日々考えているようだ。


「貴女がヴィクターから睨まれていたのはそのせいね」

「あんな人! 少しも怖くなんかありません!」


 エリスは私の言葉に、フン! と鼻息が荒い。ヴィクターのことを思い出してムカついたのだろう。

 明らかに敵意のある目つきでヴィクターがエリスに視線を送っていたのだ。もちろんエリスは少しも気になりませんとばかりにその視線を強気に無視していた。


「それに、公爵様は王族と結婚を避けるために奥様と結婚なされたのです。もしいつでも離婚できそうな状況とわかればまたすぐにちょっかいを出してきますよ。それはヴィクター様だって困るはずです」

「ちょっかい出されてたの!?」

「そのように聞いています。ご令嬢達は皆、どうにかして公爵様のお側にいようとしたとか」


 その人物は王弟の娘にあたる、クリスティーナ様……を筆頭に、あっちこっちのご令嬢が理由をつけてこの領地を訪ねてきていたそうだ。


「適齢期、未婚の公爵様です。領地は潤っていますし、ご本人のお姿を一目見ればその良さはわかるでしょう。令嬢たちの猛攻はそれはそれは大変だったそうですよ」

「へぇ……」


 使用人達の苦労話をエリスは集めていたようだ。そしてそんな旦那様と結婚した私が、全くその彼に執着しないのが信じられない、という声が各所から聞こえてきたと教えてくれた。


「また他人事のように……!」

「まあまあ。それより、もしヴィクターに何かされたらすぐに言ってね」


 どうやらあの従者は私にいい印象持っていないようだし、こんな私の味方でいてくれるエリスにも攻撃的な態度をとるかもしれない。


「まあ奥様! 私だって弱くはありません。……でもありがとうございます」


 そりゃそうか。公爵相手に直談判出来るんだもんな。


「……おはよう」

「……おはようございます」


 今日も朝から小さい声で挨拶が交わされる。いつか旦那様が私の顔を見る日は来るのだろうか。



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