10話 シュラセーナ王城
アピとリリンを両手に抱きかかえ、おれはフジャンデラス家の門をくぐった。
ロンガ内の建物は全て洞窟の岩肌を掘削して作られている。
住居はもちろん、商店街に立ち並ぶお店などは其々《それぞれ》、なかなかに凝った彫刻が施されている。中でもフジャンデラス家の屋敷はちょとしたお城のような立派な佇まいだ。
おれが屋敷の前で二人を下ろすと、リリンがアピの手を引き中へと入っていった。
「ねさまがただいま帰りましたよー!」
「おおっアピ! よくぞ帰ってきた!」
「まぁまぁアピちゃん! 綺麗になってぇ!」
西ロンガの領主、フジャンデラス夫妻がアピの到着を今か今かと待ち構えていた。両親二人から熱烈な歓迎を受けるアピ。恥ずかしそうにしているが顔は緩んでいた。
「ちょっと父様! 母様! 痛いから! いい加減放して! ドゥーカ兄も笑ってないでなんとかしてよ」
感動の親子の再会を誰が邪魔できようか。おれは暫く四人の熱い抱擁を黙って見ていた。ようやく満足したのか、フジャンデラス夫妻が居住まいを正しこちらに向直った。
「ぅおっほん! これはこれはドゥーカ殿、娘が世話になってるね」
「ラハール殿、ドゥパ様、ご無沙汰しております」
「あらまぁ、ドゥーカ様も立派になられてぇ」
おれは二人に対し軽く頭を下げ礼を執る。ラハール領主はセナンが一緒にいない事をなにも言ってこない。おそらくある程度、おれ達の事は伝わっているのだろう。
「積もる話しは食事をしながらにしよう。可愛い娘の冒険譚をたっぷり聞かせてくれ」
そして夕食はたいへん賑やかなものとなった。アピの話しをリリンが「きゃっ」とか「わぁ」と食事そっちのけで聞いていた。フジャンデラス夫妻も熱心に聞き入り仕舞いには二人とも涙を流していた。本当にアピはいい家族を持ったもんだ。
楽しい夕食をご馳走になった後、おれはラハール領主に執務室へと呼ばれた。
「セナンの一件は大変だったな」
開口一番、彼はそう言った。そしてこの時初めておれはマイジャナ王国での惨劇の話を聞いた。
「そんな事が……リリアイラは知っていたのか?」
「まあな。だがやったのはヴァダイだ。セナンじゃねぇ」
「……セナンはどうなったんだ?」
おれがリリアイラに向けた問い掛けに領主が答えた。もちろん彼はリリアイラがおれの隣にいる事は知っている。
「彼女は幽閉されることが決まったそうだ。なんでもガヌシャバ討伐の際、精神攻撃された後遺症で今回の事件を起こした、と判断されたようだ。一応は国を救った英雄だ。処刑される事はないだろう」
おれは言葉を失い、只々空を見つめていた。少し間を置いて再び領主が話し始める。
「それと、君とアピは討伐の際に転移魔法で消えてしまった事になってるんだが……理由を聞かせてもらえるかな?」
おれは包み隠さずこれまでの事を全てを話した。領主は葉巻に魔法で火を点け暫し考え込んだ。煙を口から鼻へと巡らせるとふーっと息を吐いた。
「それは辛い事だったな。だが君と彼女の問題だ。私から言う事は何もない。君とアピの捜索依頼も我が国にはきていないし問題ないだろう。それで――これからどうするんだドゥーカ殿?」
「南の大陸のダンジョンを攻略するつもりです。女王との契約もあるので」
彼は二度三度ゆっくりと頷いた。葉巻を灰皿へと押し付け、顎に手を当ておれをじっと見据えた。
「アピと二人で邪神を倒すつもりか? 明らかに戦力が足りんぞ」
まさに彼の言う通りだ。セナンを失い、実質パーティは解散状態。
例え地の底に転移魔法で飛んだとしても、ここの邪神はおれとは相性が悪すぎる。
「ラハールに伝えろ。この大陸に精霊の護りを宿してる者がもう一人いる」
突然リリアイラが発した言葉に、おれはハッとして横を見た。リリアイラはおれの隣で腕組みしながら顎でくいくいとラハール領主を差していた。
「この大陸にもう一人、精霊の護りを宿している者がいるそうです」
「なんとっ!? そんな報告聞いた事もないぞ!」
ガチャンとテーブルを鳴らし領主が勢いよく立ち上がった。その様子をニヤニヤと見つめながらリリアイラが言った。
「当然だ。そいつは辺境の地にいるからな。あいつらはいろいろ隠すのが上手い」
おれがその事を伝えると彼はドスンと椅子に座り水を一口飲んだ。そして呟くように言葉を発した。
「バンジールの民か……」
バンジールの民とはこの大陸に古くからいる先住民の事だ。大陸の最南端にある大湿地帯に住んでおり独自の生活を送っている。シュラセーナ王国による統治を未だに拒んでおり、これまで何度も王国とは小競り合いを繰り返している。
「その者をパーティに加えるのか?」
「ああ。明日、女王に伝える」
領主の問いにリリアイラが答える。おれはそれを繰り返した。
「明日、女王にこの事は伝えます」
「だがやつらは邪神を信仰しているぞ?」
「平気だろ。問題ねぇよ」
あっさり返すリリアイラに少し呆れて溜息を吐く。
「問題ないと、リリアイラは言ってます」
それを聞いて今度は領主が大きな溜息を吐いた。
翌日、おれとアピはラハール領主に連れられ王城へと向かった。
地上ではトケッタという大型のイモリに馬車のような舟を引かせ移動する。
この舟はカパルと呼ばれ、フジャンデラス家のカパルはそれはそれは豪華な造りで乗り心地も悪くない。五頭のトケッタにカパルを引かせ一路王城を目指す。
「いやー風が気持ちいいな」
おれは窓を開け顔を外に出していた。ちょうど小雨程度の雨しか降っておらず細かい雨粒が顔に当たって気持ちがいい。
カパルを引くトケッタ達は、緑の絨毯の上を滑るように走っていた。
遠くまで広がる緑豊かな湿地帯を見ているとなぜか心が安らぐ。僅かばかりに差す太陽の光が薄っすらと虹を作っていた。
「ちょっとドゥーカ兄! 服が濡れちゃう! 窓閉めて!」
「ええーもうちょっといいだろ?」
「ったく。子供じゃないんだからちゃんと座っててよ」
ぷりぷりと怒るアピを余所に、おれは暫くの間この美しい景色を堪能した。
アピはぶつぶつ文句を言いながら魔法で服を乾かしていた。
湿地帯を抜けると大きな河が目の前に現れる。大陸を二分するかのように南北に伸びる大河ウラー。その河で生まれた二つの巨大な滝が複雑な台地を創り出し、その台地の上にシュラセーナ王城はそびえ立っている。城を囲むように流れる膨大な水はまるで人の侵入を拒んでいるかのようだ。
「相変わらず凄いとこに建ってるな、この城」
王城の門へと到着し城を遠くに見上げながらおれは呟いた。門とはいえ王城まではまだかなりの距離がある。門のすぐ先は切り立った崖になっており、真下を見れば激流の河が渦を巻いている。
この門から城の入り口まで渡るには、王国専用のゴンドラに乗って行かなければならない決まりだ。
「だーかーらー、ドゥーカ兄の魔法使えばちゃちゃっと行けるのよ」
人は待たせても、自分が待つのは嫌いなアピが不満を洩らす。リリアイラがいつものようにそれに反論する。
「何度も言ってるだろ? ドゥーカじゃないやつが転移魔法で飛ぶと命を削っちまう。緊急時以外はダメだ」
「えー! この前使った時どうもなかったよー」
「あのなぁ、具合が悪くなるとかじゃねえんだよ。そもそもこの前も船に間に合わないんだったら使わなきゃよかったんだ。おいラダカン! こいつ宿主としての自覚が足りてねぇぞ!」
言い争う二人を見て、またラダカンはおろおろしているのだろう。
「じゃあ私だけ先に飛んで行こうかなー」
アピの言葉に今度はラハール領主が慌てだした。
「アピや、何度も教えただろう? それは不敬罪になるからダメだって。これでも父様は領主なんだから……」
アピはぷくーっと頬を膨らませていた。そんなやりとりをしていると橋架番と呼ばれる王城の専従魔術師が恭しくやって来た。
水魔術師である彼らが門から城までを繋ぐ水の橋を作る。
「水蛇の道」
二人の橋架番が同時に呪文を唱える。
雨が降り頻る中、水の道が水飛沫を上げながら城の方まで伸びていく。
専用の屋根付きゴンドラへと乗り込むと、まるで空を飛んでいるかのように宙に浮かぶ道を進んで行く。そしてあっという間に城の入り口へと辿り着いた。
ゴンドラを降り、城の中へと入るとそのまま女王の間へと通された。
部屋の中央には青い水晶で作られた玉座が置かれ、そこにはすでに女王が座って待っていた。
シュラセーナ王国第十二代女王、ジェリミス・パーダマイアン。
その美しさは水の女神と謳われ、宝石のような空色の瞳に艶やかな青い髪。ミルクのような白い肌が、彼女の豊満な胸の谷間をより一層魅惑的に見せている。
女王はおれに目を向けるとゆっくりと微笑んだ。
そして玉座から勢いよく立ち上がったと思った瞬間、彼女は走っておれに飛びついてきた。
「ドゥーカ! ようやく私と結婚する気になったのだな!」
やれやれと、リリアイラが呟く声がおれの耳元で聞こえてきた。




