第六杯 不人気職から始める冒険譚
「レイン、お前パーティー抜けろ」
「──えっ?」
久しぶりに正統派の追放劇が来た、と従業員の十子は思った。
この数ヶ月、流行に乗せられた貴族上がりが不採用になるばかりで
ちゃんとした冒険者パーティーのイザコザに遭遇できなかったのだ。
格好からして戦戦盗僧魔魔の6人編成で、追い出されるのは盗のようだ。
テーブルに足を乗せて偉そうに話している戦士風の男がリーダーかと思われる。
ちなみに“盗”は軽装で便利そうなポジションの人を揶揄する記号でもある。
「お客様、足を下ろしていただけますか?
ここは飲食店です 不衛生な真似はおやめください」
「あァん? やんのかコラ?
冒険者舐めてっと痛い目見んぞコラ……ぁ?」
男は首を上下させながら十子の胸倉を掴もうとしたが、なぜか届かなかった。
ムキになって両手を振り回すが、彼女に触れる事はできず磁石のように弾かれた。
「チッ なんか結界みたいなモンがありやがる…
おいリカルド、解析しろ んでもって解除しろや」
リカルドと呼ばれた魔法使い風の男が指示通りに動いた。
しかし、いくらやっても解析の魔術が発動する事はなかった。
「アーロン、この店自体に魔術封印の仕掛けがあるみたいだ
俺じゃどうにもできねえよ そんな小娘は放っとこうぜ」
「チッ 命拾いしたな、クソ女…」
リーダー風の男アーロンは座り直し、再びテーブルに足を乗せた。
「店長、やっちゃってください」
十子の呼び掛けに反応し、店長が髪を後ろに撫でながら近寄ってきた。
──閃光の様な拳がアーロンのアゴを掠め、彼は座ったまま気を失った。
「アッ……アーロン!?」
驚愕する冒険者たち。店長の実力を初めて見た十子もびっくりした。
この世界に召喚されて十子が得た“戦えない”能力は進化していた。
今までは自動的に発動し続けていたが、色々と試行錯誤しているうちに
自分の意志でオンとオフの切り替えが可能になったのである。
「テメェ、よくもアーロンをやりやがったな!?」
スキンヘッドの戦士が殴りかかったが、どういうわけか店長には届かない。
店長が目で合図を送り、十子は“戦えない”能力を解除した。
店長のパンチは的確に相手のこめかみを捉え、男は受け身を取れずに倒れた。
「ダンまでやられた!? おっさん何モンだよ!?」
おっさんと言われたのが嫌だったのか、僧侶風の男は腹を打たれて気絶した。
「ヨアヒムは何もしてねえだろ!?
おい、レオナルド! 外から魔法で店ごと燃やしちしまえ!」
物騒な発言をしたリカルドは強烈なアッパーカットを食らい吹き飛び、
レオナルドは外へ出る前にラリアットをもらって意識を失った。
──店長にやられた5人は他の店でも問題を起こしていたらしく、
今回の件で“一般人に手を出して返り討ちにされた愚か者”という
不名誉な事実が広まり、貿易都市に居づらくなってどこかへ消えました。
探索術士のレインさんが追放される理由はわかりませんでしたが
元々彼らとは折り合いが悪く、機を見て脱退するつもりだったそうです。
余談ですが戦士とか魔法使いという言い方は活動の役割を示すものであり、
冒険者の皆さんの職業は“冒険者”です。
“術士”は特定の魔術系統のエキスパートと認定された方が持つ称号です。
この称号を複数持っている方が賢者と呼ばれるそうです。
店長は過去を語りませんが、昔は冒険者だったんだなと察しました。
あれだけ強いのなら私に用心棒手当てなんて出さなくていいんじゃないかと
言いましたが、喧嘩を起こさないことが大事ということで、これからも私は
正規の給料プラス用心棒代を頂けるようです。私はこの仕事が大好きです。
「レインさん、残念ですがパーティーから抜けてもらいます」
「はい、そうですよね……」
先週当店にいらしたレインさんがまた追放されたようです。
話した感じ全然普通の人だし、性格が問題というわけではなさそうです。
探索術士がどんなものかわかりませんが、戦力外なんでしょうかね?
「──え、探索術士の仕事ですか? そうですね…
基本的には探知魔法で魔物の気配を探る役割ですね
ただ、絶対に必要というわけではないですし、
逆に魔物に居場所を知らせてしまう危険性もあるので
あまり活躍の機会がないんですよ」
Q.他にはどんな事を?
「そうだなあ… 温度や湿度を調整してダンジョン内でも
快適に過ごせるようにしたり、照明で見通しをよくしたり、
とにかく探索を楽にするスキルを活用しますね
全部いっぺんにやると疲れちゃうんで、要所要所で使い分けるんですよ
そのへんの取捨選択が探索術士としての腕の見せ所と言えますね
……あとは荷物持ちですかね(笑) 戦闘にはあまり参加できないので」
Q.戦闘中は何をしてるんですか?
「逃げ回ってます(笑)
…というのは半分冗談ですけど、仲間の荷物を守る為に
最低限の攻撃魔法と回復魔法は使えますよ
そのまま戦闘魔法を極めて探索術士やめちゃう人が多いですね
やっぱり地味な仕事だし、苦労の割に報われないというか……」
Q.この仕事に誇りを持ってますか?
「それは、はい!
冒険者になりたての頃、僕は何もできなかったんですよ
剣の才能は無いわ攻撃魔法も使えないわで、役立たずでした
でも、探知魔法の適性が高かったおかげで頑張ってみようかなと
…そしたら初心者同士のパーティーで重宝されましてね
周りからたくさん褒められて自信がつきましたよ
中級者パーティーであまり活躍できないのは見ての通りですけど、
上級者が潜る高難易度ダンジョンでは必須職と言われてますね
僕も早くそのレベルの探索術士になれるように日々精進してます」
Q.これから探索術士を目指す人へ一言
「ん〜、そうですね……
日本人村で開発された照明器具があると便利ですよ
照明魔法を使わなくて済むので負担が激減します
それとミニ扇風機や保冷剤なんかも温度管理で使えますね
最近はいろんな便利道具が増えてきているので、
常に新作アイテムには目を光らせておきましょう! 以上です」
──ありがとうございました。
侍アーロン:格好つけて刀持ってるだけの人
魔法剣士ダン:スキンヘッドが特徴
回復術士ヨアヒム:フレイルの使い手
攻撃術士レオナルド:火属性
魔法使いリカルド:いろんな種類の魔法を広く浅く使えるそうです
探索術士レイン:日本人が便利グッズ開発してごめんなさい
十子メモ
戦士系の称号だと“剣聖”とかが有名ですね