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排出率0.5パーセントのガチャを100パーセント引く彼女に勝つ方法  作者: サイド
第三章 『パンドラの家』
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6. なんで、そんなに勝負にこだわるの?

 『パンドラの家』の話が終わった後、ふと片瀬が口を開く。


「ね、気になってたんだけど」

「ん?」


 彼女はもう冷めているであろうカップを手に、神妙な口調で言った。


「史也はさ、いろいろ考えて、どうにかしようとするけど。なんで、そんなに勝負にこだわるの?」

「え?」


 予想していなかった問いに、今度は俺の方が言葉に詰まってしまう。


「『ジャック・ボックス』の譜面とか、さっきの宿題の話だって、そうじゃん。辛いなら、止めちゃえばいい。怒る人はいても、なるようになるから」

「それは……」


 隣に座り、俺を見つめる片瀬の瞳は真っ直ぐで、偽りがない。

 だからはぐらかしたり、嘘を言ったりしたくないと思い、答えた。


「……記憶はないけど、印象があるから」

「?」


 漠然とした表現に片瀬が首を傾げ、俺は一つ一つ言葉を選ぶ。


「いつ、どこでの出来事なのかは分からない。でも、印象だけが残ってる」

「印象?」

「ああ。負けそうになる時……というより負けた後、自分が嫌になりそうになったら、いつも思い出す。『あの時の悔しさに、比べれば』って」

「――っ」


 片瀬は言葉を失い、息を震わせた。

 俺はテーブルに腕を乗せ、はがゆさを感じながら、下唇を噛む。


「おかしいよな。『あの時』がいつで、『誰』に対して悔しいって感じたかも記憶にないのに」


 そこまで言って、俺はわずかに痛む左胸へ手を当てた。


「印象が、消えないんだ。だから、『いつか、必ず』って思ってる。それを追いかけてたら」


 俺はわざと口調を明るくして、両腕を開いて見せる。


「こんな性格になってた。でも、今の自分は気に入ってるし、それはいいんだ。……けど、ずっと俺を支えてくれたものだから、やっぱり、『いつか、必ず』なんだと思う」


 努めて、「えー、なにそれ」と突っ込めるよう軽い調子で言ったのだが、片瀬は俯き、前髪で目元を隠して、太ももの上で両手を握り締めたまま、何もリアクションを示さない。


「あー……、その」


 だから俺の口から、曖昧な呟きがもれてしまう。

 これも、そりゃそうだ、という話だ。

 俺自身も理解できていないことを漠然と言われたところで、反応に困るのは当たり前。

 下を向いた片瀬の表情を窺い知ることはできないし、ほのかに耳先が赤くなっているから、まあ、何と言うか、やっぱり恥ずかしい話をしてしまったということなんだろう。


「片瀬、えーと、今のは――」


 何か言葉をひねり出そうとしたものの、彼女が先手を取った。


「……一つ、聞いていい?」

「あ、ああ」


 その声音は密かな熱を帯び、静かだがどこか興奮を滲ませているように俺の耳へ響く。


「その話、小絵ちゃんや牧村君へしたことは?」

「……ないよ。話したのは、片瀬が初めてだ。なんか、答えなきゃいけない気がして」

「っ」


 太ももの上に置かれた片瀬の拳が、より一層硬く握られた。


「ごめん、もう一つ、いい?」

「?」


 そうしてようやく彼女は顔を上げる。

 表情は、ぼおっとしているが、ほのかな熱情を宿した視線と頬は、初めて見るものだったので俺は強く驚いてしまう。

 瞳に映るオレンジ色の夕陽は淡い暖かさを秘め、長いまつ毛にかかるていどの前髪が、はらりと左右へ揺れる。

 そして隣に座ったまま、ぐっと身をこちらへ寄せ、顔を近づけて来た。


「か、片瀬?」


 突然の出来事に声が裏返ってしまったが、彼女の勢いは消えず、より増していく。


「もし、その正体が分かるとしたら、どうする?」

「え?」


 予想外の問いかけに、俺は戸惑いを隠せない。

 だがそれに関しては、ずっと心に決めていた答えがあったので、そのまま口にする。


「もし、分かるなら」

「……うん」


 頷く片瀬の吐息は熱く、テーブル上で接近したことはあっても触れたことのない指先が、重なる寸前で止まっていた。


「ちゃんと、俺から声をかけたい。ずっと支えてもらったんだから、『ありがとう』は、自分で伝えなきゃダメだと思う」

「――」


 また、片瀬は言葉を失う。

 恥ずかしい事を口走っている自覚はあるから、ノーリアクションだと俺の方が困ってしまう。

 やがて彼女は深く椅子へ座り直し、手の平を目元へ当てて、ゆっくりと息を吐いた。


「片瀬、その……どうした? 大丈夫か?」


 俺の声がよほど頼りなかったのか、彼女は、「くすっ」と小さく笑って見せる。

 普段とは違う気弱な声音だったが、調子を取り戻しつつあるようだ。


「ごめん、大丈夫。ちょっと、ビックリして」


 俺は気まずい思いもあって、ガリガリと頭を掻く。


「す、すまん。まあ……どうでもいい話だったよな?」


 俺はそう言ったが片瀬は目を伏せるだけで、その気持ちを汲み取ることができない。


「どうでもよくは……ないよ。以前、史也は言ってくれたじゃん」

「言ったって、何を?」

「『二度、助けられた。感謝してるし、気持ち悪いとは思わない』って。そういう気持ちを言葉にするのは、大事だと思う」

「言ったけど、改めて聞くと随分偉そうだな、俺……」


 片瀬は、「くすっ」と暖かさを滲ませて笑う。


「そうかもね。……でも、いいんじゃない? それで救われた人もいるよ、きっと」

「そ、そんなもんかな……?」

「そんなもん、そんなもん」


 片瀬は少し熱に浮かされたような調子で答え、頷く。

 そして最後にブルーマウンテンを口へ運び、目を細め、清々しさを宿した声音で言った。


「思うままにならぬが人生かあ。……あー、にがい」


 そして、窓越しの風に揺れる街路樹を見つめながら、どこか楽しそうに呟いた。

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