第七杯 ツンな幼馴染が一向にデレない理由を僕だけが知っている
「もうホント無理… アタシにつきまとわないで……!」
踊り子アンナは暗殺者ルークに拒絶の言葉を投げ掛けた。
しかし男はものともせず、涙目で身構える女性に忍び寄り耳元で囁いた。
「フフッ 怯えなくていい 僕は君の味方さ
僕は君を傷付けたりしないよ 大丈夫だよ」
“煙のルーク”。彼の異名だ。暗殺者としての腕は確かであり、
パーティーに属さないソロ冒険者でありながら上級者認定された
数少ない人物として知られている。人を殺した事はない[要出典]。
踊り子という職業には変なファンがつきやすい[注 1]。
煌びやかな衣裳、妖艶な歌声と舞踏に魅せられた男たちは戦いの日々を忘れ
己が欲望を解放する事ができる。魅せられるのは男でなくともよい[注 2]。
アンナはルークから同じ村の出身だと教えられたが彼に関する思い出はない。
目の前から消えたり現れたりするこの男性は恐怖の対象でしかなかった[注 1]。
彼女は別の酒場で雇われている身であるが、ここ追放酒場の噂[注 3]を聞いて
今夜こそきっちり話をつけて終わらせたいと覚悟を決めて予約来店した。
「ルークさん… でしたっけ、万が一の事態があっては困るので
武器を所持してるなら今のうちに預からせていただきます」
従業員の十子はいつもより慎重になっていた。粗暴な悪漢ならともかく、
敵意なく誰かを傷付ける事ができる人間は自分の手に負えないからだ[注 4]。
ルークは逆らう事なく、腰から下げた曲刀や懐の投げナイフを差し出した。
店長が念入りにボディーチェックを行い、安全確認が取れた所で対話が始まった。
「──アタシはアンタの事なんて全然、これっぽっちも覚えてないの!
勝手に幼馴染面して近づいてこないで! 本っっっ当に迷惑だからやめて!」
「フフッ またそんな事を言って僕を困らせる気かい?
やれやれ、君はいつもそうだ でもそんな君を僕は見捨てないよ」
「やめてって言ってんでしょ!? 気持ち悪いんだってば!
いい加減にしてよもう! どう言えば伝わるの!? アンタ本当に人間!?」
アンナの怒りは相当なものだった。まだ見知って間もない十子ですら
このルークという男に得体の知れない気持ち悪さを感じ取っていた。
話し始めてまだ数十秒だが、早くも話し合いでの解決は無理そうだと感じ
店長を見やったが彼は首を横に振った。気持ち的にはアンナの味方をしたいが、
あくまで場所を提供しているだけの立場なので中立を貫く所存だ。
店、或いは従業員が損害を被ると判断した場合はその限りではない[注 3]。
「店長さん! こいつ殺してよ! アタシもう我慢できない!」
眉をしかめる店長。妙な噂[注 3]のせいで誤解されているようだ。
「君を守って死ぬか、君に殺されるか…… フフッ」
ルークの発言に、一同は言いようのない嫌悪感を抱いた。
このまま会話を進めてもきっと平行線を辿るだろう。
店を出た瞬間、アンナがルークを刺し殺す可能性だってある。
凄腕の暗殺者相手にそれができるかと言えば……YESだろう。
この男はきっと、自分から喜んで刺されるに違いない[注 4]。
埒が明かないので一旦仕切り直しアンナにはビールを、
ルークにはハーブティーのおかわりが提供された。
この二人だけで喋らせるのは得策ではない、時間の無駄だ。
十子は珍しく客同士の会話に割り込んだ。
「──まず、お二人は同じ村の出身だと伺ってますが
どんな子供時代を過ごされてたんですか?」
「え、アタシ? どんなってそりゃ、今と変わんないわ 昔からスターよ!
村一番の美少女で、男なんて毎日取っ替え引っ替えだったわ!
今は都市一番だけど、やがては大陸一番の踊り子になってみせるわ[注 2]!」
「フフッ 嘘は駄目だよアンナ
…僕の親は狩人で、彼女は薬草摘みの家系だったよ
あまり目立つ子じゃなかったね よくいる田舎娘さ
地味な家業が嫌で都会へ飛び出して今に至るって感じかな
それと、都市一番は言い過ぎだよ センターじゃないし」
どうも彼女の記憶は美化されているようです。
大きすぎる野望と嘘の記憶で自分を塗り固めていくうちに
ルークさんの事を忘れてしまったのでしょうか。
「ルークさん、あなたは嫌われてる自覚がありますか?
何を思っててもそれは自由ですが、つきまとうのはアウトだと思います」
「そーだそーだ! よく言った店員ちゃん!
この男、一日中アタシの周りうろついてて気持ち悪いったらありゃしない!
自警団に助け求めても、事件が起こるまでは動かない方針だし困ってんのよ!」
ん。つまり事件は起きてないと。
「昼間はダンジョンに潜ってるから、一日中は無理だよ
その時間帯は協定を結んでる他の男たちが動いてるのさ[注 1]
…僕以外のストーカーなんて嫌かもしれないけど
君の安全を守る為だから、そこは我慢して欲しい」
なんかサラッとおかしなこと言ってます。協定……?
「僕が君を尾けるのは一番危険な仕事終わりの時間だけだよ
帰宅途中って油断が多いからね 疲れて判断力鈍ってるし
夜の闇に紛れて良からぬ事を企む輩から僕が守ってあげないと
…おっと、質問に答えてなかったね フフッ
嫌われてるのは承知の上で行動しているよ」
「そうですか アンナさん、今までこの人や他のストーカーから
直接的な被害を受けた事はありますか? 気持ち悪い以外で」
「それはないけど…… とにかく嫌なの!! わかるでしょ!?」
「まあわかりますけど、なんかもう放っといていいんじゃないですか?
危害を加える様子はないし、純粋に安全確保したいだけに見えます
無料で最強クラスの護衛がついてくるんですからお得だと思いますよ」
「はああああっ!? 何言ってんの!? アンタも女でしょ!?
こんなのに見初められる身にもなってみなさいよ!?」
……やっとか。
「ルークさん、アンナさんに対して恋愛感情を持ってますか?」
「ないよ」
「──えっ?」
アンナさんは口を開けたまま固まり、私とルークさんの顔を交互に見ました。
ルークさんはゆったりとハーブティーの続きを楽しんでるご様子。
私はというと、背中で手を組んでから真相を語り始めました。
「この話し合いは最初から何かがおかしかったんですよ…
私も途中まではアンナさんと同じ勘違いをしてました」
気分は探偵ドラマの刑事役です。少し歩きながら話すのがコツです。
「これが恋愛の話であれば、ルークさんの口から一度でも
『好きだ』とか『愛してる』とか、そういうセリフが出てもおかしくはない
…でも、なかったんですよね なぜならば、その感情が無いからです」
ここで首だけ横を向きます。
「アンナさん、あなたは村にいた頃…
『男なんて取っ替え引っ替え』と仰いましたね?
その時、ルークさんは特に反応しませんでした
ルークさん自身も他の男たちと協定を結んだりしてます
更に『嫌われてるのは承知の上』だとも発言しました
…恋愛感情に支配されたストーカーの思考ならば、
意中の相手を独占したいと思うのが普通ではありませんか?」
体をターン!
「──アンナさん、あなたは異性として扱われてません!!」
「ひっど」
決まった……けど何も解決してない。
「ええと… じゃあなんなの? なんでつきまとってんの?
好きでもない相手を尾けてるの? 意味わかんない……」
その質問には答えられませんでした。
なんかもうやりきった感じで頭が回りません。
そしてジワジワと恥ずかしくなってきました。
なんで探偵の真似事なんかしちゃったんだろう。
やるんじゃなかったと後悔してももう遅いです。
「君のご両親から頼まれてるからね
何があっても娘を守ってくれってさ
たまには実家に帰って元気な顔を見せてあげなよ フフッ」
……真相はシンプルでした[注 4]。
脚注
————————————————————————————————————
注釈
1. 戦士アリオス
2. 田舎娘が憧れる職業第一位
3. 店長を怒らせてはいけない
4. 愛
踊り子アンナ:人気踊り子グループのメンバーで酒豪だそうです
暗殺者ルーク:ギルドのお姉さんを笑わせたくてギャグを考えてるそうです
十子メモ
慣れない事はするもんじゃないですね