第22話 そうだ王都へ行こう
ダニエルとの養子縁組は、本人やこれまで彼を見守って来た高齢の養父も大変乗り気であったため順調に進むかに見えた。が、やはり簡単にはいかず……。
「解決できますかね」
「ああ。必ずどうにかするさ」
屋敷の執務室のソファで向かい合って座り、二人して資料を読みまわしている。
今回私が多少デレてしまったせいで、旦那様は冷血公爵の呼び名を完全に捨て去り、頻繁に思い出してはニヤニヤとして集中力に欠けていた。
「また花が飛んでますよ!?」
「ハッ! すまん! つい……」
「……」
(こりゃこれまで通り振舞った方が旦那様……ひいては領地のためにいいのでは???)
「ねぇ? そんな状態でどうにかできる事柄だと思ってます?」
「え!?」
私の声色から怒りを感じたのか、マズイ! と緊張した表情へと変わった。この辺の切り替えが日に日にうまくなっている。余計なことは言わず、冷静に外から見た自分の姿を想像し対処していた。
(まったく……)
やっとキリリと公爵らしく静かなやる気を見せていた。やるべきことは決まっている。王にダニエルをブラッド領の嫡子と認めさせるのだ。王がウンと言いたくなる材料は揃っている。
「私との、我が家との結婚もこのための布石の一つだったんですね~」
「……すまない」
私の実家、ウィトウィッシュ侯爵家は由緒正しき名家とされている。領の財政状態もよく、おそらく国内で一番安定した領地だ。王家の教育係を長い歴史上何人も輩出しているので、宮廷内での権力もそれなりにある。
旦那様の結婚相手を自分達がプッシュしている令嬢ではなく、ポッと出てきた私に譲ったのは、ウィトウィッシュ家の王家への忠誠を疑っていると思われたくなかったからだ。わりと気を遣われている。
「ブラッド家とウィトウィッシュ家の血を引いた子供より、前領主の庶子の子供の方が権力としては弱いですからね。王からすると脅威が減るのは多少の安心にはなるでしょう」
私の血を引いた子供より、庶子の子供の方が格が落ちるという話なのだ。何を馬鹿なと言いたいところだが、政治的影響力が弱いほど王からすると心配が減るのは確かだろう。
さらに今は魔石鉱山の件もある。魔石の卸先の独占……は流石に無理だが、産出される魔石の半量を王家直属の商会にすることで調整していた。
「これで陛下はまだ許可をくださらないのですか?」
強欲~! まだまだいい条件を引っ張れると思っているのだろうか? 万が一、今から私が子供産んだら何にも得られないのに!?
(やっぱ法の問題が強いのかな? 庶子はダメっていう)
しかし私も貴族の後継者について定められた法を確認したが、それが認められる特例はあるのだ。
貴族に正当な跡継ぎが生まれなかった場合、出来るだけ血が近い者を後継者として選ぶことは許されている。ブラッド家ではダニエルがそれに当てはまった。
ただしそれは現当主、そしてその正式な妻とその実家が認めれば、という条件付きだが。
そしてそれが一度この国の王に認められさえすれば、万が一その後旦那様の子供が生まれたとしても、ダニエルが死ぬまでは家督が譲られることはない。そういう仕組みになっている。
「うちの両親、簡単にイイヨと言ったでしょう?」
妻の実家は問題なくダニエルを後継者とすることを認めた。
「あ、ああ……あれは少々驚いたよ……」
そもそも結婚前からうちの両親はこの件を認めていたらしい。この問題で一番難しい箇所が解決しているのだ。通常ならそんなこと認めない。家としてのメンツもあるし、孫が当主になった後のうま味もなくなってしまう。
(私がそれでいいのならウィトウィッシュ家もそれでいいってアッサリした返事だったわ)
実家は私がきっとダニエルを後継者と認めるだろうとわかっていた。だがそれを初めから私に伝えると、これ幸いと悩みもなくなり羽目を外すに違いない! とずっと黙っていたのだ。流石私の親、私のことをよくわかっている。
「世間体よりもブラッド家に迷惑かけてること気にしてるんですよね~」
不良債権を押し付けた自覚があるのだ。両親は。だがアハハと笑う私に旦那様は強く抗議した。
「そんな迷惑だなんて! 私はこんなに幸せなのに! 今、怖いくらいなんだ……」
私がブラッド領のことで旦那様と一緒に頭を悩ませているのが嬉しいとポワポワと花でも浮かべていそうな笑顔になっている。可愛いやつめ。
「あとは陛下が認めればそれであっちも美味しい思いができるのに、なにを迷ってるのかしら」
一刻も早くダニエルを後継者として認めた方がお得なのに。
何故だわからん。という顔をした私を見た後、旦那様は先ほどまでと表情が変わり俯いてしまった。
「おそらく母上が関わっている」
「あー……」
思わず声が漏れてしまった。
旦那様と母親……私の義母は上手くいっていない。私もまだ会ったことすらない。うちの両親があの雑な結婚式で唯一、ハァ? っと眉間に皺を寄せたのはその点だった。彼女は前ブラッド当主が亡くなった後も、王都にある屋敷に戻り悠々自適に暮らしている。幼くして領主となった旦那様を支えることなく、誰もが羨む贅沢な暮らしを送っているという話だ。
(冒険者街が充実してるブラッド領を野蛮だ~なんて言ってたらしいけど、その利益で贅沢してるんだもんねぇ~メンタル強いわ)
旦那様も旦那様で領地経営に口出しされるよりは、金を渡して大人しくしてもらう方がいいと判断していた。
「母上は……ダニエルの祖母にあたる女性を酷く毛嫌いしていて。彼女に関わる者は徹底的に潰したい人なんだ」
要するに嫌がらせされてるのか。義母も実家は公爵家。多少なりとも王の決断を留まらせる力があるのかもしれない。
「ダニエルが自分の孫になるなど絶対に許せる人ではないと思ってはいたが……」
「まあ気持ちはわかりますけどね」
「えぇ!?」
まさか! と、心底驚いた顔になっている。私が自分の母親の行動に同意するなど少しも考えていなかったようだ。
「心情的には、ですよ! お義母様も政略結婚と言えども、いざ嫁いで来たら旦那様には心から身分も関係なく愛した人がいて、しかもすでに優秀な子供も……自分ではなく彼らに存分に愛を注いでいるし、使用人達からも暖かい目を向けられていたんでしょう?」
私みたいに、結婚後好きにしてどうぞ! と言われてラッキーと言いながら舞い上がって喜ぶ令嬢は少数派だ。
(いや、義父がどういうスタンスで義母と結婚したかなんて知らないけどね!)
だが義父はできるだけ愛人とその息子との時間をとっていたという話は聞いているから、義母はプライド傷つけられただろうし、孤独感もあったろう。
旦那様は神妙な顔をして話の続きを待っている。
「自分は家族の中で蚊帳の外。さらには血を分けた我が子もそちら側に行ってしまうわけで……」
まあこれは話を聞くと、義母は大都会王都が大好きで、少しもブラッド領には寄り付きたがらなかったという話だから自業自得な気もするが。真相は私にはわからないし。
「おもしろくないのはわかる。ってことです」
ショックを受けたような旦那様は、どうしよう? と迷子の子供のような目になっていた。
「そう言われると……母にもそうする理由があったなんて思いもしていなかった……物心ついたころからブラッド領や私の事を嫌っていたし……」
「私に言わせりゃ大人げないとも思いますけどね。愛人がいる貴族なんてたくさんいるし、だからこそ庶子には相続権を認めないなんて法を作って正妻の気持ちを静めてるところもありますし」
なにより父と兄を失った幼い旦那様を放置して、根強い孤独感を植え付けたのは腹立たしい。
「と言うことで! その大人げない行為を終わりにしてもらいに行きましょ!」
「は、母のところにか……?」
「他にどこ行くっていうんですか」
明らかに嫌そうな顔になっている。今更母の気持ちを慮っては見ても、これまで長い間不仲だった母親に会いに行くのは気が滅入る、それはわからないでもない。が、グダグダ言うな!
「直接対峙しかないでしょ」
最近は不意打ちでやってこられることが多かった。義母が文句を言いに突然ブラッド領にやってくる前にこちらから殴り込みに行くのだ。先制攻撃!
「ん? 行きましょ! ってことはテンペストも一緒にか?」
何かに気づいたかのように声のトーンが上がっていく。なんてわかりやすい男だ。
「そうですよ。これは私にとっても重要なことですからね」
ダンジョンに潜っている間に、ああ~跡継ぎ問題どうしよう~なんて考えたくはない。スッキリさっぱりさせておきたいのだから協力は惜しまないぞ!
「さ。これまでと同じように対策を考えましょう! 陛下にゴリ押しでウンと言わせるか、お義母様のご機嫌を取って妨害をやめてもらうか」
(それともお義母様をやりこめてしまうか……)
とは言わないでおく。
「いざ王都へ!!!」
そう宣言する私の高めのテンションに引っ張られたのか、
「新婚旅行……とは言えないが、これが初めての二人の旅行だな!!!」
にっこにこの旦那様。崖の下にあった気持ちが、あっという間に雲の上というくらいの変わりようを見せていた。
「目的忘れないでくださいよ!?」
「わ、わかっている! ダニエルに不安な思いもさせたくもない。早目に決着をつけよう」
こうして私は……私と旦那様は王都へと出発した。
少しいつもより大きな馬車に乗り、大きな荷物も載せて馬車は軽快に進んだ。道中何度か檻に入れらた魔獣を見かけた。どうやら最近高貴な人々の間で、見栄えのいい魔獣を飼うことが流行っているらしい。
(なんとまぁ怖いもの知らずだこと)
なぜ過去から人は学ばないのか。どうして人はかつて魔獣を使役するのではなくキメラを作りだしたのか、考えればわかりそうなものだが。
「領地ではそんな話聞きませんでしたね」
「ブラッド領の人間は魔獣の怖さはわかっているからな」
危険なダンジョンがあるからこそわかることもある。
(まあでも今は関係ないわね!)
「王都なんて久々~~~! 着いたらポーション屋に行ってもいいですか?」
幼い頃行ったきりだ。だって王都へ行ったが最後、お茶会だパーティだ連れまわされて……面倒くさい。それなら行かないに限る。
だが王都は大都会なだけあって、なんでもあるのだ。ブラッド領は冒険者向け店はかなり充実しているが、王都は幅が広い。特にポーション関係はここから新商品が各地へ広まっていく。
「あ……もちろんだ。もちろんだが……母のところにも一緒に来てくれるんだよな……?」
おっといけない。私も観光気分になっていた。旦那様が不安に思うほど違うことに意識が言っていた。いかんいかん。
「一緒にいますよ~。役には立たないかもしれないですけど、ウィトウィッシュ家の名前があれば多少は牽制になるかもしれませんし」
まあ息子の結婚式に現れなかった時点でダメそうではあるけど。ないよりはあった方がいいのが貴族の肩書というやつだ。
「ありがとう……本当に心強い」
小さく笑った後、旦那様は窓の外に見え始めた王都の大きな門を真っ直ぐ見つめていた。




