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第6話:シュヘラ姫、朱妃になる。

 後宮内での地位が高ければ良いというものではない。

 分相応ぶんそうおうというものがあるのだ。


 シュヘラはなんなら嬪よりも下級の妃嬪でも良いと思っていたのだ。それは彼女がロプノール王国で疎まれた姫であったために社交などの経験が少ないこともあるし、自国から連れてくることのできた侍女がロウラだけであるということもそうだ。


 ––それが……それが序列二位の妃ですって⁉︎


 シュヘラはロウ帝国の後宮に入ると決まってから、彼の地の言葉や後宮というものについて学んでいる。

 歴代の王たちがどれだけ色を好むかや、その時々の国家の力によって後宮の花の人数は大きく異なるようではある。

 武甲ウージァ帝の先々代の皇帝にあたる天硪テンガ帝が色を好んだようで、後宮が大いに拡大したと、そして先帝、天海テンハイ帝はそれを維持していたと。

 だが武甲帝は即位してすぐに後宮の人員を整理するよう命じたと聞いている。妃嬪の数に制限をかけたのだ。


 瓏帝国では陰陽を示す二とその乗数が縁起の良い数とされている。それに従い、


貴妃:二名

妃:四名

嬪:八名

貴人:一六名

常在:三二名

答応:六四名

官女子:一二八名


を定員としたと。


 ––それでも、正妻である皇后と妾である妃嬪を足して二五五人ってどうなのよ。


 シュヘラはそう思わない訳ではない。もちろん、後宮という巨大組織を解体することはできるものではないし、これまでの人数は千を優に超えていたというのだから、これでも武甲帝が改革の大鉈おおなたを振るったというのは理解しているが。


 問題は、シュヘラをその最上位に近いところに据えようということである。

 しかも他の従属国の姫より上に置くとなれば、それはいらぬ軋轢あつれきを生むのは火を見るより明らかであった。


「それは、分不相応です。御再考を!」


 しかし氏はにべもなかった。


いな。これは勅令ちょくれいである」


 シュヘラはがくりと項垂うなだれた。

 勅令、即ち皇帝からの命令であるという。何故だ。何故かは分からないが、決してくつがえせないものであるということは分かった。


「お座りなさい。そして落ち着かれますよう」


 癸氏にも同情することがあるのか、優しげな声をかけた。 

 話に興奮して立ち上がるのは確かに姫として相応しい所作ではなかった。シュヘラは深く息を吐いて気分をしずめると、ゆっくりと座って、ロウラの淹れた茶をきっする。


 チャイである。

 西方国家群や遊牧民などの間では、発酵した茶にミルクを入れる習慣が普及している。

 煮出した茶葉に大量の砂糖と乳、それと生姜や肉桂シナモンなどの香辛料を入れるのものだが、船上故に生乳が手に入らなかったとのことで、ロウラは蘇油バターを入れた蘇油茶にしていた。

 小さな杯にはシュヘラの肌の色にも似た色の液体が満たされている。


 シュヘラの口に甘味と香気が広っていく。甘味が強いので、一度に沢山飲むものではない。それ故に小さな器で飲む作法であった。

 癸氏も武人らしき大きな手で杯を掴んで口にした。だが、瓏帝国には茶を甘味として喫する習慣のないためか、彼の口には合わなかったようだ。

 一口喫すると杯を卓に置き、背後に控えていた官に声をかけて、文道具を卓に広げていく。


「後宮入りに際して、貴女の名を決めねばなりません」


 シュヘラは緊張して頷いた。

 名を決める。つまり瓏帝国風の名をつけるということだと理解している。

 西方国家のMcDonald氏が麦当劳メイダンラオ氏とかいう発音にされるアレだ。さらに東方の島だとマクドナルドなどと発音されるらしい。


 ––あんまり変な音にされないといいなぁ……。


「シュヘラ」


「シュヘラ」


 癸氏の発する音と、シュヘラの発する音は似ているようでどこか違う。


「シュ……ヘラ」


 そう言いながら癸氏は紙に筆を滑らせた。

 彼女が見たこともない白くつるつるとした上質な紙に、墨が力強く文字を書きつけていく。


 そこには『朱緋蘭』という文字が書かれていた。


「これでジューフェイランと読みます」


「じゅーふぇいらん」


 ––まあ近いような気はするわね。音も可愛いく聞こえるし。


 瓏の文字は表意文字である。彼女の母国や西方諸国とは異なり、文字の数が非常に多く、その一文字一文字に意味があるということだ。シュヘラも朱の字は知っていた。赤を意味する文字だ。


「こちらはそれぞれどういう意味ですか?」


 癸氏は一文字ずつ指差しながら言った。


「赤く、赤く、美しき花と」


 シュヘラはなんとなく照れ臭くなり、くねくねと身をよじった。

 癸氏は別の紙を取り、再び筆を走らせる。そこに『朱妃しゅひ』と書いた。


「そして名前から一文字を取ったものを妃としての名とする慣わし。よって朱妃、これがシュヘラ姫の後宮での呼び名となります」


 シュヘラは、いや朱妃は頷いた。


 こうしてこの日、ロプノール王国のシュヘラ姫は、瓏帝国の朱妃となった。

 武甲皇帝の妃にして、後の世に朱太后しゅたいごうとして名を残す女がここに生まれたのである。

ξ˚⊿˚)ξシュヘラ姫が朱妃となったこれにて一章終了。


引き続き明日から始まる二章をお楽しみいただければ幸いですわー。


というわけで、まだの人はブクマしてね!

下の★から評価してくれても嬉しくってよ!


ではまた明日の16時に。ξ˚⊿˚)ξノ

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『朱太后秘録①』


9月1日発売


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― 新着の感想 ―
[良い点] おおー! これは素敵! 粋でいいね朱妃!
[良い点] >「赤く、赤く、美しき花と」 うむ。 これはエモい名付け。
[一言] 「ここで妃にさせてください!」 「ふん、シュヘラというのかい。贅沢な名だね。今からお前の名前は朱妃だ。いいかい、朱妃だよ!」
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