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第1話:シュヘラ姫、馬車に揺られる。

ξ˚⊿˚)ξ本日2話目。続きは明日です。

「随分と景色も変わってきたわね」


 馬車の窓から平原一面に広がる麦畑を眺めながらシュヘラが何気なく呟く。彼女の翡翠ひすい色の瞳の先に映るのは、彼女が十六年の人生を過ごしてきた砂色の世界とは明らかに違う色だった。

 蹄鉄ていてつと馬車の車輪が道を叩き、その度に椅子の下から振動が伝わってくる。

 シュヘラは、ほう、と溜息を吐いた。


「そうですね、姫様」


 馬車の中からそれに応える声があった。振り向けばシュヘラに幼い頃から仕える侍女のロウラである。


「ここまで来るのに駱駝らくだで砂漠を越え、馬で荒野を走り、平原を馬車で揺られているわ。それでもまだ道は半ば。ロウ帝国の都、玉京ギョクケイまで行くにはこの平原を抜けてさらに船に乗らなくてはならないんですって」


 シュヘラは自身の柘榴ざくろ色の髪を指先でくるくると弄びながら言う。馬車の窓から差し込む光によって、それは紅玉ルビーのように透き通って煌めいて見えた。

 丁子ちょうじ色の肌、瓏帝国の民より少し褐色味を帯びた、灰がかったやさしい黄赤色の頬が不満げな丸みを描く。


「ええ、姫様。そうして玉京の都に着いたら輿こしに担がれて紫微城しびじょうに入るのですわ。そこには姫様の夫となられる武甲ウージァ帝がおわし、姫様の到着を今か今かと待たれているのです」


 ロウラは夢見るような瞳で頬に手をやった。武甲帝の絵姿でも思い出しているのだろうとシュヘラは思う。確かに格好良く描かれてはいた。

 再びシュヘラは窓の外に視線をやり、ほう、と溜息を吐いた。


 ––どうだかなあ。あーあ、結婚かぁ。


 シュヘラは周囲の護衛にも、車内のロウラにも聞こえないように独りごちた。


 ––紫微城に入るっていっても、そこの後宮こうきゅうに沢山いる妃嬪ひひんの一人になるってだけだもの。


 否やはない。仮にあったとしても決して口にしてはいけない。

 この婚姻は王家に生まれた姫としての務めなのだから。


 瓏帝国の皇帝に嫁ぐ。

 ロプノール王国の姫であるシュヘラはよわい十六にして、そのための旅の途中にあった。


 なぜ彼女がこうして長い旅をして瓏帝国まで嫁ぐことになったのか。直接的な切っ掛けは四年前に遡る。

 大陸に覇を唱える瓏帝国。その先帝が崩御ほうぎょされて新皇帝となったのは武甲帝。当時彼はまだ二十歳にも満たぬ青年だった。

 若き皇帝の戴冠たいかんに周辺の諸国家の王には侮る者も多かったとシュヘラは聞いている。


 だが彼は恐るべき手腕で乱れかけた帝国を纏め直すと、皇帝となった翌年には北方から瓏帝国に侵略してきた騎馬民族を打ち破り、翌年には南方、さらにその翌年には西方の諸国家へと親征しんせいを行った。

 交渉と懐柔、時に恫喝どうかつ、そして武力行使。

 幾つかの国家とは新たに和平を結び、幾つかの国や部族は滅ぼした。


 瓏帝国から遥か西方にあるシュヘラの母国、ロプノール王国に武甲帝が率いる十万の軍が現れたのは去年のことであった。


 ロプノール王、つまりシュヘラの父は瓏帝国の新帝即位の報があった直後、こう息巻いていたのをシュヘラは覚えている。


「若造に帝国の差配さはいが務まるか! いずれ中原は混沌とし、その時こそ余や近隣諸国は帝国に攻め入るのだ!」


 だが王は荒野に整然と居並ぶ十万の兵と、彼らが掲げる軍旗が棚引くのを見て戦慄わなないた。

 そしてその先頭に翻る、北天の極星とそれを抱く龍の旗、即ち皇帝旗を見て即座に戦意を喪失させた。

 下馬して頭を垂れ、忠誠を誓った、シュヘラはそう聞いている。


 ––まあ、父の判断は正しかったとは思うわ。あんなの絶対勝てないもの。


 ロプノール王国は摩天まてん山脈と呼ばれる山々の北部に広がる高原と砂漠に位置する国。東方の瓏帝国と西方の国家を繋ぐ交易の拠点として栄えてはいる。ここが他国に占領されていないのは、そもそもどちらの国からも遠すぎるのと、環境が厳しいからである。

 つまり、普通であれば軍を大規模に展開しての戦などできないということ。


 一合も干戈かんかを交わさずに降伏するとは、そう口では言う者もいたが、将兵たちは心の中では感謝しているだろう。

 戦をすれば数多の死者が出る。そしてそれを遥かに上回る数の男が奴婢ぬひとなる。それも男の象徴を奪われた宦官として。

 女もそうだ。紫微城へと連行され、千とも万とも言われる後宮の花。妃嬪に仕える女官として、女としての春秋を費やさねばならない。


 不機嫌なのはシュヘラだけである。


 ––だからって、私が武甲帝の後宮に入ることになるなんて……。


 ロプノール王国は亡国となった訳ではない。従属国となったのだ。

 瓏帝国の皇帝を主と仰ぎ、その徳に感服し従い、数多の貢物を進貢しんこうする。皇帝はそれにより相手国の君主をてきではないと尊重し、捧げられた貢物よりもさらに多くの恩賜おんしを下げ渡す。これを朝貢ちょうこうと言う。


 つまりロプノールにとって大いに得な話である。シュヘラもそれを聞いて胸を撫で下ろしたのだ。


「最初の進貢において文物と共に、王の姫君を一人寄越すように」


 帝国の官吏かんりがそう言い出すまでは。両親が彼女を送ると決めるまでは。 


 馬車が石を踏んだか、がたん、と大きく揺れた。


 ––お尻いたーい。景色もーあきたー。チャイでも飲みたーい。


 シュヘラは言葉を呑み込んで、ほう、と一つ溜息をついた。

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『朱太后秘録①』


9月1日発売


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― 新着の感想 ―
[良い点] 心の声が砕けた感じのシュヘラたんを見ていると、異世界転生ものみたいなとっつきやすさを覚えますね♩
[良い点] こんばんは! 新連載お疲れ様です。 今度は推理ものなんですね。 ここからどう推理ものになるか、楽しみです。
[気になる点] 10万字……14万字くらいかな。(*´ー`*) [一言] 推理!楽しみ! キーワードの「推理?」は見てないったら見てない。(*´ー`*)
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