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追放酒場  作者: 木こる
8/10

第八杯 妹が錬金術で成り上がる可能性は無限です

「ローラ、この書類にサインしろ」

「──えっ?」


「えっ、じゃねえよ このクズが…

 荷物から装備くすねて売ろうとしやがって

 大人だったら袋叩きにしてるところだぞ

 五体満足で出て行けるだけマシだと思え!」


「そんな、困ります…! もうしないから許してください!

 出来心だったんです! お金が無かったので、つい……!」


「金が無いのは誰のせいだ!? あアァ!?

 最近、賭博場に入り浸ってるそうじゃねえか!?

 お前の兄貴も同じ事してたらしいな!? 兄妹揃ってクズが!!」


「……っ!? 兄の話はやめてください! 私は兄とは違います!

 兄は盗ったら盗りっぱなしですが、私は増やして返そうとしたんです!」


「クズがーーーっ!!」


 少女ローラには兄がいた。名前はロアン、天才魔物使い(テイマー)として知られていたが

自身が使役していた魔物たちに食い殺されるという悲劇的な最期を迎えた。


 病弱なローラには数年に渡り薬代を稼いでくれる支援者がいたが

仮病がバレて援助を打ち切られてしまった。

生活費を確保する為にはローラ自身が冒険者になるしかなかった。



 酒場を追い出されたローラは人通りの多い商店街の路肩に座り込んだ。


「──はぁ、またパーティーをクビになっちゃった…

 お腹空いたなぁ 誰か優しい人が恵んでくれないかなぁ

 ねえ、ウネリン 私たちこのまま餓死しちゃうのかなぁ……?」


 ウネリンは兄を食べた魔物の一匹だ。兄が使役していた他の魔物は

野生化すると危険という理由でほとんどが殺処分されてしまったが、

この“触手スライム”のウネリンはローラにすぐ懐いたので見逃された。

スライムの変異種という事以外はその生態が不明なレア種族である。

 他にも主人を失って動かなくなった女型ゴーレムが生き残ったが、

ローラの命令には全く反応しないので実家の物置で保管している。


 ウネリンの良い所は残飯だろうがゴミだろうがなんでも食べる点だ。

食費が抑えられる上に天然の掃除機として利用できる。

そう、なんでも食べるのだ。それが目の前で横たわる少女であっても……。


「…まっ、待てぇ! これを食らえ魔物め!!

 そこで倒れてる君! 早くこっちへ来るんだ!」


 通行人が投げたリンゴを触手でキャッチするウネリン。

体内へ運ばれると、それはジュッと音を立てて溶けた。


「おじさん… ありがとう……

 でも、あの子は私の友達なの… お腹が空いてただけなの……」


 いたいけな姿に心を打たれるおじさん。計画通りだ。


「こっ、これで何か食べなさい……!」


 おじさんは財布から副貨2枚を取り出し、ローラに手渡した。

少女へ1枚、スライムへ1枚という事なのだろう。


 涙を流しながら見送るおじさんを背に、ローラは次の狩場へと移動した。



 チルトランド王国領日本人村。異世界から召喚された者たちの集落だ。

ここは人の出入りが激しく、様々な種類の貨幣が流通している。

大陸外の貨幣も出回っているが、ローラは日本円が目的でやって来た。


 日本の金が役に立たないなんて事はない。物好きなコレクターに売ればいい。

この世界では常識だが、まだ召喚されて日の浅い新人はそれを知らない。

既に情報を得ている可能性は充分あるが、交渉に成功すればいい金になる。

狙い目は「ステータスオープン!」とか言ってそうな、制服姿の若者だ。


「──ねぇねぇお兄さん、異世界から来た人? この世界のお金持ってる?

 えっ、ないの!? じゃあこれあげる! 副貨って言うんだよ〜

 お兄さんの世界のお金見せて! わー、ゴヒャクエンって言うんだ!

 えっ、くれるの? やったー! ありがとう、大切にするね!」


 異世界では電子マネーという技術の登場により、

現金を持参せずに召喚される者が増えてきているようだ。

 戦利品の500円玉はそれほど価値の高い物ではないが、

寝かせておけば後々その価値が高騰すると予測できる。

しかしローラにその気はない。金は使わなければ意味がない。



 貿易都市(チュートリア)に戻ったローラは商人ギルドへと向かった。

その名の通り商人が集まる場であり、冒険者が訪れる機会はそう多くない。

 余談だが都市内で流通している独自通貨を作り上げたのは彼らであり、

学識に乏しい冒険者が計算しやすいように取り決めたルールが“一枚一食”だ。


 ローラは日本円コレクターの豪商アランに先程の500円玉を見せた。

2種類のうち今回のは“新”と呼ばれるもので、価値の低いほうだった。

それでも元手の副貨2枚からすれば大正貨4枚は明らかに大金であった。

 本来なら3枚で買い叩かれてもおかしくないが、ローラはお得意様であり

この後に行われる両替の手数料として大正貨1枚弱を取られるので

お互いに得があり損のない取引であったといえよう。



 ローラは再び日本人村に足を運んだ。まだやるべき事があるのだ。

さっきとは違い、今は両替した小正貨の袋がある。目的は買い物だ。

500円玉を騙し取った少年に会わないよう警戒しながら店を目指した。


 そこは型落ちの電化製品を販売する店だった。

この村では日々新製品の開発が行われており、

同じ名前の道具でも半年もすれば別物になる。


 ローラは特定の製品ではなく、その部品に使われる金属を探した。

銀、銅、錫、ニッケルなどがそれに当たる。

 それらは彼女にとって重要な金属類であり、いたいけな少女が

部品単位で購入すれば怪しまれるようなラインナップであった。

なので製品を買わざるを得ない。なるべく多く、安く。



 自宅へ戻ったローラは物置から動かない女型ゴーレムを引っ張り出し、

パーツ毎に分解して机に並べた。それらには全て円形の窪みがあった。

 ローラはおもむろに小正貨を取り出すと、それをウネリンに食べさせた。

購入した電化製品から銅線などの部品を取り除いて必要な金属を選別し、

メモを見ながら順番にウネリンの体内で溶解させていった。


 ウネリンに命令を出し、消化能力を弱らせてから少し時間を置き、

ドロドロになった中身を円形の窪みへと流し込んでゆく。


 硬貨を偽造しながら、ローラは兄との思い出を振り返った──。



「ケホッ、ケホッ…… お兄、ちゃん…

 私もう… 駄目かも、しれない……」


「…そう、その感じだ! あいつ良い奴そうだし絶対に騙せるぞ!

 一番高い薬を買わそうぜ! そいつを売って大儲けだ!」


「うん、私… 頑張ってあの人からお金を巻き上げるよ!」


「これが俺たちの…」

「これが私たちの…」


「「…錬金術!!」」



 ──兄は生きる術を教えてくれた人であった。

それが良きにせよ悪きにせよ、妹は生きている。


 偽造硬貨の仕上がりには時間が掛かる。今日中には終わらないだろう。

これまでに一度も成功していないが、今回はいつもより手応えがあった。

上手くいけば、もう金に関する悩みとは無縁になり最高の人生を送れる。


 そんな期待を胸に、ローラは本日最後の戦場へと向かった。



 子供も大人もなく、男と女、善と悪すら意味を持たず

ただ勝者と敗者のみが公平に存在する場所……賭博場だ。


 プレイするゲームはもちろんギャンブルの王様、バカラ。

素人も玄人もなく、運だけを必要とする究極の遊びである。


「お兄ちゃん、地獄から見ててね…

 これが私の錬金術……! 全額BET!!」


 ローラは今夜も負けた。

魔物使いローラ:苦手な子です

触手スライムのウネリン:特技は“服以外溶かす液体”

豪商アラン:抜け目のない人です


十子メモ

ギャンブルは嫌いです

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