第30話:朱妃、起床する。
ξ˚⊿˚)ξ第四章開始ですわ!
真ん中に寝ていた朱妃が真っ先に目が覚めた。
羅羅と雨雨に抱きつかれている。柔らかい感触が身体の両側から伝わってくるのは良いのだが。
「……暑いわ」
頭を持ち上げて周囲を見ても真っ暗である。まだ夜も明けていない時間だ。ただ、昨日は日没と共に寝ているので頭は割とすっきりとしている。
西方の時刻で言えば三時かそのくらいであろうか。中原の文化で言えば丑か寅の刻ということになる。
夜明け前が最も冷えるという言葉の通りに、空気は冷たく感じる。雨雨の双丘に挟まれている手をゆっくりと引き抜いた。
「んっ……」
その胸は豊かである。少なくとも朱妃よりはずっと。
引き抜いた手を彼女の背の方に回せば、やはりそちらは冷えている。両側の二人に抱きつかれているのはこれが原因だろう。
「はい、ごろん」
朱妃は雨雨に寝返りをうたせるようにひっくり返した。
「ん、しゅひさま……?」
寝惚けた声が返る。
「まだお休みなさい」
腰を冷やすのは良くないからね。
冷たくなっている背中が朱妃の身体で温められたからか、目を覚ましかけた彼女はまた直ぐに眠りに落ちる。
同じように朱妃は羅羅もひっくり返した。
背中と尻に挟まれ、火照った身体が冷えて気持ち良い。朱妃もまたすぐに眠りに落ちた。
次に目を覚ましたのは夜明けである。
「おはようございます、朱妃様」
僅かに光の差し込む暗がりの中、すでに起きて身支度を整えている羅羅が声を掛けた。先に部屋を出たのか雨雨の姿はない。
本房の宮の外から物音が聞こえる。
「どうしたのかしら」
「雨雨さんが言うには、朝になったら女官や宦官が荷物など運んでくるものだと。でも、今日は絶対嫌がらせのために夜が明けてすぐにやってくると言って、その対応のため外で待っているそうです」
この時期の夜が明けるのはちょうど卯の刻である。その前から動いているとは、嫌がらせする方もされる方も大変ね。朱妃はそう思いながら身嗜みを整えて外へと向かった。
庭へと出ると肌寒い。
そこにいたのは昨日もきた尚宮の辛花と二人の女官である。一人は尚食局は司膳の端と言ったか。
もう一人は名乗られていないが、炭を運ばれてきた時に、尚寝局の司灯、つまり燃料や灯りを管理する女官であると聞いている。
その背後には荷車とそれを牽く宦官たち。
雨雨がこちらに気付き、まずは挨拶の言葉を述べた。朱妃はそれに応じてから、昨日と同じ位置に用意された椅子に座る。羅羅と雨雨がその一段下に立った。
辛花が礼をとる。
「おはようございます、朱緋蘭妃殿下。良くお休みになられましたでしょうか」
「ええ、おはよう。気遣い感謝します」
「まずは昨日、差配が間に合わなかった油と蝋燭をお持ちしました」
司灯の女官が拱手して礼をとる。
「大儀です」
朱妃は頷く。
まあ、正直なところ絶対に昨日持ってくることが可能であったはずである。一晩、不便と不安を感じさせるためにわざわざ一日届けるのを遅らせたに相違ない。
––まあ、寝てましたけどね。
つまり特に問題はなかったという事である。
「そしてこちらが本日のお食事になります」
辛花の言葉に昏い愉悦の感情が漏れるのを朱妃は感じた。
端という司膳の女官は淡々と宦官らに命じて筵を敷かせ、荷台からその上に荷物を移していく。
巨大な甕が五つ、それ以外にも小さなものも。積み上げられていく袋は米か小麦粉などか。束ねられている野菜の緑はみずみずしく、最後に宦官たちが載せられていた板ごと置いた二つの肉塊は、巨大で、桃色の断面が美しかった。
「立派な肉ですね。それらは何の肉でしょうか」
肉の色が僅かに違うことからして種類が違うように感じたため、朱妃はそう尋ねた。
端が答える。
「本日は牛肉と驢肉を半分ずつお持ちいたしました」
驢肉とは驢馬の肉である。
天上竜肉、地上驢肉。天には竜の肉があり、地には驢馬の肉があるという表現がある。朱妃は食したことがないが、驢馬の肉は高級で美味であるという意味だ。
辛花が続ける。
「それぞれ八斤(一斤は六百グラム)ずつ、十六斤ございます。明日以降は奴婢が直接ここに参ることも少なくなるでしょうが、尚食や宦官らに毎日持たせますので」
「……これを明日も?」
「ええ、第二位の妃嬪である妃には一日十六斤の肉と、霊山より汲んだ水を甕に五杯、その他に穀物や野菜などが与えられると法で定められていますので」
彼女は当然であるようにそう言った。
「毎日十六斤……」
「これは武甲皇帝陛下よりの賜り物ということをお忘れなきよう。棄てたり腐らせたりしたら死罪もありえますので。では失礼」
そう言って、彼女たちは去っていく。後には大量の水と食材が残された。
朱妃と羅羅、雨雨は顔を見合わせる。
朱妃は言った。
「どうしよう、羅羅、雨雨。私一日に頑張って食べたとして一斤くらいかな。二人で残り十五斤食べてくれる?」





