表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】朱太后秘録〜お前を愛することはないと皇帝に宣言された妃が溺愛されるまで【コミカライズ】  作者: ただのぎょー
第四章:皇帝との邂逅。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/72

第47話:朱妃、愛さないと宣言される。

 朱妃しゅひが竜床の足元側から枕の方へとにじり寄れば、夜のとばりの中、低く落ち着いた声が響いた。


ちんが、なんじを愛することはない」


 ––⁉︎


 しかし、その内容は朱妃を困惑させるのに充分なものであった。

 横たわっていると伝えられていた武甲ウージァ帝。しかし皇帝陛下は寝台の枕のあたりに座っていた。勿論朱妃は皇帝を目にするのは初めてである。しかし、部屋には朱妃の他に彼一人の姿しかなく、そして彼女が寝台につくなりそう言い放ったのだった。

 朱妃はあわてて寝台の逆端、足の側に両の膝をつく。絹の布団の肌触りはぬめやかで、羽毛は軽くて身体が沈み込んでいってしまいそうなほどに感じた。


 ––起きてるじゃない!


 彼女は寝台の上で平伏する。慌てた動きに柘榴ざくろ色の髪が闇の中で踊った。

 沈黙が閨に落ちる。作法としては皇帝陛下の次の御言葉を待つべきだっただろう。だが静けさに耐えきれず、朱妃は不敬と知りつつも問いかけた。


ロウ帝国の主たる武甲皇帝陛下に言上ごんじょう仕ります。本宮に……ちょうをいただけぬということでございましょうか」


 まだ少し覚束おぼつかない帝国語で尋ねた。


「朱妃……、朱緋蘭ジューフェイランと申すのであったな」


 しかし武甲帝はそれには答えず、彼女の名をゆっくりと口に乗せた。


「はい」


「面を上げよ」


 朱妃は礼法マナー通り伏し目がちにゆっくりと視線を上げていく。長い睫毛まつげの下に翡翠の瞳が覗いた。

 彼女にまず見えてくるのは武甲帝の胸元、衣に金糸で施された龍の刺繍。その装束の色も、五爪の龍の紋様も皇帝陛下にのみ使うことが許されたものだ。

 龍は僅かに灯された明かりに照らされ、闇の中で浮かび上がって彼女をにらみつけているかのようである。

 さらに顔を上げていけば、まだ若く、端正で、しかし威厳のある皇帝の尊顔そんがんが見えてくる。

 闇に溶けるような射干玉ぬばたまの黒髪は、光の塩梅あんばいか、艶やかに輝いていた。


「改めて告げる。朕が爾を愛することはない。故に抱くこともない」


 その言葉通り、真っ直ぐ彼女を見つめる皇帝の視線からは色を感じない。その向かいに座る朱妃が一糸纏わぬ姿であるというのに。

 肌の色は丁子色、瓏帝国人のそれよりも濃い色合いで、遠く離れた地から彼女が渡ってきたことを示している。

 肌には染みひとつない瑞々(みずみず)しさで、胸元の双丘はまろやかな曲線を描いている。

 しかし、朱妃はもはやほとんど恥じらいを感じていなかった。


 ––もぅー……。正直、ちょっといらっとします。


 彼女の頭を占めるのはほとんどが苛立ちと不安である。


「一つ、伺いたき義がございます」


 不敬を承知で翡翠の瞳と黒き瞳を合わせて尋ねる。皇帝は鷹揚おうように頷いた。


「許そう」


 朱妃が後宮にやってから受けてきた仕打ちや、つい先ほど宦官らに裸を確認されて連れてこられた事が思い起こされる。


 ––そして今になって『愛さない、抱かない』って。……もうちょっと何とかならなかったのかしら? ……ですが、これだけは尋ねておかねば。


「それは本宮が生国しょうごく、ロプノールをないがしろにするということでありましょうや?」


 彼女は遥か西方はロプノール王国の姫であったのだ。たとえかの地の王宮で疎まれ、物置が如き部屋で起居ききょしていたような姫であろうとも。

 それでも一国の姫として、母国に瓏帝国の矛が向かうようなことは避けねばならない。それが彼女の務めであり、矜持きょうじでもあった。


「否。過度な厚遇はしない。だが蔑ろにはせぬと皇帝の名に誓おう」


 そこで彼女はそっと安堵あんどの溜息を吐き、そして外気に晒されているが故か、緊張が解けた故か。一度ぶるりと身を震わせたのだった。


 ––やれやれですわ。まあ、これで最低限の仕事は果たしているということなのでしょうかね?


 ちらりと朱妃は上目遣いに武甲帝を見る。

 ひげを生やした美丈夫である。身体が光を遮っているからか口元が暗く陰となっているように見えた。座っているため身長は分からないが、それでも良い体格をしていて、筋肉質の引き締まった肉付きなのは明らかである。


 どことなく、氏と似ているように思う。昼に会った彼と夜に会った皇帝では印象も全く違うが、少なくとも体格は同じくらいではある。

 それとも単に瓏帝国の男性を見る機会がまだ少なすぎるせいで、似ているように思えるだけだろうか?

 朱妃がそのようなことを考えていると武甲帝が口を開く。


「他、何かあるか」


 言いたいことは山ほどある。だが口にするには明らかに不敬なこともあろう。


 はっと気付く。この部屋は宦官らに監視されている。あるいはそれ以外にも秘された護衛や隠密など朱妃には見えず聞こえぬ者らも控えているやもしれぬ。


 癸氏は現在の窮状きゅうじょうを皇帝に伝えよと言っていた。皇帝は味方である、あるいは味方となり得るのかもしれない。だが、宦官らはどうか?

 宦官らから女官や皇后殿下の耳に入ることはないのであろうか?


「これ以上、この場で申せる儀は御座いません」


 皇帝陛下の目が笑みに弧を描くのを感じた。

 すると皇帝はやおら立ち上がると、軽々と彼女の身体を抱きあげて、寝床に押し倒した。


「きゃっ」


 と思わず朱妃の唇から悲鳴が漏れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


『朱太后秘録①』


9月1日発売


画像クリックで特設ページへ飛びます

i769595
― 新着の感想 ―
[一言] おおおお!?!?
[良い点] 癸氏と似ている……ね……。 この皇帝陛下は、本物……ですよね?
[良い点] タイトル前半回収回〜♪ [一言] ……なる程、「愛さない」が「つかう()」、と言うワケでつぬ♡www  もしくは「皇帝としての仕事はする(妃嬪としての仕事はさせる)」。この意味ならば「蔑…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ