第四杯 天敵は突然に
「サムソン、お前はクビだ」「えっ!?」
「ニコライ、お前もクビだ」「俺も!?」
「ついでにお前もクビだ」「ついでに!?」
アリオスはサムソン、ニコライ、マーリンにパーティー追放を言い渡した。
彼らは同郷の出身で20年来のつき合いがある、兄弟同然の仲であった。
「待てよアリオス 考え直してくれ」
「3人抜けたらお前1人だけになるよな」
「それなら最初から脱退すればいいのでは?」
「脱退なんてしない 俺もクビだ」
「「「意味がわからない」」」
──追放酒場の厨房にて、従業員の十子がスマホをいじっている。
彼女は録音用に何台かストックしているが、それとは別に暇潰し用として
オフラインでも遊べるアプリが入っているものを確保していた。
「十子ちゃんそれ好きだね〜 ソリティアだっけ?
休憩中いっつもやってるっしょ 今度俺にも貸してよ」
軽い口調の男性が調理の手を止めずに話しかけた。
十子もスマホから目を離さずに返事をした。
「この世界じゃ他に遊べるものないですからね
あ、10分につき小正貨10枚… 新たな商売の匂いがします」
「アッハハ、がめついなあ
…遊びならたくさんあるよ? 賭け将棋とか賭け麻雀とか」
「それってギャンブルじゃないですか やめてくださいよ、もー
私のお父さん、ギャンブルで借金作って蒸発しちゃったんですよ〜」
「重いよ……」
スマホのアラームが鳴り、十子はゲームを終了して席を立った。
「そんじゃホール入りまーす」
「うぃっす これ持ってって」
十子は渡された皿から野菜スティックを一本つまみ食いし、持ち場へ向かった。
カウンター内に目を配ると、いつもなら飲食物の品質や在庫を確認したり、
帳簿の整理、清潔な環境の維持などで常に忙しくしているはずの店長が
腕を組みながらある一点をじっと見つめていた。
「「「…この馬鹿野郎っ!!」」」
サムソンの剛腕が唸りをあげ、岩のような拳がアリオスの横っ面を捉えた。
倒れ込んだアリオスの腹部を狙ってニコライが蹴りを入れる。
マーリンはアリオスの足の甲めがけて杖を突き立てた。
「──えっ?」
十子には範囲内の敵意ある戦闘行為を無効化する特殊能力“無敵”があった。
それは酒場の敷地全体に及ぶので休憩中も発動していたはずだ。
しかしどうだろう、今確かに目の前で暴力が振るわれているではないか。
状況を飲み込めない十子に対し、店長は数分前の追放劇を語った──。
「全員クビって… どういうことだ!?」
「それじゃあ0人パーティーじゃないか! 前代未聞だぞ!」
「それは解散と言わないか?」
「本当にすまない 全部俺のせいなんだ……」
アリオスは少し間を空け、姿勢を正してから重い口を開いた。
「……実は俺、ある踊り子グループに入れ込んでてさ、
ライブ観に行ったりグッズ買ったりしてるうちに貯金を使い果たしたんだ」
「踊り子ねえ まあわからんでもないが…」
「それでもライブに行きたかった俺は……
リーダーの立場を利用してお前たちの給料から一部を抜き取ってたんだ」
「はああァ!?」
「少しずつ抜いてたつもりだけど、慣れてくるとその額も増えてゆき
帳簿を誤魔化せなくなった頃にはもう手遅れだったよ…
お前たちにバレないようにファン活動を続けたい、
そう思った俺は金貸し業者を頼り、ますます深みに嵌まったんだ
借金を借金で返してくうちに裏社会の人間に目をつけられてね…
俺と一緒にいたらお前たちに迷惑がかかると、ようやく悟ったよ」
「迷惑ってお前……」
「……ギルドの調査ではありのまま、俺の下劣さを伝えてくれ
俺も一方的にお前らを追い出したという事実を報告する
そして自分自身を解雇したら永久離脱扱いにして
お前たちとは一切関わりがない事を書面に残す
…3人が戻ってこれるようにパーティーは残しておきたい
だから解散はしない 誰が新リーダーになるかはそっちで決めてくれ」
「「「…この馬鹿野郎っ!!」」」
サムソンはアリオスの頬を殴り「俺たちは仲間だろうが!」と訴えた。
ニコライはアリオスの腹を蹴りながら「一人で抱えるな!」と叫んだ。
マーリンはアリオスの足の甲めがけて杖を突き立てた。
──以上が店長の口から語られた内容だった。十子は経緯こそ把握したものの、
自身の“無敵”が効果を発揮していない理由はわからなかった。
冒険者たちの暴行は激しく、アリオスは足を押さえながら仲間に謝っている。
これ以上このままにはしておけないと判断した店長は溜息を吐くと腕捲りをし、
カウンターの外へ出ようとした。しかしそれを制止したのは十子だった。
「私、用心棒代もらってるんで」
気合いの乗った顔をしているが、その声は震えていた。虚勢を張っているのだ。
店長はいつでも加勢できるよう注意深く動向を見守った。
「……お客様! 他のお客様… は、いませんが!
めっ迷惑になりますので! やめてください!」
声だけでなく体も震えているのが遠目にもわかった。暴れる屈強な男たち相手に
近づくだけでも勇気が要ったはずだ。もう充分だ、あいつはよくやった。
店長は軽く肩や腰を回し、髪を後ろに撫で、拳の握り具合を確かめた。
「あぁ、店員さん ごめんなさい!
俺たち、ちょっと熱くなりすぎちゃって……
散らかした物は掃除します ほらみんなも謝れ」
マーリンの謝罪に続きサムソンとニコライも頭を下げた。
アリオスは既に土下座のような体勢になっていた──。
「十子ちゃんお疲れ〜 大変だったんだって?
店長が『あいつは度胸がある』って褒めてたよ」
「いやいや、私は自分の仕事しただけですから…
それにしても私の“無敵”って全然無敵じゃないなって思いました
今度日本人村へ行く時に登録局で“戦えない”に名前変えてきます」
「アッハハ、ダッサいなあ でも十子ちゃんらしいや
…そうだ、ビールでも飲む? 今日頑張ったご褒美に一杯どう?」
「未成年なんでパスします」
「ここ異世界なんだし日本の法律守らんでも…」
「私のお母さん、肝硬変を患って死んじゃったんですよ〜」
「重いよ……」
戦士アリオス:過去の悪行を正直に話して責任取ろうとした人
戦士サムソン:仲間想いで力加減ができない人
戦士ニコライ:内臓を狙って攻撃してた異常者
戦士マーリン:無言で足の甲を狙ってた異常者
十子メモ
日本人村で有識者に能力不発の原因を考察してもらったところ、
友愛の心による行動だったからという理論でとりあえず納得しました