第一杯 最弱無能の失格賢者はもう遅い
「エリック、俺のパーティーから抜けてくれ」
「──えっ?」
目つきの鋭い戦士アレンは魔法使いエリックにパーティー追放を言い渡した。
突然の解雇通告に動揺を隠せないエリックは冷静を装いつつ、その理由を尋ねた。
「そんなもん決まってるだろ お前が使えない人間だからだ」
「使えないってなんだよ! そんな説明で納得できるわけないだろ!?」
まるで無能扱いされた気分のエリックは握った拳を震わせながら反論した。
アレンは溜息を吐き、コップの中身を飲み干し終えるとゆっくりと話し始めた。
「まずお前は弱すぎる 完全に戦力外だと判断した
回復魔法と攻撃魔法、両方を極めた賢者とか言ってたけど
どっちも子供騙しレベルで初心者未満なんだよ
むしろ、そのへんの子供のほうが上手に使えてると思うぜ?」
自分の魔法が子供以下と評されたエリックは反論せずにはいられなかった。
「仕方ないだろ!? 魔法を勉強し始めてまだ一ヶ月なんだしさあ!」
アレンは額に手を当て目を瞑り、心を落ち着けてから再び理由を話し始めた。
「勉強したての身で賢者を名乗るのやめろよ 恥ずかしい
お前の身なりがいいから少し期待しちまったじゃねえか
まあ魔法が駄目なのはこの際置いといて、他の役割もからっきしだよな?」
「他の役割って言われても ぼく魔法使いだし剣とか振るのガラじゃないし」
「そのわがままな性格がムカつくんだよ…
べつに剣士になれと言ってるわけじゃねえ
荷物持ちとか、地図読みとか、戦い以外の仕事もあるっつうのに
お前はそれも断ってきたじゃねえか 役立たずどころか足手まといなんだよ」
足手まとい扱いされたエリックは歯を食い縛り、アレンを睨みつけた。
そんなささやかな反抗など意に介さずアレンは続けた。
「大体お前さあ つい最近まで何不自由なく過ごしてた貴族の坊ちゃんなんだろ?
冒険者ってのはなあ 道楽で務まるような甘い仕事じゃねえんだよ!!」
アレンは積み重なった不満を爆発させ、怯んだエリックは椅子から転げ落ちた。
腰の抜けたエリックは距離を取ってから立ち上がり、
「いつかぼくの秘められた才能が開花して、お前たちは落ちぶれて、
やっぱり戻ってきてくださいって頭下げに来ても、その時にはもう遅いからな!
それと、パパに言いつけてやるからなぁっ!!」
と捨て台詞を吐いて酒場を出て行った──。
──貿易都市チュートリア。世界で初めてダンジョンが発見された地であり、
各国の調査隊や攻略報酬目当ての冒険者が訪れ、それに伴い行商人も足を運び、
いつのまにか巨大な都市が形成されていたというのがここの歴史です。
隣接するどの国にも属さず、あらゆる政治的干渉を受け付けず、
問題が起きれば当事者同士で解決する、そんな場所です。
世界最大の中立地帯であり、最も自由な自治区として知られています。
都市には幾つかの酒場があり、ダンジョンや冒険者ギルドに近いほうは
賑やかな雰囲気で冒険の打ち上げや新たな出会いを求める場所として、
商人ギルドに近いほうは落ち着いた雰囲気で大人の社交場として、
または別れ話をするのに適した場所として有名です。
私は十子。聖女のおまけとしてこの世界に降り立った日本人で、
今はこの“追放酒場”の従業員として働かせてもらってます。
私の能力“無敵”は範囲内の敵意ある戦闘行為を無効化するという代物でして、
その性質がこの場所で起きやすいトラブルに対してドンピシャだったりします。
要するに私がいる限り、この店で喧嘩はできません。よそでやってください。
ちなみに先程の追放劇の判定はアレンさんの圧勝だと思いました。
追放される側に問題があるケースで、大体はこのパターンです。
駆け出し冒険者同士ならまだしも、初心者未満の実力を偽って
上級者パーティーに潜り込もうだなんて完全にアウトです。
当たり前のことですが嘘つきは信用なりません。
日常生活でもそうですが、命のやり取りをする現場では特に
仲間との信頼関係が大事になってきます。
弱い、やる気がない、性格が無理 以前の問題だと思います。
趣味で観察してるわけじゃありません。これも仕事です。
こういった追放劇の後には決まって冒険者ギルドにクレームが入り、
追放を言い渡した人物の評判を下げようとする工作が行われます。逆恨みです。
監視カメラのない世界ですが、スマホの録音機能があるので
ギルド職員による事実調査の際、有力な証拠として提出できます。
本人に聞かせると「俺の声じゃない」と、皆さんそう仰います。
録音状態で席の近くをうろつくだけでお小遣いが貰えます。
“無敵”による用心棒手当ても付いて一石二鳥です。私はこの仕事が好きです。
戦士アレン:我慢しながら生きてきた人
魔法使いエリック:我慢せず生きてきた人
十子メモ
範囲外からの攻撃や罠、自然災害、漫才のツッコミなど
敵意を持たない行動には能力を発揮できません