第64話:朱妃、ケバブを施す。
「ケバブを作ろうとしたけど、宮に串がないのよね」
「あるけれど足りないと言うところですね」
朱妃の呟きに羅羅が数本の鉄串を手にして答える。
朱妃はケバブといえば焼き台の上で鉄串に刺した肉を沢山並べてくるくると回すものだろうと考えていたし、それは正しい。
だが朱妃が永福宮に入る前に、ここの備品は宦官や女官らによって持ち去られていた。おそらくは串などもそうなのであろう。
「あの……ちょっとこれ見てもらえますか?」
雨雨が朱妃らに呼びかける。
何だと向かった先にあったのは朱妃の腕より長く、指くらいの太さがある巨大な鉄串のついた台座だった。
「まあ! こんな立派なものが残っていたのね」
「持ち出せなかったんじゃないでしょうかね」
なるほど、確かに今も雨雨は自分一人では持ち上げられず、朱妃らを呼びつける形になったのであった。
「これは何用のものなのかしら?」
「丸焼きにするための台ですね。この大きさだと豚でしょうか」
ふむ、と朱妃は納得する。
ロプノールでも領主や集落の長が羊を丸焼きにして、その肉を平民に振る舞うというのは、新年の祝いの定番であった。
鳥であれば香草を腹に詰めて丸焼きにする料理も良くある。
豚用というこれも普段使いするようなものではないだろうが、瓏でも丸焼きにして振る舞うような宴はあるのだろう。
「でも、さすがにこの大きさだとケバブには使えないかしらねえ」
「いえ、これでいきましょう」
羅羅は自身ありげにそう言った。
ケバブはローストした肉であるが、焼く前に何種類もの香辛料をまぶしたり漬けたりするのが特徴だ。しかし、一つ一つの肉の切り身にそうすると、香辛料の使用量が増え、どうしても作るのにお金がかかる。
そこで平民の間では、ある程度香辛料をつけた薄切りの肉を巨大な鉄串に巻き付けて焼き、それを削り取ってつくられたケバブというものが比較的安価で好まれるという。
というわけでそれを行ってみることになった。
門番たちを呼び、焼き台を門前に移動させて貰い、下味をつけた肉を巻きつけて下から炙る。
「はは、祭りの屋台のようですな」
「それにしても旨そうな匂いです」
門番らは口々にいう。
そう、香辛料をつけた肉を焼くので旨そうな匂いが立ち込めるのだ。
朱妃は門の先にある、道と道の間にある扉を僅かに開けさせ、団扇を仰がせて匂いがそちらに流れるようにした。
「なんという悪辣な罠か」
「これはたまらんでしょう」
そう言って笑う。
「まずは本宮ら皆でいただきましょうか」
朱妃がそう言えば彼らは喜んだ。
小麦粉を溶かした生地を丸く、薄く焼いた皮で、葉物野菜と削ぎ落とした肉を包み、手掴みで食べる。礼儀作法の欠片も無いような食事であるが、実際に美味しいのである。
「こいつは旨い」
「ああ、独特な香りですが旨いです、朱妃様」
と好評であった。
「朱妃様、いかがでしょうか?」
羅羅の問いに、朱妃はぺろりと指を舐めながら答える。
「十分以上に美味しいわ。完璧というものではないけど、王の食卓に出すためのものではないのだもの」
一つ一つの肉片に適量の香辛料を使うのではなく、肉を纏めて焼いているのだ。どうしても味にムラができるし、肉の臭みも僅かに残っている。
だがそれも野趣の範囲に収まっている。素朴な良さがあり、あまり高級な料理を食べ慣れていない朱妃は、むしろこちらの方に親しみがあった。
朱妃は焼き台の前でくるくると小さな鉄串を回す。先ほど羅羅が持ってきたもののうちの一本だ。
そこには香辛料をぐっと控えた肉片が刺さっていて、朱妃はそれをこんがりと狐色に焼き上げると、包丁で細かく刻んで皿に載せた。
「きー」
「はい、召し上がれ」
朱妃の肩の上、その様子を琥珀の瞳でじっと見つめていたダーダーが飛びかかる。
「美味しい?」
「き」
ダーダーの返事が短い。
彼は肉をがつがつと食べている。言葉以上に雄弁な態度であった。
その時である。扉の向こうから少年の顔が覗くのが見えた。
「こんにちは」
朱妃は笑みを浮かべてそう呼びかける。
「天女様……?」
違うけど。彼が呟くのを聞き、思わずそう言いかけるがそれをおさえてこちらへと招く。
彼がおずおずと近づいて来るのを見て、朱妃は緊張を覚えた。
––痩せている。
薄汚れ、痩せ細った少年である。
餓死しそうとまでは言わないが、満足に食べられていないことは見るからに明らかであった。
少年の黒い瞳が肉に釘付けになるのを見て、朱妃は肉の話などをしながら施しが成功するだろうと確信を抱いた。
そう、まずこれは彼らのような宦官を救うための施しなのだと。
食事を終えた少年、名前を尋ねれば丁と名乗った彼に、朱妃は色々と尋ねてみることとした。
ξ˚⊿˚)ξ本日、活動報告での告知UPのため投稿時間が遅れました。
活動報告を見ていただけると幸いです(朱妃とは別の執筆の話ですが)。





