第13話 危険なものも使い方次第
(あ、こっち来る)
初めて他人が向かってくる気配がわかったのがあれだけ嫌がっていた夜会だとは。
(これが敵意? 悪意?)
どちらにしてもネガティブな感情だ。
クリスティーナ様が、あの美しい笑顔のまま取り巻きと一緒にこちらへと向かってくる。向けられる感情と表情にギャップがありすぎて混乱しそうだ。旦那様は私を隠すように一歩前へと出た。
それを自分に近づいたのだと勘違いしたのか、クリスティーナ様は感激の声を上げる。
「ウェンデル様~! 今日もなんて素敵なんでしょう!」
恋する乙女のうっとりするような目、頬は赤く染まっている。声もこれほど甘ったるくできるとは。
「ねぇウェンデル様! また体を鍛えられたのですね! その腕に抱かれたいわ~!」
取り巻き達とキャッキャキャッキャと大騒ぎだ。そのセリフ、嫁入り前に大丈夫!?
ちょうど胸にある大きな白銀の魔石がキラリと輝いた。
(うわ~~~! 絶対に高いやつ~~~!)
流石王族。いいもの持ってる。あの石があると魔力を貯蓄できるので魔術師にとっての便利アイテムなのだ。
ただし、魔石はすでに世界中で採掘しつくしていると言われており、新たな魔石鉱山は出てこないのではないかと言われているほど貴重なので、貴族であったとしても簡単に手が出せないレベルの存在だ。唯一今でも発見されるのはダンジョンの高難易度エリアのみ。結局珍しく、高価であることに変わりはない。
「ねぇこの魔石を見て! 陛下にいただいたのよ? 似合うかしら! ふふ! こっちは貴方の髪色と同じね!」
あ、やっぱりドレスの色は旦那様の瞳の色で選んだわけね。推しカラーってやつね。
旦那様の方はその魔石を見ることなく、ただコクリ、と頷いた。
しかしこの興奮気味なテンション、つい最近体験している。斜め前にいる旦那様だ。
「これだけたくさん人がいても、貴方以外目に入らないわ!」
フフフ、となんとも愛らしい笑顔を浮かべている。ちょっと怖い。これ、私がいるのわかってて言ってるんだもんな。会って一分も経たないうちにヤバさを教えてくれてありがとう。
「妻を紹介いたします」
旦那様の方はいつものムスッとした表情のまま、クリスティーナ様のテンションに動じることなく、淡々と話を進めようとした。
「お初にお目にかかります。妻のテンペスト・ブラッドでございます」
礼儀通り深く頭を下げた。頭の先から指やつま先まで完璧にして。冒険者としての勘が鈍い私でも、これから起こることは簡単に予想がついたので少し気合を入れる。とはいえ、私は実に模範的な微笑みでクリスティーナ様の前に立っている。自分の旦那様にちょっかい出されているにもかかわらず、少しも不快に思ってはいませんよと、落ち着いた態度で。
「それが貴方の結婚相手?」
突然クリスティーナ様の雰囲気がガラリと変わる。こちらは不快感満載ですよと言いたげだ。
(『それ』ときたか~一応実家は侯爵家なんですけども!)
綺麗な顔して喋りはドぎついじゃないか。仮にも惚れている相手の前だろ? さっきみたいなキラキラキャッキャッの方がまだ良いのでは?
後方では口撃されている私を見て、クスクスと取り巻きが笑い声をあげる。だが私は少し違和感を感じていた。
(なにか変な感じがする。なんだろう……)
だがそれがわからずモヤモヤする。決して女子に取り囲まれて馬鹿にされているからではない。前世で十分女子特有のアレコレは経験した。もはやこんなレベル、小娘達のおままごとにしか見えない。見えるところでやってくれるだけマシだ。
先ほどのクリスティーナ様の言葉を聞いて、キッ! と怒りを込めて睨みつけるような目つきになった旦那様を、こっそり服を引っ張って止める。どうやら旦那様、家族を守るという義務感はあるようだ。それは普段興味のない妻にも適応されるらしい。
やっぱり家族と縁が薄いことを気にしているのか?
だが、私なりの対処法もある。その方が穏便に早く終わらせられるだろう。事勿れ主義の前世の価値観を採用しようじゃないか。
(今日はサービスしちゃうよ~! だってクリスティーナ様も今後大変だろうし! お国の為に気持ちよく隣国の女にだらしないクソ王子に嫁いでもらわなきゃ!)
餞別代りだ! 言いたいだけ言うがいい! サンドバッグになってあげるわ!
(えーっとこういう時は……)
「あっ……その……私などが申し訳ございません……」
なーんて言っちゃたりして~! ハッキリした性格のようだし、オドオドした女は嫌いそうだ。ほら、もっと文句言ってもいいのよ!
口元に手をやり、俯く。これで怯えてる風にみえるだろうか?
「なんて重苦しい髪の色なのかしら……目まで真っ暗な暗闇だわ! 目障りよ!」
そうよそうよ! と取り巻きたちが後ろからヤジを飛ばす。なんてお下品なんでしょ!
(難癖つけるパターンできたか~まあ他に文句つけるところ、ないもんねぇ……)
この国で黒髪はそこそこ珍しいが、そこそこ程度だ。ウィトウィッシュ家の血族、だいたい黒髪黒目だし。一族全否定? これは貴女の叔父さんにバレるとそこそこマズイんじゃない?
(クリスティーナ様、余裕のない顔してるわねぇ……ダメじゃん! 前もって悪口くらい考えてなきゃ!)
まあいい。早々に有難い言葉を言い放ってくれたじゃないか。旦那様のボルテージが上がっている気配も感じることだし、邪魔者は消えようかしらね。
「申し訳ございません! ……お見苦しいものをお見せするわけにもまいりませんので、これにて失礼させていただきます……どうか皆様はこのままお楽しみください……」
(ヒャッホー! お先に失礼しマース!)
夜会なんざサッサとずらからねぇとな! あばよ! 達者でな! 隣国でも頑張れよ!
ヨヨヨ……と、顔を隠しながら後退りして出口へ向かおうとすると、
「お待ちなさい!」
「え?」
そそくさと会場を後にしようとする私をお姫様は慌てて引き止めにかかる。
「まだよ! まだ貴女に言いたいことがあるわ!」
「あ……はい。どうぞどうぞ」
こちらとしてはもう帰る気持ちになっている。今夜の仕事は終わったのだ。早くしてほしい。
「こっちを見なさい!」
「あ、はい」
(見てる見てる! ちゃんとその綺麗な顔見てるから!)
急に鼻息が荒くなる。美人は怒っても美人だ。いや~これ、隣国の第二王子もあっという間にメロメロにできるんじゃない?
などと呑気に考えているのがバレたのかバレてないのかはわからないが、今度はクリスティーナ様のボルテージが上がっていっている。
「貴女みたいな女がウェンデル様の妻だなんて恥ずかしいでしょう! 恥ずかしいと言いなさい!」
「はい! 恥ずかしいです!」
「!!?」
いや、クリスティーナ様が言えって言ったんじゃん。貴女の思うがままよ? なんでビックリするの。
(ん? でも今なにか……)
なにか気配を感じたぞ。さっきから感じる違和感はこれだ。取り巻きの令嬢付近からも似た気配を感じる。相変わらずニヤニヤと馬鹿にした顔でこちらを見ているが。
「は、恥ずかしいのなら……今すぐこの方と別れなさい。離婚すると言いなさい!」
私の瞳を射すように見つめている。見つめ返すと彼女の瞳の中が渦巻いているのが見えた。これが恋する乙女の嫉妬の炎と言うやつか。なかなか禍々しい。
「クリスティーナ様!!!」
流石の旦那様も声を上げた。まあ、普通に考えたらやり過ぎだ。
「その件に関しましては私に決定権はございません。どうか旦那様と陛下にお話しいただければ……」
「!!?」
またビックリしている。驚くようなことではない。離婚の手続きはなかなか厄介だ。公爵家ともなれば、結婚にも離婚にも王にお伺いを立てるのは必須だ。それは彼女もわかっているだろうに。
「貴女! ちゃんと私を見ているの!?」
「はい。美しい青い瞳の奥まで」
その時急に旦那様が私の肩を引き寄せ、目の前を手で覆った。
「な、どうしました!?」
何も見えないようにしている。そしてやっと先ほどの変な気配がわかった。
クリスティーナ様、何か魔術を使っているな。
(洗脳魔術か!)
合点がいった。あの取り巻き令嬢達は操られているのだ。どこか人形のようで生気を感じなかった。貴族のパーティなんてそんなもんだと思っていたが……。
(洗脳魔術ってなかなか難しいのよね~禁術扱いだし)
個人的には洗脳というのは最強の魔術だと思っている。それが使えると言うことはかなりの努力をしたに違いない。
(努力の方向性がアレだけど)
私に関して言えば……使わないからって使えないわけじゃない。
洗脳魔術の耐性は人それぞれ。洗脳するのにそれなりに条件がある上、魔術の素養がある者、メンタルが強い者はかかりづらい。つまり私には全く効果がない。極端に効いたかと思ったら全く言うことをきかなかったのでクリスティーナ様も驚いたことだろう。
「これ以上は公爵家への敵意とみなします」
ドスの利いた声が聞こえてきた。どうやら旦那様はかなりお怒りのようだ。まあそもそも昨日旦那様は攫われかけてたし、怒って当然か。
会場中がこの騒動の行方を見届けようとしている。シーンと静まり返ってしまった。
(あーあーあーあー……)
面倒はごめんだ。それも自分が関わるなんて本当に勘弁してほしい。
「クリスティーナ様、別室でお話しいたしましょう」
「いやよ! 貴女となんて……!」
「旦那様も一緒ですから」
「!!?」
このビックリ仰天しているのは旦那様だ。って、なにビックリしてるんだ。嫁に後始末任せてんじゃねぇぞ!
(まあ旦那様もクリスティーナ様を歓迎していたわけではないだろうけど……)
さっさと決着をつけよう。王族と争ったって誰一人幸せにならない。
◇◇◇
来賓室のソファに座っているクリスティーナ様は、涙を我慢して震えていた。洗脳魔術がバレたことは分かっているようだ。
「なんで貴女……少しも洗脳がきかないのよ!」
「妻は強力なヒールが使えるのです」
ヒール以外の方が得意ですけどね!
「……病弱だったから得意になったの?」
「あ、その、はい」
(そうだそうだ。そういう設定だった)
やっぱり私のことはある程度調べていたようだ。説明が面倒くさいからそういうことにしておこう。魔術の素養があることは伝わるだろうし。
「昨日の盗賊、クリスティーナ様が雇ったのですね」
旦那様が冷たく尋ねる。
「……そうよ。貴方を嫁入り先に連れて行こうと思って」
(思い切ったな~!?)
思わず無言でのけぞってしまった。まさか隣国まで連れて行くつもりだったとは。予想の斜め上だ。
(この国の公爵を連れ去ろうって、よくもその結論に辿り着いたわ~)
驚きを通り越して笑ってしまいそうになる。笑いごとではもちろんないのだが。
旦那様は私と同じくギョッとしたあと、大きなため息をついている。今更クリスティーナ様を罪に問うてもどうしようもない。これはハッキリ言って犯罪だ。それもかなりマズイことをしている。なのにそれでもどうにもできない。彼女は隣国への捧げモノだ。代わりはいない。
(こりゃ本人もわかっててやったな……)
クリスティーナ様が隣国へ嫁に行かなければ今後この国はどうなることやら。下手に戦争の火種を作るわけにはいかない。アチラの国に、難癖をつける隙を与えるわけにはいかないのだ。
「クリスティーナ様」
私は先ほどと同じように彼女の瞳を見つめる。彼女も洗脳魔術で癖になっているのか、すぐに目を合わせてくれた。
「クリスティーナ様、今ここで本心を吐き出してみてはいかがでしょうか」
洗脳魔術のお返しだ。この魔術は効果時間が長くはないし、この部屋の外にいる誰かにバレることはないだろう。
すぐに私の言った通り、彼女は感情をあらわにしはじめた。
「なんで!? なんで結婚したの!? せめて貴方がずっと1人だったら我慢できたのに! 誰かの物にならないでよ!!!」
わあー! と、大泣きしていた。そっとハンカチを差し出し背中をさする。
(あーわかるわかる! その気持ちわかる!)
推しの熱愛発覚からの結婚はダメージが凄かった。祝福したいのに出来ない自分が惨めだったことを思い出す。
(いやいや、絶対に結婚できないアイドルと、もしかしたら結婚できるかもしれなかったクリスティーナ様とじゃ違うか!?)
1人心の中でツッコミをいれる。
「それ……それにあんな王子と結婚するなんて嫌よ!!! 嫌なの!!! 貴方がいなきゃ耐えられない!!! せめて貴方に側にいて欲しい!!!」
(うんうん。それもわかる! わかるぞ! 推しにお金を落とす楽しみがなければ仕事なんて頑張れなかったし)
頭を縦にふって全力で同意する。その様子を旦那様はまた目を見開いてぎょっと見ていた。
「どうしようもないことだって……わかってる……だけど何もしないなんてできなかった……できることはしなきゃって……」
そのできること、だいぶ過激ですけどね!
「やらない後悔よりやる後悔って言いますから」
「わかったような口きかないで!」
「スミマセン!」
同意したのに怒られてしまった。私は恋敵だもんな。そりゃあムカつくか。とはいえ、背中をさすることは許してくれていた。
「……ごめんなさい」
ヒックヒックとしゃっくりを上げ、化粧がドロドロになっていたが小さな声で謝った。吐き出してスッキリしたのだろう。彼女も立場上、こんなに大声を上げて不満をぶちまけるなんて出来ないのかもしれない。
(こんなにハチャメチャなことするのに、隣国へ嫁ぐことは断れなかったんだもんなぁ)
王族もなかなか大変そうだ。彼女なりに王族の義務を果たすつもりなのだろう。
クリスティーナ様は旦那様からの答えを聞かなかった。答えはもうわかっているのだろう。どの道、どうしようもないことも理解している。
盗賊騒動は謝って済む問題ではないが、こちらは現時点では許す以外の選択肢がないのだから、謝ってくれただけマシだ。そう思っている顔を旦那様はしていた。
すると今度は矛先が私へと向く。
「……貴女、私を洗脳したわね!?」
「フフ……洗脳魔術も得意なんですよ」
「まさかそれでウェンデル様を!?」
「まさかまさか。ご存知の通りただの政略結婚です。手もつないでおりませんのでご安心を」
ね? と旦那様の方を見ると、少し戸惑いながらゆっくり頷いた。
彼女はそれで少し気持ちが落ち着いたようだ。勝ち誇ったような顔をして、
「ま! 貴女の魅力じゃそんなもんでしょう!」
と、のたまった。
(こんガキャ! 調子に乗りやがって!)
泣いた烏がもう笑った。
「クリスティーナ様、最後に強力な洗脳をさせていただきます」
「はあ!?」
「貴女様は異国でもその力を遺憾なく発揮し、その美貌と行動力であらゆる人間を魅了するのです!」
思わずニヤリと笑いながら彼女の瞳を見て言う。彼女もこちらをしっかりと見つめ返してニヤリと笑っていた。
◇◇◇
それからしばらくして、彼女の嫁入りの際は1人の女冒険者が護衛として同行した。魔術が得意な黒髪の、いつかお姫様を護衛するのが夢だった冒険者だ。




