第49話 砂の王国
光の王国ベルシナール。東の大陸を統治する王国の名だ。光の王国というと聞こえはいいが、その実、この国のほとんどが砂漠地帯である。南の大陸とは対極的に、この大陸では雨が滅多に降らない。飛び島の半分が「砂時計」と呼ばれているように、ベルシナール王国も陰では「砂の王国」と揶揄されている。
おれ達が船を降りると奇妙な一団が待ち構えていた。朱色の鎧を身に纏った兵士達。彼らが引き連れているのは赤い肌の戦象。おそらくあれがベルシナール王国が誇る象兵部隊だろう。その奥には天蓋付きの絢爛豪華な馬車があり、赤いレースの垂れ幕が風に揺れている。
一方その横には藍染の戦闘服を着た騎馬隊の面々。彼らが跨る馬もまた綺麗な青毛の軍馬である。こちらも重厚な馬車を中心に置き、見事な隊列を組んでいる。
そしてかなりの間隔を空けてぽつんと立っている二人の人物。そのうちの一人はおそらく王族であろう。小さな王冠をかぶり後ろ手に手を組みながらニコニコと笑っている。その横では丸く太った男が大汗を搔きながらやたらと恐縮していた。
「随分手厚い歓迎ね」
クプクプを左肩に乗せ、扇子で顔を扇ぎながらアピが不機嫌そうに言った。なぜか火魔術師は暑い所が苦手な者が多い。おれも額の汗を拭いながらアピに答えた。
「たぶんこうなると予想はしてたがな。ここまであからさまとは思わなかったが」
東の大陸に来る前に、おれはひとつ気がかりな事があった。それはベルシナール王国の覇権争いだ。現在、ベルシナールの国王は病に伏せており、実質的な政務は女王が執り行っている。国王には一女二男の子供がおり、いわゆる後継者問題が勃発しているのだ。
邪神の討伐は言わずもがな国の最重要課題。それを担うであろう冒険者パーティーが来るともなれば、自らの勢力下に引き入れようとするのは必然の事である。手厚いもてなしは大歓迎だが、内輪揉めのゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だ。
唐突にどこからともなく楽器の音色が聴こえ始めた。式典さながらの小楽曲を、赤と青それぞれの楽団が競うように演奏している。全く違う曲なのだろう。これではまるで不協和音だ。
「はぁ、音楽まで暑苦しいわね。魔法で遮断してよドゥーカ兄」
「一応挨拶はしないとまずいだろう。ほら、王女と王子のお出ましだ」
短い曲が終わり兵士達が跪く。堂々たる歩みでまずおれ達の前にやって来たのは、深紅のドレスを纏い、長く赤い髪と銀色の瞳をした王女だった。小麦色の肌をした彼女は両手を広げながら快活に笑った。
「我がベルシナール王国へようこそ! マジャラ・クジャハよ! 私は第一王女のメラーだ。長い船旅疲れたであろう。早速我が宮殿へと案内しよう」
王女はそう言いながらおれの手を強引に引っ張り始めた。あまりの勢いにおれは呆気に取られる。
「勝手に連れていかれては困りますぞ姉上」
王女の行く手を遮るように立ち塞がったのは、青を基調とした礼服を着て、青い髪、銀色の瞳の王子であった。
「お初にお目にかかる。私はベルシナール王国第一王子ビルー。おお! これはこれは! そこにおわすはシュラセーナの赤の姫、アピ殿ではありませんか! 私の青の宮殿には冷室を用意してます。ささ、参りましょう」
「あらそうなの? じゃあ――」
アピがあっさりと陥落し、ビルー王子について行こうとする。おれは慌ててそれを引き止めた。するとすかさず王女と王子は、おれ達を余所に言い争いを始めた。それに触発されたのか、後ろに控える象兵部隊と騎馬隊もなにやら張り詰めた雰囲気になっていく。
そんなものはどこ吹く風。残るもう一人の王子は飄々とした顔でおれ達の方へとすたすた歩いてきた。こちらは少し髪が緑色なだけで、着ている服も至って普通。特に色へのこだわりはない様子で、強いて上げれば王冠の真ん中に大きなエメラルドが収まっているくらいだ。
「みなさんはじめまして。私は第二王子のヒジャウです。姉と兄が騒がしくて申し訳ない。ここからだと王の宮殿が一番近い。今日はそちらで体を休めてください」
「あなたは僕達を誘わなくてもいいでんですか?」
これまでのやり取りを見て何かを察したのだろう。ラウタンが素朴な疑問をヒジャウ王子にぶつけた。王子はにこやかに笑いながらラウタンの頭を撫でた。
「僕の宮殿は質素なものでね。お客様をお招きするようなとこじゃないんだ。でもそこのかわいらしいトケッタなら気に入ってもらえるかな。うちはオアシスに一番近いから」
ヒジャウ王子はそう言って、今度はラウタンの後ろに控えていたパンバルの頭を撫で始めた。パンバルも気持ちよさそうに目を細めている。
いずれにせよこの三人の内、誰の世話になっても角が立つだろう。ここはヒジャウ王子の進言に従って王の宮殿に行こうとおれは決めた。未だ口論の真っ最中である王女と王子にそれを告げようとした時、横に立っていたリリアイラが突然声を掛けてきた。
「おいドゥーカ。あいつのとこに世話になるぞ」
そう言ってリリアイラが指を差したのは、パンバルと戯れるヒジャウ王子だった。




