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第42話:朱妃、海参を知り驚く。

 食事を終え、片付けは宦官らに任せて朱妃しゅひらは本宮に入る。

 氏と会うため召替えるという名目である。


「でも衣服の替えなんてそんなにないのですけどね」


「まあまあ」


 座る朱妃の頭上で、髪をくしけずり整えている羅羅ララ雨雨ユユがそう話す。

 午前中に尚功らが来たが、当然すぐに衣が完成するはずもない。

 それまでの間、代わりの衣を持ってくるような話をしていたが、それもまだ届いてはいないのである。

 身嗜みを整えて、服を幾つかの玉で飾れば終わりである。

 流石にすぐに出ても格好はつかないので、茶を一杯喫してから庭へと出た。

 クンを先頭に、背後には輿、その周囲に宦官ら。彼等は庭の中央に跪き頭を下げている。羣が言う。


「出立の準備、万端整って御座います」


 朱妃は頷きを一つ返した。羣は二名の宦官を立たせ、前に呼び出す。


「また我らのうち二名を永福宮えいふくきゅうの門前に立たせ、無人の宮の番をさせようと思いますが宜しいでしょうか?」


 彼等の帯には棒が差されている。後宮には刀剣を持ち込めぬ故に警備は棒術を以て為されるのだ。

 なるほど、羣はあるいは癸氏は色々と便宜を図ってくれている様子である。朱妃は感謝の言葉を返し、そして輿に乗じた。


 輿は後宮の建物の間を南西に向かう。紫微城しびじょう北は後宮で男子禁制、南は前宮で女人禁制である故に、その境でなければ癸氏と面会は叶わぬという。

 だが紫微城の中央は皇帝陛下のおわすところであるため、城の東西にこういった場合に使える場所があるのだという。

 東に永陽門えいようもん、西に永月門えいげつもん、今向かっているのは永月門である。

 こちらの一角は壁の赤の割合が減り、黄色や白、あるいは青の割合が増えているように思う。

 月という名に相応しい色合いにしているのだろうと感じた。となると青は水かしらと朱妃は思う。

 オアシスの水面に映る月を朱妃は想像した。実のところこの青は水面であり、海を模しているのだが、彼女はその生涯で海を見たことはないのである。


「あれは……なにかしら?」


 朱妃は呟く。彼女の視線の先には台座の上に灰色の棒状の物が無数に積み重なって鎮座している。それぞれの棒は朱妃の掌よりは大きく、腕よりは小さいくらいだろうか。


海参なまこ岩ですね」


 輿を担ぐ宦官が声を顰めてその疑問に答えてくれる。


「なまこ……?」


「海参が積み重なったように見える珍しい岩であり、皇帝陛下に献上されたそうですよ」


 なるほど、あれは奇岩の類であるのかと朱妃は考えた。ロウ人はそういったものを好むのであろうと。御花園ぎょかえんにも奇岩は飾られていた。

 思い返せばロプノールにも砂漠の薔薇と呼ばれる、花のように見える石があった。今回の朝貢でも贈られていたのかもしれないし、そんなに価値があるとは思いもよらず贈られてはいないのかもしれない。

 それはそれとして……。


「なまことはなんでしょうか?」


「海に棲まう動物だそうですよ」


 ––あれが動物……⁉︎


 朱妃は衝撃を受けた。どう見ても丸みを帯びてでこぼこした棒である。


「最高の珍味の一つだそうです。いや、もちろん奴才などの口にできるようなものではないのですが。いずれお妃様も召し上がる機会があるのでは」


 ––あれが高級食材……⁉︎


  瓏帝国では、あるいは中原の歴代の王朝の伝統として、宴の際にその国力を示すべく贅を尽くした料理が供されることがあるという。

 古代では酒池肉林しゅちにくりんの宴。池を酒で満たしてその上に舟を浮かべ、肉を林のように山と積んだとか。

 瓏ではそれも洗練され、三日三晩かけて祝宴を行う龍南全席りゅうなんぜんせきなるものがあるという。龍河ロンガから南江ナンコウに至る地域全ての美食を集めた席であるという意味だ。

 龍南全席における主菜は三十二種。海のものから八、獣から八、鳥から八、植物や茸から八である。海参はその海の主菜の一つであった。


 朱妃は再び衝撃を受けている間にも輿は進む。

 輿が永月門へと着き、彼女がそこから降りたところで、門の向こうから声が掛けられた。


「朱妃様、こちらです」


 なぜかもう懐かしくも聞こえる低い声であった。


癸昭キショウ大人。お久しぶりです」


 そう言って笑う。つい久しぶりといったが、昨日の朝に別れて以来である。ただ、朱妃の生活が目まぐるしく変わっているため、随分と前のことのような気がしてしまったのだった。


 大きく開かれた門の向こうには拱手する癸氏の姿。

 その背後にはほこを持つ護衛たちが並ぶ。

 癸氏の前、門の境界には卓が置かれていた。


「どうぞそちらにお座り下さい」


 卓には門の手前と奥に席が一つずつ。

 なるほど。後宮に入った妃嬪が公の場で男と話さねばならぬ場合、こうやって面談しなくてはならないのかと朱妃は思った。

 朱妃は頷き、卓へと着く。

 癸氏もまた向かいの席に座り、そして深々と頭を下げた。冠の下、どことなく緑の色を帯びた黒髪が朱妃の前で揺れていた。

ξ˚⊿˚)ξちょっとGW明けくらいまでは2日に一度程度の更新でお願いしますー。よろしくお願いします。

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『朱太后秘録①』


9月1日発売


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― 新着の感想 ―
[一言] なまこと言われたら感想欄に馳せ参じずにはいられない
[良い点] 海参が出てくると、実家に帰ってきたような安心感がある。
[一言] なまこ……!(*´Д`*)キタコレ これが謎解きの鍵だったらどうしよう。でも絶対違う気がする。
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