第55話 魔神ラクタパクシャとの激闘
凪いだ海のように、獣王ヴリトラナの食事が終わると砂海は静謐を湛えていた。ミミズ達も怯えて隠れてしまったのか、風に吹かれる砂塵だけがさらさらと音を立てていた。
「今なら行けるんじゃないか? おれ達だけでも転移してダンジョンに乗り込もう」
おれはリリアイラにそう提案した。すると手の平をぶんぶんと振りながら鼻で笑われてしまった。
「ふっ、まあちょっと待ってろ。今に面白いもんが見れる」
暫くの間、おれ達はだだっ広い砂海を黙って眺めていた。ラクダの上ではアピとクプクプが揃って大きな欠伸をしている。それがうつったのかおれが大きく口を開けたその時だった。遠くから鳥のような甲高い泣き声が聞こえてきた。
「やっときやがった! 待ち草臥れたぜ」
「あれは……ガルルの群れか!?」
砂海の空に現れたのは鷲の魔物であるガルル達だった。そしてその大群を率いるかのように一際大きなガルルが一頭いた。深紅の羽に覆われ、良く見ると手足も携えていた。
「あれは魔神ラクタパクシャだ。いきなり大物が出て来たな。一応戦闘の準備はしとくぞ」
リリアイラがおれの中へと入ってくる。頭の中で再び声が聞こえてきた。
「あいつは邪神ヴァイシャの右腕だ。炎と風を操ってくるぞ」
リリアイラと同様の事を他の精霊達も伝えているのだろう。アピにラウタン、そしてヒジャウが頷きながら戦闘態勢を取っていた。
魔神を中心にガルル達が竜巻のように空中を旋回し始めた。するとその直下の砂海が次第にそれに呼応するかのように渦を巻く。そしてそこから弾かれたように飛び出してきたのは獣王ヴリトラナだった。
大顎を目一杯に広げガルルの群れへと一直線に突っ込んで行く。ガルル達が何頭かを犠牲にしながら散開し風魔法を放つ。だがそれはヴリトラナの固い皮膚に阻まれた。獣王が再び砂海へと潜ると巨大な砂の柱が水飛沫のように立ち昇った。
「はっ! こりゃなかなかの見物だな! このまま潰し合ってくれりゃめっけもんだ」
リリアイラが楽しそうにそう叫んだ。どうやらこれが狙いだったようだ。ガルルの群れは再度同じ陣形を取った。ヴリトラナがまたしても飛び上がり襲い掛かる。すると今度はガルル達は下へと周り込み真上に向けて風魔法を放った。
上昇気流に突き上げられヴリトラナの躯体が浮き上がる。
「angin nyala」
魔神ラクタパクシャが一度羽ばたくと巨大な炎がヴリトラナを包み込んだ。これには流石の獣王も咆哮を上げながら藻掻くように砂海の上へと落ちていく。
「凄まじい炎ね……」
魔神の魔法の威力にアピさえも驚愕し言葉を失っていた。体に纏わりついた炎を消そうとヴリトラナが砂の中へと潜る。肉が焼けるような焦げた匂いが風に運ばれ漂ってきた。
「そろそろおれ達も加わるか」
リリアイラの声が聞こえてきた。それに対しおれは独り言のように呟いた。
「どちらかに加勢するのか?」
「けっ! 馬鹿言え。漁夫の利を狙うんだよ。上手いこと両方仕留めるぞ」
なかなか姑息な手ではあるが、ここはその悪巧みに乗ることにしよう。リリアイラに主導権を渡して攻撃を仕掛けようとしたその時だった。赤い戦象を引き連れた軍隊がどこからともなく現れた。
「これは!? まさか姉上が!」
ヒジャウがそう叫んだとほぼ同時に天蓋付きの馬車から第一王女のメラーが顔を出した。家臣の男に手を引かれ彼女は優雅に降り立った。
「これはこれはマジャラ・クジャハの方々。ごきげんよう。何やら厄介ごとでもおありかな?」
なにやら得意げに笑いながらメラーがそう言い放った。慌てた様子のヒジャウが彼女に駆け寄った。
「何をされているのです姉上! ここは危険です! 早く撤退を!」
「ふん、何を言っておる。そなたこそこんな所にいてもなんの役にも立たないであろう? おとなしく宮殿にお帰り」
「今は魔神と獣王が争っております! ここにいては兵士達が巻き込まれてしまいます!」
「心配など無用じゃ! 獣王は我らが掌握しておる!」
「それはどういう――」
戸惑うヒジャウに構う事なくメラーが家臣へと指示を飛ばした。
「ルバン! 頼んだぞ」
「はっ! お任せください。おいっ奴らを呼べ!」
兵士に連れられやってきたのは黒装束に身を包んだ五人の者達だった。手には其々長い杖を持ち、どことなく魔神ドゥルバザを思い起こさせるような雰囲気だった。
「奴らが獣王の封印を解いたのか……おそらくは呪術師だな」
リリアイラの声が頭の中で聞こえた。やがてその五人は横一列に並ぶと呪文を口にしながら印を結び始めた。するとどうだろう。砂海の中からヴリトラナが現れ、その背中に術式が光りながら現れた。
「あれで操るつもりか?」
おれの問い掛けにリリアイラは答えなかった。やがて次の瞬間、ヴリトラナの動きが止まった。頭上のガルル達は警戒するかのように空高く舞い上がった。
するとくるりとこちらへ向きを変えたヴリトラナが大顎を広げながら突進してきた。そして崖の上で待機していた戦象と兵士達を次々に屠り始めていった。




