第17話 洗脳と催眠
コインが地面に着いた瞬間、相手の攻撃が目の前に飛んできた。オーソドックスな火炎弾。
(顔狙いかい!)
よっぽど私の先ほどの注意が気に障ったようだ。手合わせしてくれと言われた時点でそんなこったろうと思ったが、こんな性格じゃあこれまでだってトラブルにはなってただろうに。
「うわぁああ!」
どこかから叫び声が聞こえた。兵舎にいる領兵達だ。やっぱり気になってこちらを見ているのだろう。訓練場の片付けをするフリをしながらチラチラ見ている。
ちなみに、声を上げた兵士は上官らしき兵に怒られていた。なんだか申し訳ない。そりゃ上司の嫁がバチバチしてたら気になるよね。こっそり応援してくれていた兵士達も何食わぬ顔をして作業に戻っている。
次々とマリエラが攻撃をくりだしてきたが、直線的でわかりやすかったので、半円型の防御魔法を体の周囲に展開しなんてことなく防ぐ。マリエラはこのシールドをどうにかしなければ絶対に攻撃は届かない。
なんて余裕ぶっていたら、急に地面が大きく盛り上がった。なるほど、足元までは準備していなかったな。
(火炎弾はおとりか!)
地面から私の意識を引き離していたのだ。盛り上がった地面は大きな人の姿に変わっていき、大きな手が私を掴もうとせまってきた。え? 思ったよりちゃんとしてるんだけど!?
(肩書通りの実力あるじゃん!)
なんだ。それすらごねて手に入れた階級なのかと思った。一度実力の伴わないAランク冒険者に会ってからというもの、他領地の冒険者ギルドのランク査定に私は少々懐疑的だ。意外なことにちゃんとしている。
「よっと」
「……!?」
私が飛び上がって空中に浮いたのを見て、余裕ぶっていたマリエラの顔が少々崩れた。さらにそのまま私も大地の魔術で、さらに大きな土の塊でマリエラの作った巨大土人形を包み込むと、彼女の眉間にしわが現れる。
ということは、本気で私に魔術で勝てると思ってあの不気味な笑顔だったってこと?
でもな〜……、
(実力がないわけじゃないけど、こりゃ基礎練習してないタイプだな)
あの自信家なところは魔術師としての適性が高い。自信は発動する魔術の出来に大きく関わる。メンタルが反映されやすいのだ。
が、いくら魔術が発動しても中身が伴っていなければ、魔術師同士の戦闘ではそれほど恐れる必要はない。
こういうのを、私の師匠は『魔術が軽い』と表現していた。
本人はどうやら他人への愛は重いのにね。
火炎弾の弾速や威力が高ければ手数でゴリ押ししてシールドを破ることができたかもしれないし、巨大な土人形の動作の機敏さや硬度が上がれば私に触れられたかもしれない。実際成功体験があるから同じ方針で続けているのだろうし。
(まあそんなこと教えてあげる義理もないんだけど)
むしろ迷惑料貰いたいくらいなんだけど!?
「これだけ使いこなせるなら前衛は楽だろうね。簡単な足止めくらいには使えるし。気もそらせる」
魔術のせいでボコボコになった地上に降りて適当に褒めると、口元が得意気にフフンと上がったのが見えた。
「そんなことないですよぉ~だから弟子にしてくてほしくってぇ~……あっ!」
あっ! の瞬間に、またも私の顔面目がけて風刃が飛んできた。マリエラ、くねくねしていたかと思ったら唐突に魔術を発動したんだけど……不意打ちで首でも刎ねる気だった? 勝利条件は私に攻撃が当たればって話だったけど、がっつり命取りに来てる感じだね!?
もちろんマリエラの風刃は私の風刃で相殺……どころか、マリエラの顔の横を通り過ぎ、地面にくっきり跡を残した。
(これが実力の差じゃあ!)
とドヤりたいところだが、マリエラは戦意を喪失しているようには見えない。どんだけ気が強いの!? 自分が負けるのなんて許せない! と瞬きもせず目を見開いている。
一方、真っ青になったのが男子二名。これまで自分達が見ていた魔術よりよっぽど威力があったので驚いたのだ。
「もういい! もういいだろマリエラ!!!」
グストが大声でマリエラを止めようとする。隣のオリバーも高速で頷いているのが見えた。
「どうして~? 大丈夫よ。テンペストさんは私に傷一つつけたりなんてしないわ」
そうして勝ち誇ったようにニヤリと笑ってみせた。
え!? ハードル上げてきてる!?
(もちろん本人に怪我させるつもりはなかったけどさ!?)
けどそっちは容赦ないよね!? どうせ私に一撃入れるなら顔! って思ってるよね!?
私の残念な期待通り、マリエラの意欲的な攻撃は続いた。だがやはり彼女の攻撃は破壊力が足らず、こちらに届くことはない。
「防いでるだけでいいんですかぁ?」
「まあそれなりに考えがあってね」
マリエラ、思ったより魔術が多彩なので、どうやったら傷つけずにあの前髪飾りを手に入れられるか考えた結果、魔力切れを待って仕掛けることに決めたのだ。かなり好戦的だからそれほど時間はかからないだろうし。
「……ん?」
その時、甘い匂いが立ち込めるのを感じた。バニラやムスクの香水のような香りだ。なんでこんな開けた場所になんでこんな濃厚な匂いが?
(って……! 疑問に思ったらすぐ防御!!!)
緊急事態だ。私はブローチをギュッと握りしめる。これはあらゆる攻撃から身を守ってくれる。そうすると瞬く間に匂いが消えた。
この判断が正しかった。
――キンッ
剣を叩きつけた甲高い音が訓練場に響く。魔術師の手合わせに、何故か剣士が参戦だ。
「アンタは後で相手してあげるっていったでしょ!」
防御魔法の向こう側のオリバーに声をかけるも、私の声は届いていないようだ。
――ガンッ
今度は棍棒を持ったグストが防御魔法を何度も叩きつけてくる。
「これって……」
「催眠魔術で~す! これも魔術だからいいですよね!」
「えぇ~!? そんなのあり~!?」
洗脳魔術は禁忌だが、催眠魔術は黙認されている。というのも、洗脳魔術は本人の意思を無理矢理魔術で改変させることが可能だが、催眠魔術は根底に術をかけられた本人の願望がなければ効果を発揮しない。
つまり、『強くなりたい!』と願っている冒険者が、『強くな〜れ!』っと催眠魔術をかけられるとバフが掛かったのと同じ状況になる。恐怖や痛みを感じにくくもできるので、戦う冒険者からすると実力以上の力を発揮できるのだ。
(てことは、この二人は私を倒したいのか、マリエラの役に立ちたいと思ってるんだろうな〜)
チヤホヤされるのが好きそうなのに、なぜ邪魔をしそうな幼馴染をはべらしているかわかった。この術を使うのに便利な相手なんだろう。彼らとしても実力以上を発揮できるのだから文句はないということか。これもなかなか難しい魔術だが、彼らの関係を上手く使った運用方法としてはありなのかもしれない。
「……それで、なんでアンタは私にこんなにつっかかってくるわけ?」
この魔術にかかっている間の記憶は残っていない。幼馴染二人はただ一心に攻撃を続けている。この状況ならマリエラの本心が聞けるだろうか。やっぱりレイドのこと?
「なんのことですかぁ~?」
「もうそういうのいいって。アンタが私のこと探ってたのは聞いてるんだから」
「……」
しらを切りとおすかどうか迷ったかのようにマリエラは黙り込む。その間に私は催眠中の二人を処理だ。地面を泥状にして沈めてみた。体が半分くらい沈んだところでワタワタともがいている。
それを見て、マリエラの口元の笑顔が消えた。
「この街って、本当に腹が立つことばかりなんですよ」
間延びした話方もしなくなった。
なに? なんかこの領地に不満でもあるの? 話聞くよ?
「だれも私の方を見ない」
「……ん?」
どういう意味だ?
「私、可愛いんですよ? 村では一番だったし、冒険者になって色んな所にいったけど、どこでも可愛い! って扱いだった。男は皆私に酒を奢りたがったし、一緒に冒険に同行したがった……なのにここじゃあ……」
「え? モテないのが気に入らないってこと!!?」
話が見えない。つまりそういう話をしているのか?
それまで無表情だったのが、急に目が吊り上がった。
「だいたい! この街女冒険者多すぎ! 冒険者のために公衆浴場なんて用意したら、女魔術師の強みなくなっちゃうじゃん!?」
魔術師なら魔術を使ってたとえ風呂がなくとも体を清潔にできることを言っているのだろう。他の冒険者街の設備をあまり知らないが、公衆浴場は他所ではあまりないのか……。
「清潔にしてなきゃ病気が蔓延しちゃうでしょうが」
ひいてはブラッド領全体の公衆衛生に関わることだ。……今初めて知ったけど。
「それに女冒険者がこの仕事続けやすいなんていいことじゃん。私たちにとっても」
「はあ? 私、さっさと結婚して引退する気よ」
「え? 誰と!?」
レイドと!? そこまで惚れ込んでるの!?
「お金持ちの商人か貴族に決まってるでしょ!?」
「え!? じゃあレイドは!? レイドのこと追いかけまわしてるって……」
「ハッ! やっぱり知ってたんだ。すっとぼけてこんなことするなんて感じ悪すぎ」
「そりゃお互い様だろーが!」
なんだこいつ。なんだこいつ!!!
「あの武器屋の男は私に全然靡かなくってムカついたから人間関係ぐちゃぐちゃにしてやったのよ」
何でもないことのように言う。
怖っ! それを考えることも、実行することも怖っ!
「じゃあ私とミリアのこと聞きまわってたのは?」
「アンタ達二人の名前がどこでも上がって気に食わなかったの!!!」
人気者でごめんなさいね~。けどそりゃミリアはAランクの冒険者だし、私だってBランクまでスピード出世した。そりゃ話題にだってなりやすい。
「Cランクまで頑張ったのも護衛の仕事を受けるためなのに……この街、依頼が多いのに良さそうな依頼は他の冒険者に取られるし……ま、やっと少し冒険者が減ってやりやすくはなったけど」
「は?」
なにそれ。
(旦那様が夜中まで執務室にこもってアレコレ考えてたのは、ブラッド領と冒険者のためだってのに……この女っ!!!)
もう知らん。てめーは追い出す。
「なに? 怒ったの? さっきからとぼけまくってたくせに。Bランクなんて力量差大してないじゃん。私もここにいたらさっさとBランクに上がれそうでよかったわ」
「いや。さっさと出て行ってもらうわ」
私は、マリエラの後方で力尽きぐったりと虚ろな顔をしているオリバーとグストを魔術で泥沼から平地へとせりあげた。当たり前だがものすごく汚れている。
「なにして……キャッ!!!」
地面に倒れ込んでいたグストが急にマリエラを後方から羽交い締めにしたのだ。
「なにすんのよ! ……やめて! やめなさい!!!」
次はオリバーがゆっくりマリエラに近づいていく。目が少々血走っているがまあ問題はない。
「ちょっと! なにしたのよ!!!」
二人の催眠がすでに聞いてないことに気が付いたのだろう。
「なにって……催眠返しだけど?」
「はあ!!? そんなわけ……」
(嘘で~す! 本当は洗脳で~す!)
バレなきゃいいのよバレなきゃ。バレてもクリスティーナ様もやってたし。私は公爵夫人だし。
「案外、深層心理でこの二人もアンタにイラついてたんじゃない?」
「うそっ! うそうそうそうそうそ!!!」
信じられないとマリエラは顔を歪ませている。だが、催眠魔術にかかるということはそういうことだと、今後は疑心暗鬼の中彼らと共に過ごさなければならない。
ちなみに、彼女が洗脳魔術だと疑わないのは、その魔術を会得する方法自体、冒険者がおいそれと知れることではないからだ。なんせ禁忌なので。偉い師匠のコネか、王族にでも生まれなければその方法は永遠にわからない。
「やめて!!!」
愛するマリエラの声を無視して、オリバーが彼自身が贈ったであろう髪留めをやや手荒に外した。
これにてゲームセット。私の勝ちだ!




