第16話:朱妃、ぷるぷるする。
ξ˚⊿˚)ξすいません、予約投稿ミスってました。
ゲレルトヤーン姫、光輝嬪が部屋を出ていき、護衛の男に扉が閉められる。
彼女たちの足音が遠ざかっていったところで、朱妃は大きく溜息をつき、椅子に崩れ落ちるように座った。
羅羅が足早に近づいてきて、朱妃の手を取る。
「ご立派でした、朱妃様」
朱妃の手は震えている。
無理もない。羅羅はそう思いながら主人の手を摩った。
「無様を……晒さずにすんだかしら」
溜め息混じりの声が漏れる。
「ええ、それはもう」
荒事になど慣れていない大半の女性にとって、いやそれは男性もそうであろうが、正面から将たる人物の威圧を受けて、それを感じさせずに渡り合うというのは極めて困難なことだ。
実際、羅羅は蘇油茶を淹れた後、全く身動きが取れないでいた。従者という立場上、話に介入してはいけないにしてもだ。
朱妃は決して胆力のある人間とは言えない。むしろ冷遇されていたが故に自己評価は低く、社交の場数も踏んでいない。
それがどうして光輝嬪の威圧に耐えられていたかと言えば、これもまた冷遇されていたが故に、悪意に晒され慣れていたというのもあるだろう。
羅羅は頭を下げる。
「ロプノールの姫として相応しい振る舞いでございました」
そう、それ以上に一国の王族であるという矜持があった。そして、朱妃自身も話し終えたいま気づいたことだが……。
––私は、自分が妃であるということにも支えられた。
癸氏から突然言い渡された話である。
あれを良かったなどと言う気はない。そもそも妃とされたから光輝嬪に絡まれたのは間違いないのだ。
––でも同格の嬪同士として会ったとして、挨拶を受けた時に恫喝されていたら。……もしかしたら心折れたかもしれない。
朱妃はなんとか上手く切り抜けたという安堵に胸を撫で下ろす。そして、そこにあまり起伏を感じないことに再び落ち込んだ。
『あんたどう見ても傾国って身体つきじゃあない』
光輝嬪の去り際の言葉が頭の中で反芻される。
光輝嬪は金髪の異貌であった。
それに加えて、その男勝りの性格や武勇、傷や日焼けの痕。好まぬ男性もいるだろう。
だが、遊牧民の纏うデールは厚手で体型の出辛いものであるが、それでも光輝嬪の胸は豊かで、腰から太腿にかかる曲線は肉感的であるとわかる程であった。
歴史的には、瓏国人は小柄な女を好むという。
特に足の小さな女が好まれ、纏足などという奇習が存在していたと知っている。幼いうちから足の指を内側に折り畳み、靴に押し込めて作る小さな足を三寸金蓮などと呼んで貴ぶとか。
三寸って……嘘でしょ? 朱妃もそう思ったものだ。
幸い、現代では不健康な習慣であると禁止令が出て下火となっているらしいが……逆に肉感的な女性が好まれるとも聞いていたのだ。
ロプノールの地に入る噂で遠く玉京は紫微城に座す皇帝陛下の女の趣味を推し量ることなど無意味なことと分かっていても、それが自分の運命を大きく左右するとなれば気になるのもまた当然であった。
そのようなことを考えていたら再び扉が叩かれる。入ってきたのは癸氏であった。
「失礼、遊牧民の姫君、ゲレルトヤーン姫がこちらにいらしたと聞き及んだのですが、何か問題は起こりませんでしたでしょうか?」
精悍な顔立ちに眉根を寄せて、こちらを心配し、憂慮しているという表情を浮かべている。
「ええ、光輝嬪がいらっしゃいました。でも何も問題なんてありませんでしたわ。ねえ?」
「は、はいっ」
朱妃は言葉の最後を羅羅に問いかけ、彼女は肯定した。
睨まれ、威圧されただけである。
「それは善哉」
癸氏は笑みを浮かべた。朱妃は内心で舌を出す。
心配しているふりをしているが、明らかにこの邂逅は癸氏がわざとかち合わせるように仕組んだのだ。
そもそもこの船中での安全を期するなら、シュヘラが妃であると伝える必要なんてなかった筈だ。
––悪い男。顔は良いけど。
つまり朱妃が、あるいは光輝嬪がどう振る舞うか、どう対処するかを癸氏は試しているのだ。
ぐーーー。
安堵したためか朱妃のお腹が鳴った。結局、来客のため食事を食べ損ねているのであった。
羅羅が居た堪れない表情を浮かべ、癸氏が目を逸らした。彼の口角は上がっている。
––胸はないわ、お腹はなるわ……最低っ!
朱妃は恥ずかしさに身を震わせる。しばしして、はあ、と溜息をひとつして、何も無かったように言葉を紡ぐ。
「癸昭様」
「……ふっ……なんでしょう」
笑いが堪えきれていなかった。
「私に中原の、後宮の礼法を叩き込んでくださる教師を直ちに派遣していただけますでしょうか」
朱妃はこれが何の手札も持たない自分がその身を、心を守る唯一の手段であると確信している。
癸氏は満足そうに頷き、拱手して深く腰を折って礼をとった。
「御意にございます」
こうして以前、癸氏と甲板で茶を喫していた時に、羅羅に茶の作法を教えていた女官、雨雨が派遣されることとなった。どうやら元より、そういった役目を負っていたようだ。
こうして、朱妃は船が玉京近郊の港に着くまでの間、礼法を頭に、身体に叩き込んで行ったのだった。
そして、物語の舞台は紫微城へと移るのである。
ξ˚⊿˚)ξこれで第二章完です。
後宮は?
ξ˚⊿˚)ξ……(目逸らし)
推理は?
ξ˚⊿˚)ξ……(目逸らし)
まあ、第三部は後宮着きますので……。
ただ、ちょっとですね、二、三日休みを挟みます。
ストックは(多少)あるのですが、拙作『ヴィルヘルミーナ』の書籍化作業で今週あたり初稿が返ってくるはずで赤入れを行わねばならないのです。
えーと、木曜日にしましょう。23日木曜日16時に次を予約投稿しておきます。
ξ˚⊿˚)ξというわけで皆様、ブックマーク、評価、感想などよろしくお願いいたします!
ではまた23日にー。