第33話:朱妃、肉を食す。
点心には二種類ある。甜点心と鹹点心である。甜とは甘いという意味で、おやつのようなものだ。月餅はこれにあたる。鹹とは塩辛いという意味で、軽食といえるようなものである。今、朱妃らが作っているのはこちらだ。
細切りに刻んだ驢肉を焼く。味付けには贅沢にも削りたての摩天山脈の桃色の岩塩と、挽きたての胡椒を使った。
刻んだ葉物野菜を鶏卵でとじて炒める。これらは朱妃と羅羅の担当だ。それらを白磁の皿に盛る。
「あらダーダーおはよう」
「きー」
いつの間にかやってきたのか、ダーダーが竈の前に寝そべっている。
暖かくて気持ち良いのか満足そうな様子だ。
雨雨は小麦粉を練って水気のある塊にしたものを手にし、印を捺すように熱された鉄板に押し付ける。そしてぐりぐりと広げて手を上げれば、天板の上に白い円が描かれた。
色付いたそれを箆で持ち上げ剥がすと、狐色のクレープ状のものができる。鉄板の空いたところに再び印を捺すように小麦の塊を押し付けてそれを繰り返す。
こうして何枚も円盤上の小麦の生地を作り、積み上げた。
「さあ、できましたよ!」
朱妃はダーダーを拾い上げて肩に乗せると、皆で食べ物と食器を抱えて本房へと戻る。倒座房にも食堂があるのだが、使用人のための狭いもので、当然ながら本房の食堂が立派であるからだ。
外に出れば食事の用意をしている間に日は完全に昇り、隣の宮からも炊事の煙が立ち昇っているのが見える。ただ、妃嬪たちはまだ床の中であるかもしれない。
円卓に具材の載った皿を並べ、生地を積み上げた籠を置く。
「ではいただきましょう。羅羅、雨雨も一緒にね」
「召し上がられている間に、お茶を淹れようと思っていたのですが」
「後でいいわよ。冷める前に食べないと。そもそも、どうやって食べるのか教えてくれないと」
雨雨が言うが、朱妃はそれを留めた。使用人が主人と席を共にすることは基本的にないが、三人で体裁に拘っても仕方ないのだ。
「では失礼して……」
雨雨は円盤状の生地を一枚、箸で摘むと、それを左手の上に載せる。焼いた驢肉と刻んだ葉物野菜を箸で摘んでは生地の上に載せて、くるりと丸めて筒状にする。
「これが春餅です。……えっと毒味は」
「一緒に作っていたのだし毒味も何もないけど、先に食べていいわ。私も作ってみるから」
朱妃は自ら箸を手にし、皮を籠から取る。箸については御座船の旅の中で雨雨から教わっている。
まだ少し覚束ない手つきでぷるぷると持ち上げた。肉や野菜をその上に載せてくるりと巻く。
鼻を寄せれば胡椒の香りが刺激的である。腹が早くと急かすようにきゅるりと鳴った。
「美味しい!」
口に運べばもっちりとした小麦の皮の中からシャキシャキとした青菜。
そしてたっぷり載せた驢肉は初めて食べるものだが、脂が少ない赤身肉である。しっかりとした歯応えがあるが、硬すぎたりパサつく感触はない。そして塩胡椒のみの味付けであるのにどことなく甘味を感じる肉であった。
「これは美味しいですね」
羅羅も言う。
三人ともぺろりと一つ平らげたあとで、雨雨がお茶を淹れに戻った。
朱妃はその間に、塩胡椒を振らずに焼いて細かく刻んでおいた肉をダーダーに与える。
雨雨が戻ってきて、淹れたお茶を朱妃に渡しながら尋ねる。
「考えていたのですけども……。朱妃様の部屋で四度も火事があり、それで誰も死んでいないというのであれば。それは呪いではなく祝福であるのではないでしょうか」
朱妃は俯く。お茶の黄色い水面に彼女の顔が揺れた。
「……そうかもしれないし、そうでないかもしれないわ。呪いと祝福は表裏一体という言葉もあるし、本質は変わらないかもしれない。そうも思っているの」
「ええ」
「もちろん、私が忌まれていた過去は変わらないわ。ただ、それを殊更に気に病むつもりもないの」
「そうです、それが良うございます!」
羅羅が言い、雨雨も頷いた。しかし朱妃が二人を見返した表情は堅く強張った真剣な表情だ。二人が居住まいを正した後に、彼女は視線を部屋の壁の方に向けた。二人の視線もそれを追う。
「でもね、私も気をつけるけど、あなたたちも本当に、細心の注意を払って欲しいの。この紫微城で火事を起こしたら。おそらく死ぬわ」
視線の先には朱塗りの柱、そして竹林に遊ぶ仙人たちが描かれた掛け軸。当然、素材は木であり紙である。
火事が起きれば宮が燃え落ちるだろう。それは朱妃たちの命を直接危うくするし、もし大火となればたとえ生き延びても処刑されるであろう。
二人は顔を白くさせて頷いた。
「きー」
なぜかダーダーも理解を示すように鳴いた。
朱妃は笑みを浮かべて、ぱんと手を鳴らす。
「さあ、続きを食べましょう!」
まだまだ皿の上には春餅が残っているのであった。
こうして三人で朝食を平らげる。肉も野菜も食べ切った。小麦の皮は多少残ったが、これは後でも使えるだろう。
「もうお腹いっぱい! お肉は五斤くらい食べたかしら」
「三人で一斤くらいですね」
「……これは無理ね」
肉は残り十四斤あるのである。当然食べ切るのは無理であった。