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第1話 領主の妻は冒険者

「テンペスト~! 今からダンジョンか?」

「そうだよ~」


 括り上げられた長い黒髪が揺れている。真っ黒な瞳の前にはダンジョンへ向かう冒険者達の後ろ姿が映っていた。


「ゲルガーの核の注文が急に入ってなぁ~! もしいたら頼みてぇんだが」

「いいよ~! 任せて!」


 私、テンペスト・ブラッドは新米冒険者。とはいってもすでに魔獣素材買取所の職員であるおっちゃんに個人的に頼まれごとするくらいの腕前だ。


「げ! テンペストがいる……!」

「巻き込まれないようにしねぇと」


 ダンジョンの入口付近で、私を見た他の冒険者がざわついているが気にしない。昨日大技の魔術を使ったらちょっとばかり……15人くらい巻き込んでしまったのだ。


「だってあの大型トカゲ(サラマンダー)! あのくらい破壊力なきゃ全滅してたじゃん!?」


 気にしないと言いつつ、つい言い返してしまった。私にだって言い分はある。


「いいや! お前の実力ならもう少し被害を抑えられたはずだ!」

「え? それ褒めてるよね?」


 私ならもっとできる、もっと素晴らしい冒険者になれるって言ってくれてるんだよね?


「相変わらずテンペストはポジティブだなあ~」

「たまに勢いで魔術使ってるの、バレてるからな!」


 顔なじみの冒険者達は呆れたり、面と向かって文句を垂れたりと様々。


「だって~……決まるとわかったらついつい気合が入っちゃんだよ~そういうのあるでしょ?」

「そりゃまああるけど……」

「あったとしてもテンペストは少しは反省しろ!」


 私は魔術には自信がある。というか才能がある。魔術を使うにはなによりイメージが大事だ。私はそのイメージがこの世界の誰よりも得意だという自負があった。


(いや~前世で漫画やアニメ三昧だったのがこんな所で役に立つなんてね!)


 自分が異世界に転生したと気が付いた時は、多少なりとも絶望した。生活様式も価値観も違う。だが、この世界には魔法があった。私は(前世)、魔法使いになりたかったのだ。もちろん、子供の時。その夢がまさか叶う日がくるとは。


 ゲルガーはダンジョンに入って2時間ほどかかる場所にいる。大きな一つ目のついた風船のような見た目でそれほど強くはないが、催眠系の技を使ってくるのでそれをくらうと少々厄介だ。さらに素材となる核を取り出すのは少しばかりコツが必要なので、あえて狩る冒険者は少ない。


「お! いたいた! って、あら……」


 ふよふよと浮遊する黒い影の下で冒険者が3人倒れていた。意識を失っているようだ。このままだとゲルガーに生命力を全て吸い取られて死んでしまう。


「あら、あらあらあら……!」


 1体だと思っていたゲルガーが奥から奥から湧いて出てきた。3人分の生命力のご相伴にあずかろうとやってきたのだろう。新たな獲物()に気が付いたようで、一斉にこちらに向かってくる。


「ラッキー!」


 私は指鉄砲でゲルガーに照準を合わせると、


「バーン!」


 と大きな声で呪文(・・)を唱えた。本当はもっと『火球よ! 彼のモノを焼き払え!』なんてかっこいい決め台詞っぽい呪文を詠唱したいのだが、この世界では前世のような作法が守られることはない。変身シーンで敵は攻撃してくるし、呪文の詠唱も待ってはくれない。だから、バーン! なのだ。


(とはいえ、なにより魔術には具現化できるってイメージが大事だから詠唱できる時間があればねぇ)


 ソロの冒険者をやっている私には関係のない話だが。


 ボトボトと炎に包まれたゲルガーが地面に崩れ落ちる。後続のゲルガーはヤバいと気が付いて逃げ出そうとしているがそうはいかない。2発目で全部仕留めると、核を拾い上げたいのを我慢して、倒れている冒険者へと向かう。


「おーい生きてるか~?」

「うっ…………」


 小さいがうめき声をあげているので生きているようだ。


「後で治療費払ってね~」

「うぅ……」

 

 これを同意と受け取って治療魔法(ヒール)をかけた。3人とも外傷は擦り傷程度だが、体力の消耗が激しい。どうやらギリギリセーフだったようだ。


「はあ……助かったよ」

「危なかったな……」

「げぇ! テンペストじゃねーか!」

「はーい! 命の恩人でーす」


 3人の冒険者達は私の表情を見て、しまった! という顔になっていた。


「しっかり治ったんだからいいでしょ!」

「はい……感謝してます」

「じゃあさっさとゲルガーの核、取り出してちょうだい!」

「腕はいいんだけど……新人のくせに人使いが荒いんだよな~」


 ゲルガーの核は見た目の割に少々重たい。魔法を使って運べないわけではないが、使えるものは転がっている冒険者でも使った方がいい。


「お金で払うより実働の方がいいでしょ~」

「まー今払えって言われてもどうせ払えないんだけどな!」


 ガハハと笑う冒険者達は、ほとんどがその日暮らしだ。それを知っているからこそ、最初から金品の要求はしない。


「はい。お釣りよ」


 ゲルガーの核は良い値段で引き取ってもらえたので、核を運んだ3人へ銀貨1枚ずつ渡すことにした。正直私は懐に少々余裕がある。


「マジかよ!」

「いいのか!?」

「これで今晩酒が呑めるぞー!」


 服がボロボロのままワーワーと大袈裟に喜んでいた。酒より先に買うものがあるだろ。


「しっかり感謝なさい!」


 テンペストサイコー! と大声で言っている冒険者達を、他の冒険者達が若干引き気味で見ている。 


 これで彼らは数日食うに困らないだろう。酒を控えればだが。素材買取所はなかなか切羽詰まっていたようで、職員にはとても感謝された。

 私は大した苦労もなく評価を上げ、買取所は目当てのものが手に入り、冒険者達は命が助かった上に、銀貨1枚儲けている。皆ハッピーだ。


「数も多かったし、核に傷1つついてなかったって報酬上乗せしてもらったからね」

「当たり前だろ~テンペストの案件に傷でもつけたら後でどんな目にあわされるか」

「いい心がけね!」


 そうそう。畏れ敬いなさい! 私は伝説級の冒険者になるんだから!


「相変わらず偉そうだな~」

「これで自分は公爵夫人だなんて言い張るんだから世話ねーよ」

「怖いもんなしか~」


 大笑いしながら散々な言われようだ。私がウケを狙っていると思われている。が、私は嘘は言っていない。


 私、テンペスト・ブラッドはウェンデル・ブラッド公爵の若き妻である。公爵は冷血な男として社交界で有名だった。そんな奴と政略結婚させられた私は可哀想以外の言葉以外浮かばないだろう。


「本物のテンペスト様は随分病気がちの箱入りだって噂だぞ!」

「社交界に現れないからって好き勝手言ったらダメだぞ!」

「不敬だ! 不敬!」


 貰うものを貰ったら一瞬で先ほどの恩を忘れたのだろうか。奴らは調子に乗っている。


 私は社交界が好きではなかった。いや、正確に言うと、夜会(パーティー)もお茶会もダルかったのだ。面倒くさいの一言に尽きたので、いつも逃げ回っていた。

 実家はウィトウィッシュ侯爵家。良くも悪くも貴族らしい貴族。世間体を大事にしている家系なので、他の貴族の前に現れない私を病弱設定にしていたのだ。


「アダダダダ!!!」

「イタイイタイイタイ!」

「調子に乗ってしゅみましぇん!!!」


 とりあえず私の言葉を信じない3人の鼻の穴を魔術で思いっきり広げてやったらすぐに音を上げた。


「出産って鼻からスイカを出す痛みらしいんだけど、どうだった?」


 スイカってなに!? って顔をしている3人は、これ以上何か余計なことを言うのはまずいと思ったようだ。


「母は偉大です!」


 と、叫んでそそくさと逃げるように去って行った。

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