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第2話 結婚式で誓う小さな復讐

「テンペスト。ブラッド領のダンジョンへ行ってみるかい?」

「うそ!? よろしいのですか!?」


 これは私が結婚直前に、両親から大嘘をつかれた日の会話だ。いや、正確には嘘ではない。ブラッド領のダンジョンへは行くことができたのだから。

 

 『魔法使い』という夢が叶った私が、今世で夢見たのは『冒険者』だった。この世界で最も自由な職業だ。身分に縛られない、完璧な実力主義、自己責任の世界。

 しかしほとんどの貴族からすると、高貴な身分の自分達が冒険者になるなどありえない。一部の有名冒険者以外は野蛮な者たちの集まりとされていた。金も身分もある自分達には関係のない仕事だと。

 幼い頃は屋敷を抜け出してコッソリ魔獣を狩ったりしたものだが、冒険者の真似事がバレた時はそれはそれは怒られたものだった。

 

 私だって別にデンジャラスなことが好きなわけではない。特にこの世界で貴族に生まれたのは本当に幸運だ。雨風を凌げる家もあり、飢えたことはなかった。

 だが、どう足掻いても貴族社会に馴染めなかったのだ。初めは馴染もうとそれはもう頑張った。幼い頃はあらゆるマナーを学び、パーティでは常にニコニコと愛想を振り撒き、お淑やかなレディーを目指した。完璧な貴族の子供を心掛けた。実際、その頃は社交界で上手くやっていけていた。


 これの何が問題って、貴族の真似事が全然楽しくないことだ。生きることが苦痛に感じてしまったことだ。


(息が詰まるってああいうことをいうのよね~)


 そりゃあドレスだとか宝石だとかキラキラした皆が羨む美しいものに囲まれるのは嬉しかった。


「まさかこの私が文字通りキラキラ女子になれるなんてね!」


 前世との違いに高笑いが止まらない日だってあった。今だって別にキラキラが嫌いなわけでもないが、もっと別の何かが私には必要だったのだ。安全で食うに困らない貴族社会で礼儀と作法を守り平穏に暮らすことより、危険でその日の暮らしに困るとしても、自由に生きることを望んだ。


「いやそれは嘘。貴族の暮らしを享受しながら自由気ままに生きたい!」


 はい……これが本音です。


「せっかく生まれ変われたんだから人生楽しまなきゃ!」


 残念ながら前世では人生を謳歌できなかった。世間体を大事にし、真面目に社会の歯車として働き、プライベートより仕事を優先させていた。で、結局『やり残した』という感覚のまま前世は終了。ということで、今世ではこの辺に力を入れなければ。

 今世だってどうなるかわからない。貴族に生まれたとしてもあれもこれも手に入れられるとは限らない。だけど挑戦くらいしたっていいはずだ。

 そのためにやれることはやった。魔術の勉強、魔獣の生態、魔草の取り扱い方……あと両親への説得。


 だから、堅物な両親が冒険者の街として有名なブラッド領へと連れて行くと言った時、ついに願いが叶ったのだと思ったのだ。毎日毎日情熱を語った甲斐があったのだと浮かれ上がった。


 なのに……なのに!


(騙されたぁぁぁ!!!)


 真っ白なウエディングドレスを着せられ、花婿の横に立たされた。立会人は少ない。大きな屋敷の敷地内にある講堂でステンドグラスが光を浴びていい感じに雰囲気を演出してくれてはいるが、花嫁である私は白目をむいている。

 なぜこの時逃げ出さないかというと、私の中にも今世の両親から刷り込まれた『世間体』という感情があったのだ。もしくは前世で培った『空気を読む』という特殊技能が魂にまで刷り込まれておるせいで、私の足を留めたのかもしれない。


(甘かった! なんであんな簡単に信用しちゃったの!?)


 確証バイアスというものだろうか……この街に辿り着くまでの間、引っかかることがなかったわけではないのに。


(領地を出る時、やたらと見送りの人数が多かったし、護衛も馬車もそれに積み込む荷物も多かった……ダンジョンに行くために念入りに準備してるのかと思ってたけど、まさか嫁入り道具だったなんて!)


 都合のいい情報ばかり集めて、いいように解釈して信じてしまった。なんたる不覚!


(ブラッド家の屋敷に来たのも、そりゃあ挨拶くらいするよな~なんて思った私のバカ! 愚か者!)


 だけどそのまま訳も分からずに花嫁衣裳着せられるなんて、流石に予想できるわけないよね!?


 私の旦那様となる男はウェンデル・ブラッド。年齢は19歳。若きブラッド家の当主だ。ベール越しに横目で見上げると、美しい銀髪がステンドグラスを通り抜けた淡い光の中でキラリと光る。俯き加減の顔も良い。ちらっと深いグリーンの瞳も見えた。だが噂通りの冷たい男のようだ。妻になる私に一瞥もせず、一切声をかけなかった。


(はあああ!?)


 結局、最初から最後までそのまま。結婚式が終わった後の食事会、その場にいた客に一言、


「これで私は結婚した。皆ご苦労」


 といった後、疲れたからと部屋へと帰っていった。もちろん、夜のお勤めもなしだ。


(いやいやいや。なにその不満そうな顔。こっちだって望まない結婚ですけど? なに被害者面してんの? こっちがその顔したいんですが!?)


 両親を責め立てるが、父親はどこ吹く風だ。


「いったいどういうつもりですか!? 騙し討ちもいいとこです!」


 案内された広い自室で私はギャンギャンと吠えた。


「なんだ。結婚なんてしたくないと言っていただろう」

「今さっき結婚しましたけど!?」


 いたよね!? 見てたよね!? 満足そうにしてたあの顔、ちゃんと覚えているけど!?


「だがしていないようなものだろう?」


 先ほど公爵の従者から伝言で伝えられたのは、


『あくまで政略結婚。好きにしてもらってかまわない。こちらは一切干渉しない』


 ということだった。


「好きに生きられるのだから同じでしょう」


 母親の方は少し怖い顔になっていった。これはまずい。


「だいたい! 16歳になったのに結婚は嫌だのなんだの……! そんな我儘が通ると思ったことが大きな間違いですよ! 公爵夫人だなんてなりたくてなれるものではありません。感謝こそあれ文句を言われる筋合いはないわ!」


 どんどんヒートアップしてくる。


「しかも! 貴女の望み通りになったじゃない! 好きに生きる許可をくださる旦那様なんてそうそういるものですか!」


 娘が粗末に扱われたと言うのに、両親は感謝はすれど怒りは湧いてこないようだ。この両親からしたら早々に厄介払いできたということだろうか。貴族の娘が一度も結婚もせずに実家にいると外聞が悪い。彼らが何より気にすることだ。


 仕方がないので、実家よりもずっと広い公爵家の屋敷で、私は人生計画を練り直した。


(怒ってても仕方ないわね。うん。仕方ない……ってなるかチキショー!!!)


「冒険者として名を上げて、大恥かかせたらぁ!!!」


 いや、普通にムカつくだろ。なんだあの男は! なんだうちの親は!


 なぜ公爵が急に私と結婚したかというと、どうやらこの国の王からあれこれ縁談を持ってこられていたようだ。それも王の息がかかった貴族の娘たち。魔獣の素材で財政豊かなこの領地の旨味を知っており、どうにか領地経営に介入したくてたまらなかったらしい。

 私の夫となったウェンデルは、どうやらその花嫁の斡旋が鬱陶しくてしかたがなかったそうだ。そこにちょうどいい所に転がっていたのが私という話だった。

 我が家は我が家で、不良債権を早々に処理できる。しかも実家のウィトウィッシュ家は、王家から一目置かれる家柄だ。曽祖父がすでに隠居している前王の教育係を務め、祖母が現王と現王妃その他王族の礼儀作法の講師という経歴を持っていた。


()()って肩書に弱いみたいなのよねぇ~この国の人)


 『師』は敬意を払うべき存在として扱われているせいか、ウィトウィッシュ家の娘ならしかたないと思われている。我が家が生真面目な家柄というのも有名なので、私利私欲でブラッド家と婚姻を結んだわけではないだろうとその辺も見逃されたようだ。


(いやいや! 世間体のために婚姻結ぶのって私利私欲じゃないの!?)


 と思うのは私だけらしい。


 だからこそブラッド家はウィトウィッシュ家の人間を望んだ。一番マシな選択肢が私だったんだからしかたない。そうしてお互いの利害が一致し、私、テンペストがこの領へ嫁入りすることが決まった。


「跡取りはすでに決まっておりますので、そのご心配は必要ありません」


 これも従者に言われた言葉だ。冷たく、見下すような目つきだった。


(心配するかボケ!)


 などと罵りたいのをぐっと我慢した。いや、我慢してやった。


「スゥ……ハァ……」


 深呼吸してなんとか怒りを落ち着ける。怒りに任せて悪いことばかり考えても仕方がない。結婚してしまったものはしかたがないのだ。これからのことを考えなくては。


 母親の言う通り、この結婚は私の望む条件に近い。自由にしていいという許可は下りている。何より、領地にダンジョンがあるのだ。徒歩圏内とはいかないが、屋敷から馬車圏内にそれはあった。


「安全な暮らしと冒険者という職業をゲットできるんじゃん!」


 そうだ。私の望み通りじゃないか!


 それにブラッド公爵家の嫁が冒険者なんて知られたら、あの冷血夫がどんな顔をするか楽しみだ。不機嫌な顔がますます不機嫌になるか、もしくは怒り狂うだろうか? 


「離婚だ!」


 なんて言われたら、それこそラッキー! それまでに冒険者として生活できるようにしておけばいい。有名な冒険者は大商人と変わらないくらい稼ぐという話だ。


 貴族と結婚した妻が冒険者になったなんて話は聞いたことがない。貴族にしてみれば、それは恥だ。夫が妻の管理もできないなんて、と言われるに決まっている。ついでに実家の方も大騒ぎになるだろう。

 もう少し誠意をもって接してくれれば私だって話の分からない貴族の娘じゃない。顔も名前も隠してこっそり冒険者になることだって考える。だがもう知らん! 私は私として冒険者になってやる!


 国中に名前が知れ渡るような冒険者になって、あの旦那様に恥をかかせてやるんだからな!


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