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第43話:朱妃、癸氏と会談す。

 朱妃しゅひは告げる。


「頭をお上げください」


 氏が頭を下げる理由は分かる。自らが呼び集めた妃が後宮内で不遇をかこつているのであれば、そこに責任を感じているのだろう。


 実際、彼は卓についた後、その旨をまず話し、謝罪の言葉を述べた。

 朱妃はこう返す。


「癸大人の謝ることではありませんわ。本宮が為にただちに動いてくださったこと、心より感謝しております」


 朱妃は昨晩の差し入れの件と、クンらを遣わせてくれたことへの感謝を述べた。


 開け放たれた永月門えいげつもんの間を秋風が吹き抜けていく。

 木の葉の擦れる音に混じって、さらさらと筆が紙を滑る音が聞こえた。

 視線をやれば癸氏の斜め後ろに書記官らしき役人が筆を走らせているのが見える。ここでのやりとりは公文書として残されているのだろう。


朱緋蘭ジューフェイラン妃に害を為した者を捕らえ、罰するよう働きかけること、妃様の待遇を改善させることをお約束いたします」


 鋭い視線が朱妃に向けられていることを感じる。

 朱妃は思う。なるほど、これを文書として残すのがこの面会の意図であろうかと。


 つまりこれは政争の一端であるのだ。女人禁制の前宮を司る官僚や軍閥の勢力と、男子禁制の後宮は后妃や女官の勢力、そしてどちらにも存在できる宦官。

 朱妃や光輝嬪らは所属としては後宮の勢力であろうが、中原の女ではない。つまり商皇后しょうこうごうらの影響下にないと言える。

 朱妃らは前宮から後宮に打ち込んだ楔なのではないだろうか。


 朱妃は思わず苦笑を表情に浮かべる。


「どうなさいましたか?」


「いえ、何でも御座いませんわ。ただ、本宮に何を期待しているのかと思いまして」


 癸氏もまた笑みを浮かべる。


「そう返せる妃殿下は素晴らしいお方かと」


 癸氏はいずれ後宮に捜査の手を入れるつもりなのだろう。その為の一手である。

 もちろん、彼が朱妃の保護の為に動くというのもまた事実なのだろうが。


「こちらから一つ」


「何なりと」


「罰すべきは糞を投げた者ではありません。糞を投げることを命じた者です。蜥蜴の尻尾を押さえても自切じせつされるだけです。その体を掴まねばなりません」


 朱妃の脳裏には輿に向かって馬糞を投げてきた見窄らしい宦官の少年たち。あるいは尚食局のトゥアンの姿などがある。

 彼らが自らの意思で朱妃を害しようとしているだろうか?

 おそらくは違うであろう。


 癸氏はその表情に感心を浮かべて朱妃に拱手した。


「御意に御座います」


「尚宮曰く、本宮はもともとは瑞宝宮ずいほうきゅうに入る予定であったとか」


「嬪の宮ですからその可能性は高いかと」


「嬪のため瑞宝宮に用意されたであろう品々は、あるべきところに納められているでしょうか?」


 朱妃は女官や宦官の横流しを示唆しさした。


「必ずや調べましょう」


 癸氏は力強く頷く。


「こんなところかしら、ああ。光輝嬪様は随分と商皇后殿下に感銘を受けておいでだったように見えたわ」


 話が飛んだ。癸氏の顔が一瞬強張(こわば)る。


「……皇后殿下の暖かな御心は遠き地からやってきた姫君たちにもすぐに伝わるのですな。素晴らしいことです」


 商皇后を警戒せよと伝えてきた彼である。むろんこれが本心の言葉ではあるまいが、公文書にそれを残すわけにはいかないのであろう。

 朱妃はそれには返答せず、頷くにとどめた。癸氏は続ける。


「朱妃の有難い御言葉の数々に御礼をさせていただければと思います。改めて、また早急に何かお贈りさせていただきましょう」


 話は終わりのようであった。

 永月門の南北に分かれて立つ。


 ––そういえば、癸氏は男性であったのね。


 宦官であるのかと男の象徴シンボルの有無を気にしていたが、この門を潜れないということは男であるということだ。

 朱妃はちらりと彼の下半身に視線をやった。青地に金糸で美しく刺繍された帯が見えるだけである。


 ––こんなに立派な体格の方を捕まえて、その……アレの有無を気にするのは失礼な話だったわ。


 とも思う。彼の身の丈は六尺、そして衣の上からもその身体が筋肉質であると分かるのだから。

 そもそもなぜ宦官と思ったのだったかしらなどと思い起こそうとした時、癸氏が声を掛けてきた。


「本日は急な呼び出しにも関わらず、お話しする機会を頂きましてありがとう御座いました」


 朱妃の脳裏に浮かんでいた疑問が霧散する。


「いえ、こちらこそ楽しませて頂きましたわ」


「こちらからも後宮の管轄に書状など送りますが、朱妃様からも皇上、武甲ウージァ皇帝陛下とお会いした際に、現在の状況についてお話しいただければと思います」


 癸氏はそんなことを言い出した。

 朱妃は首を傾げる。


「どうかしら、そんなことを言うのはあまり妃として相応しい振る舞いではないのではなくて? それにそんな機会が来るのかしらね?」


「ええ、必ずや直ぐに。では失礼いたします」


 そう言って二人は別れた。

 そしてその機会は直ぐに訪れたのである。それもその日のうちに。

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『朱太后秘録①』


9月1日発売


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― 新着の感想 ―
[良い点] 癸「股間に視線を感じる」
[一言] 念のため本当に宦官じゃないか確認しよう( ˘ω˘ )
[一言] 皇帝と面会ですか。 言うべきか言わないでいるべきか。
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