表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】朱太后秘録〜お前を愛することはないと皇帝に宣言された妃が溺愛されるまで【コミカライズ】  作者: ただのぎょー
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/72

閑話5:少年、天上の食物に出会う。

 中原において宦官の歴史は長い。

 宦官とは本来は宮刑きゅうけい、性器を切除する刑罰を受けた者のことであった。だがそれが重用されるようになると、自宮じきゅう、即ち自らの意思で去勢して仕える者が現れたのである。

 ロウ帝国は開祖たる天武テンウー帝は宦官が政治を、世を乱すと嫌い重用するなと命じたが、結局のところそれは守られることはなかった。

 例えば先々代皇帝である天硪テンガ帝の御代には後宮の女たちの数が数倍に増えた。

 男子禁制である後宮である。彼女らを後宮で生かすにはそれに数倍する宦官が必要となるのであった。

 次の天海テンハイ帝の在位中が歴代でも最も宦官が多く、紫微城しびじょうの宦官十万と言われていたほどである。

 また、最上位の宦官ともなれば貢物と賄賂による金銀財宝に囲まれ、我が世の春を謳歌すると言われる。

 しかし最下級の宦官はこの美しき後宮の中にあって、飢えや凍えで死ぬほどに困窮した生活を送るのである。

 そう、例えばこの少年のように。


「うぅぅ……」


 少年の口から呻き声が漏れる。

 彼、ティンなる名の宦官は死にかけていた。歳は十二、だが食事を満足にとれていないが故に、その四肢は枝のように細く、体格は小柄で十になるかならぬかという幼さに見える。

 意識は朦朧としているが、その腕はもはや意識がなくとも漫然と左右に動く。手にした箒で塵や枯葉を掃いているのだ。

 彼は後宮の道を掃除する役目の最下級の宦官である。

 後宮の西側、妃や嬪の宮が集中している場所を掃いている最中であった。


 ––きゅるるるる。


 彼の腹が鳴る。

 丁は驚いた。眠りから目が覚めたような感覚すら受ける。彼の身体は空腹に慣れきっているし、一日の食事は一食。それすらも満足に食べさせてもらえないことがあるのだ。もはやこんな午後の陽が西に傾き始めた頃に、腹が鳴るようなことはない。

 丁の鼻が動いた。


「……匂いが」


 彼の身体を、意識を覚まさせたのは匂いによるものであった。調味料の匂いに肉が焼ける香ばしさ。

 だがそれもただの匂いではない。感じたことのないほどに旨そうな匂いであった。暴力的とすらいえる。なぜなら彼は先輩や上役の宦官にその横面を張られても、こうも目を覚ますことはないのだから。

 妃嬪らの厨房は宮の内側だ。こんな匂いを放つことはない。宦官らの食事ための大厨房もあるが、そもそも丁が歩いているのはその側ではないし、あれだってこんな食欲をそそる匂いをさせることはない。


「どこ……」


 丁の脚が夢遊病のようにふらふらと動く。匂いのもとへと向かって。

 今、丁が掃除していたのは南北の道だ。妃の宮の側面を通る道である。

 東西の道、宮の玄関に向かうための門の一つがきちんと閉められておらず、僅かに開いていた。そして匂いはそこから流れ出していた。匂いとは不可視のものである。だが、彼の目にはそれがくっきりと見えるかのようであった。

 丁が扉に手をかけ、通路を覗く。


「こんにちは」


 優しい女性の声がかけられた。門の先には美しい女性がいた。紅葉のような赤い髪、新緑の芽のような瞳、百日紅の幹のような褐色で滑らかな肌。見たことのない色の女性であった。


「天女様……?」


 思わずそう呟く。もちろん妃嬪の一人なのであろう。本来は跪拝せねばならぬところだ。しかし、呆然とする彼を彼女は咎めることはなかった。


「こちらへいらっしゃい」


 そう招かれ、彼の目はすぐに彼女の背後に釘付けとなった。

 そこには巨大な肉塊があった。自分の胴回りよりも太く立派な筒状の肉。通路を塞ぐように設置された焼き台の上、それが鉄串に刺さってくるくると回転しているのだ。


「ふふ、一つの肉ではなくてね。肉を何枚も巻き付けてあるのよ」


 女性の声が耳を通り抜けていく。

 作業をしているのは大人の宦官らであるが、腰に棒を差している。警備の宦官ではないのか。彼らは恐るべきことに外に向けて大きな団扇で肉をあおいでいた。火に風を送っているといえばそうなのだろう。だが、あれは明らかに匂いを外へと送るための動きでもあった。

 また別の台の上では二人の女官が野菜を切り、汁を鉄板に垂らして焼いている。


「お腹、空いていますか?」


 丁は猛然と頷いた。

 すると肉の横に立つ男が刀削麺とうしょうめんでも作るかのように包丁で肉を削り取り始める。

 そして女官が焼いていた大きい春巻きの皮のようなものに刻んでいた葉物野菜と一緒に肉を載せてくるりと巻いた。

 素焼きの器に注がれた水とともにその食物が手渡される。

 丁は感謝の言葉を告げることすらできずにその食べ物にかぶり付いた。


 ––なんだこれ!


 薄く焼かれた皮は柔らかくもちりとしていて、それを噛みしめた先から溢れる肉の香ばしさといったら、たとえる言葉も浮かばなかった。

 まさに天上の食物としか思えない。ゆっくり食べようと思っても、口が噛むのを止められない。

 丁の前で天女はふふ、と笑みを浮かべた。


「額に野菜がついていてよ」

ξ˚⊿˚)ξケバブ回。


ドネルケバブは歴史的にまだないよ。

なので縦ではなく横にして回していると思いねえ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


『朱太后秘録①』


9月1日発売


画像クリックで特設ページへ飛びます

i769595
― 新着の感想 ―
[一言] 堕ちたな(確信)。
[良い点] 空きっ腹でケバブ食べたら美味しいだろうなあ……(濃いものは弱った内臓によくない云々は置いといて [一言] 先生、ケバブが食べたいです……
[一言] そう、天上の食べ物のように思えるでしょう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ