第44話 妖精の贈り物
呆然と立ち尽くしていたチュランの顔は次第に青褪め、口をあわあわとさせている。そしてドゥーカ達の予想通り、首からぶらさげた鳥籠には小さな妖精が閉じ込められていた。羽をしゅんと閉じながらうずくまり、自らの両肩を抱えぷるぷると震えている。
それを目にした瞬間、アピがチュランを睨みつけながら詰め寄った。鳥籠を繋いでいた鎖に手を掛けると、一瞬でそれを溶かし引き千切った。
「ぅあっ熱っちぃぃ!!」
首元を焼かれチュランは激しくのた打ち回った。アピが放った魔法の残り火が消えずに燃え続けている。見かねたラウタンがその炎を水魔法で消そうと動いた時、アピが声を上げた。
「ダメよラウタン! こいつにはちょっとお灸を添えなくちゃ」
そう言い放つと、彼女は転げまわるチュランを見下ろした。
「た、助けてくれっ! おれが悪かった! 頼む! この火を消してくれ!」
「それは狐火といってなかなか消えないから。お得意の治癒魔法で火傷くらい治せるでしょ?」
女を怒らせると斯くも恐ろしいものなのか、とドゥーカの背筋が自然にぴんと張る。ラウタンもその光景から目を反らすかのようにパンバルをしきりに撫でていた。
「はっ! 女は怒ると躊躇がねぇな。怖ぇ怖ぇ」
リリアイラの呟きにドゥーカは何度も頷くしかなかった。一方、当の本人はというと鳥籠を地面に下ろし、掛けられていた小さな南京錠を慎重に焼き切っていた。そしてそっと鳥籠の扉を開けると、震えている妖精に対し優しく微笑みかけた。
「もう大丈夫。そこから出てこれる?」
戸惑いながらも妖精はそろりと鳥籠から抜け出した。そしてゆっくり背中の羽を広げるとパタパタと羽ばたき、アピの方へと飛んで行く。宙を舞う妖精の羽からは、光り輝く金色の粉がキラキラと零れ落ちていた。
まるでお伽話の世界に迷い込んだ少女のように、両手を広げるアピの瞳もキラキラと輝いていた。小さい頃に絵本で見ていた妖精が、今まさに目の前を飛んでいる。
昔はよくリリンと二人で妖精ごっこなる遊びを彼女はしていた。もちろん羽などなくともアピは魔法で空を飛ぶことができた。だがそこは夢見る少女達である。父親のお気に入りのマントをこっそり拝借し、それを羽に見立てて草原を飛び回った。
当然のごとく耐火仕様ではない父の豪華なマントは火魔法の餌食となり、飛んでる最中、ずっと火の粉をまき散らしていた。奇しくもそれは本物の妖精が飛ぶ姿と酷似する事にはなっていたのだが。丸焦げになったマントを見てうなだれる父をドゥパがニコニコと慰めていたのをアピは今でも時々思い出す。
それほど妖精に対する想いが人一倍強いアピである。昨夜、リリアイラの言葉に誰よりも早く反応した。
「もしかしたらあいつの治癒魔法は妖精の力かもしれねぇ」
「それどういう事っ!」
テーブルに並んだデザートの皿がガチャンと音を立てた。アピは手にしていた蜂蜜たっぷりのパンケーキを、それを刺していたフォークごと放り投げた。慌てたドゥーカは思わず空間魔法でそのパンケーキを消し去った。その剣幕に一瞬驚いたリリアイラだったが、自らの推測をアピ達へと伝えた。
「あのチュランとかいう男の魔力はどう見ても大した事ねぇ。属性もたぶん氷とかだな」
アピの横に立っていたラダカンも静かにそれに頷いていた。そしてドゥーカも同じように頷きながら手袋をした左手をテーブルの上に載せた。
「あいつが魔法を使った時、この手袋が僅かに光ったんだ。おそらく治癒魔法に反応したんだろう」
西の大陸の果てウジュンバラで手に入れた、妖精の繭の糸から作られた手袋。『妖精の灯』と呼ばれるその光には治癒の力があった。確かにチュランが使った治癒魔法の光はそれによく似ていた。もう片方の手袋をしているラウタンもドゥーカと同じように感じたという。
「大方、あの服の中に妖精を隠してるんだろうよ。普通妖精は人間には協力しねえから何かで釣っているか、あるいは脅して――」
「あんの野郎ぉ! 今すぐ炭、いや灰にしてくる!」
リリアイラの言葉を遮ってアピが今にも飛び出さんとした。ドゥーカとラダカンが必死に説得しどうにか事なきを得て今日に至った。
久し振りに飛んだからであろうか、ぎこちなく羽ばたく妖精はアピに届く前にふっと力尽きたように落ち始めた。慌ててアピは地面に腹ばいになり、両手でその小さな体を受け止めた。
「妖精さん! 死んじゃダメっ!」
アピの手の平の上で、妖精は消え入るようなか細い声で何かを呟いた。アピはそっと顔を近づけ耳を傾けた。
「お腹がすいてて……力が入りません……」
その言葉で全てを察したアピは射殺さんばかりの目でチュランを睨みつけた。未だに纏わりついた炎がくすぶり続けていたチュランだったが、その殺気を受け一瞬で体中に寒気が走った。
「ひぃいいいい!」
いっそ魔物に食い殺された方がよかったんじゃないかと、この時チュランは自らの行いを悔やんだ。
「何か食べ物を! って妖精は何を食べるの!?」
焦るアピの横でリリアイラがしばらく考えだ後に口を開いた。
「人間と同じようなもんを食べるんだったかな。確か……蜂蜜が大好物って聞いた事があるな」
それを聞いたドゥーカが何かをはっと思い出した。すぐにアピの方へと近づき、何もない空間からある物を取り出した。
「アピ。これを食べさせてみろ」
ドゥーカが手にしていた物は、昨日アピが放り投げた蜂蜜がたっぷりついた一切れのパンケーキだった。「あっ」と一瞬恥ずかしそうにしたアピだったが、受け取ったパンケーキをゆっくりと妖精の口元へと近づけた。
すると妖精はぱぁっと顔を綻ばせ貪るようにかぶりつくとペロリとそれを平らげた。
「い、意外と食べるのね、妖精さんって……」
その後、ようやく怒りが収まったアピがチュランに纏わりついていた狐火を消した。体半分に大火傷を負ったチュランを不憫に思ったのか、ラウタンが水を掛けながらこっそり『妖精の灯』の治癒の力を混ぜていた。しかし所詮それも付け焼刃にしか過ぎなかったが。
ダンジョンの主であるスパルナもいつの間にかリリアイラが倒しており、辺りはすっかり静まり返っていた。
「本当にちょっと魔が差しただけだったんです……許してください……」
これまでのあらましをチュランは全て正直に話した。時折、アピが狐火をちらつかせながらその怒りを露にしていた。だがこれ以上の罰を与える気もなく、腕の中ですやすや眠る妖精を見つめる彼女の目は、まるで聖女にでもなったかのようだった。
地上へ戻るとドゥーカ達はチュランを冒険者ギルドへと連れていきその詳細を話し伝えた。時として冒険者の騙し合いはよくあることだ。今回も特に罪に問われる事はないだろが、今後チュランが再び冒険者として活動する事は二度とないだろう。
ドゥーカ達が宿屋へ戻る頃には、妖精はすっかり元気を取り戻していた。夕食のテーブルに並んだ料理の数々を目にし、羽をパタパタさせ飛び上がって喜んでいた。アピは自分の食事も忘れ、幸せそうに食べる妖精の姿を微笑みながら見つめていた。
「そういえば、妖精さんはお名前はあるの? 私はアピよ」
口いっぱいに頬張ったお肉をごくりと飲み込み妖精は答えた。
「私はクプクプです。助けてくださってありがとうございますアピさん。是非ともなにかお礼をさせてください」
ぺこりと頭を下げるクプクプを優しく撫でながらアピはにこっと笑った。
「お礼なんていいのよ。それと私の事はアピって呼んで。クプちゃん」
クプクプは再び嬉しそうに羽をパタパタとさせアピの顔の前まで飛び上がった。そして着ている小さな服のポッケからなにやら取り出すとアピへと差し出した。それは麦の種ほどの小さな物だったがキラキラと光り輝いていた。
「ほぉ! それは『妖精の涙』じゃねえか。珍しいな」
リリアイラが珍しく感嘆の声をあげた。聞けば『妖精の涙』は、妖精が流す涙が稀に結晶と化し宝石になったものだという。
「それには蘇生の力が宿るとか聞いた事がある。相当な値が付くぞ」
リリアイラの余計な一言にアピがぷいっとそっぽを向いた。
「そんな下世話な話は要らないわ。ありがとうクプちゃん。私の宝物にするからね」
受け取った宝石を大事に指先に載せ、アピは今日一番の笑顔をクプクプに向けた。




