第41話:朱妃、食事を振る舞う。
宦官は一般の男性よりも筋肉が付きづらいとはいうが、それでもやはり男手である。また彼らは内僕局の者、普段から輿を担いでいるということは宦官の中でも力があるだろう。
「哈!」
庭に放置されていた水を湛えた甕が、複数の宦官らの掛け声に合わせ、よいしょと担ぎ上げられて房の中へと運び込まれる。
彼らの背の高さが五尺五寸か六寸くらいで揃っているのだと朱妃は気づいた。なるほど、一つの輿を担当する人員の背の高さが異なっていては、輿が傾いてしまったり、揺れたりするのであろう。
朱妃は羅羅によって本房へと連れて行かれる。
流石に、彼らの前で使用人用の棟で食事をとっているのを見せるわけにはいかないのである。
一方で瓏の宮廷文化の面白いことに、貴人の位が高いほどどこで食事をしても構わないという。
東西に二里、南北に二里半。この広大な紫微城には千の建物があるというが、ここにはただ一つも皇帝陛下のための食堂というものが存在しない。
皇帝陛下が座った場所、そこに膳が運ばれるのだ。
朱妃は宦官らに卓や椅子を庭に運ばせ、彼らの食事の場所を設営する。
そして本房の窓を開け放たせ、彼らの姿が見えるところに座った。
宦官達の手により、東西の房が清掃されているのが見える。いつの間に登ったのか、屋根の上の葉や塵を庭へと落としている者すらいる。葉は庭に植えられた垂絲海棠のものであろうか。
「……うーん。暇ね」
こうして人が働いるのを見ているのは面白い。だが手持ち無沙汰でもある。
雨雨は倒座房の前で何やら羣と話し、宦官達に指示を出しているようだ。羅羅は朱妃をここに連れてくると戻ってしまった。厨にて食事の続きを作っているのだろう。朱妃のお腹がきゅるりと鳴る。
中途半端に羹だけを口にしたため、胃の腑が活発に動いているのだ。
何か気を紛らわそう。刺繍でもしようかしら。
そう考えてロプノールの布と、糸、針、鋏を持ってくる。
「きー」
朱妃の服の上でダーダーが鳴いた。彼女はそれを掌にのせて卓の上に移動させる。縦長の瞳孔が朱妃を見上げた。
「ふふふ」
朱妃は笑みを浮かべ、指の腹でダーダーの頭を撫でる。ふと思いついたことがあり、刺繍はやめ。方針転換である。
––半刻後。
「はい、朱妃様お待たせいたしました」
羅羅が盆に膳を載せて庭を渡ってきた。
顔を上げれば掃除は終わったのか東西の房の扉は再び閉じられている。
風に乗って食欲をそそる香辛料の香りが流れてきているのは大鍋が庭に運び込まれているからだろう。匂いからして瓏風の料理をロプノールの味付けにしたのか。
「まあ、ダーダー。素敵にしてもらいましたね!」
「きー」
羅羅は感嘆の声をあげ、ダーダーの鳴き声はどことなく自慢気に聞こえた。
ダーダーの頭上には白い房飾りのついた橙色の帽子がちょとんと載っていた。
簡単な構造の円錐形の帽子である。三角の帽子を緩く顎下に紐で留めているものであった。
「ふふ、可愛いでしょ。ほら、宮に人が入ってきたときに踏まれたり、払われたりされないようにね」
「確かにそうですね」
このように人が出入りする時は、飼っている蜥蜴だと分かるようにした方が良いかもしれないと羅羅も思った。
「もちろん邪魔だったら外してもいいんだけど、ダーダーも気をつけてね」
「きー」
彼女はダーダーを脇にのけてそこに膳を並べていく。
「さ、お食事を召し上がりくださいませ。ダーダーの分もありますよ」
小皿の上には味付けのされていない肉団子のようなものがあった。これがダーダー用であろう。
外を見れば宦官達に運ばせた大鍋から雨雨が皿に食事をよそっている。それが宦官達の前に並べられていった。
朱妃は立ち上がり、彼らに声を掛ける。
「皆様、ご苦労様でした。貴方達の職分ではない仕事を行わせてしまいましたが、その働きに感謝いたします」
「恐悦至極に御座います」
宦官らが拱手し、羣が代表して声を上げる。
朱妃は卓の上の料理を示した。
「せめてもの感謝の気持ちです。召し上がれ」
「是!」
男達の声が揃った。
朱妃は羹を口に。先ほど口にしていたものが温め直され、量を嵩増ししたものだ。主菜はロプノール風の味付けの青菜の炒め物、少し懐かしくも感じる味付けだが、砂漠の国では新鮮な野菜をこんなに使うことは無かった。シャキシャキとした食感の瑞々しさは美味である。
それと餃子か。
「美味い!」
「変わった味だが癖になるな!」
宦官らの声が聞こえる。
妃の食事という風情ではないが、ロプノールは塩湖が近くにあるおかげで少し塩気が強い食事であるという。これは若く、肉体労働を担当する宦官達にはむしろ舌に合うのかもしれない。
「お代わりは沢山ありますので、こちらから自由にとってくだいませ!」
「是!」
雨雨が庭でそう叫ぶと力強い返事の声が上がった。
彼女が朱妃のもとにやってくる。手には自分の食事が載せられた盆。
「お疲れ様、雨雨。羅羅もね」
「ええ、本当に」
食事の際にこうして賑やかなのはいつ以来だろう。ふと朱妃はそう思う。幼い頃にあった気もするがはっきりとは思い出せない。
「でも楽しいわ」
「それは何よりで御座います」





