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【書籍化】朱太后秘録〜お前を愛することはないと皇帝に宣言された妃が溺愛されるまで【コミカライズ】  作者: ただのぎょー
第二章:龍河に揺られて。

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第9話:朱妃、甲板を散策する。

 朱妃しゅひヴェールで顔を隠し、肩口にダーダーを乗せて部屋を出る。

 やはり部屋の中にずっといるのは気詰まりだった。

 扉を開けた羅羅ララが扉の前に立つ護衛に告げる。


「姫様……朱妃様は少々外に出たいとのことです」


「はっ。この時間であれば甲板も忙しくはないでしょう。茶の用意は……」


「不要です」


 御座船ござぶねである。甲板には貴人たちが酒宴や茶会を行うための場所もあるが、朱妃はそこを使う気はない。ただ、ちょっとで良いから外の空気を吸いたい、それだけであった。


「お供致します」


 護衛の一人はそう言い、別の者は甲板の様子を見に行くのか、その場を離れた。

 朱妃は護衛たちに感謝を込めて軽く頷いてみせる。

 船室から甲板へと出る階段に差し掛かると、ひょろ髭の護衛ではない男が恭しく頭を垂れた。


「お手を失礼致します」


 手を差し出せば、彼はその手を取ってゆっくりとひきながら階段を上がる。

 柔らかい手であった。

 階段を昇り甲板に出れば、雲ひとつない青空が広がる。朱妃は眩しさに目を細めた。


「妃様の手を取らせていただきました、奴才ぬさいチィと申します」


 男は少し高い声で卑屈そうに名乗りをあげた。

 朱妃はぎょっとするもそれを態度に表すことはなく頷く。


 ––なるほど、あれが宦官かんがんなのね。


 男の象徴シンボルを切除したために男性的な要素が失われていくという。髭は生えても僅か、喉仏は発達せずに声は高く、筋肉はつきづらく脂肪を蓄えやすいと。


 朱妃は武甲ウージァ帝に嫁ぐ姫である。

 故に火急の場でもなければ男である護衛が触れる訳にはいかず、宦官の手を借りねばならないのであろう。


 ––あれ、ということは氏はああ見えて宦官なのかしら? 船に乗り込む時に彼は手を差し出してくれたはず。がっしりとした手だったけど……なるほど、最近ちょきんと切っちゃったのかもしれないわね。


 お可哀想かわいそうに。そのようなことを頭に思い浮かべていたが、その考えはさっと霧散した。


「わあ……!」


 船縁ふなべりへと歩けば、目の前に絶景が広がっていたからである。

 天は蒼天、地には岸すら見えぬほどに広大な、黄土色をした龍河ロンガの河面。


 船員たちが作業を止めて跪くのを申し訳なく思いつつも船尾側へと向かう。そこは階段となっており、再び直なる宦官の手を借りて登れば、後方に広がるのは緑の平原にうねる龍の尾。さらに遥か南西には摩天まてん山脈。


「すごいわ」


 龍河の長さは万()あるという。一般的に万とは数多であることを表し、万国といえばたくさんの国という意味であって万の国があるわけではない。だが、龍河は実際におよそ一万里の長さがあるのではと言われている。

 ちなみにしゃくが五つ集まるとになり、歩が三百六十集まると里となる。


 朱妃の身長はちょうど五尺だ。羅羅が五尺二(すん)。背丈で負けているのが悔しいと彼女は常々思っている。

 氏と会った時、彼が武官ではないかと思ったのには彼の身の丈のせいもあった。おそらく六尺を超えているのではないか。

 西方の民にはもっと身長の高い民族もいるというが、ロウ人としては立派すぎる体躯である。ただ、巨漢という風ではなかった。服の上からも分かる程に筋肉質ではあったが、脂肪がないのか鈍重さがないのだ。彼が従えていた役人たちはでっぷりとしていたというのに。


 ––ともあれ万里ということは、わたくしが三百六十万人縦に寝転がれば龍河の長さになる訳で……。


 朱妃は御座船の甲板に立ち、黄土色の河面を眺めながらそんなことを思うが、数字が大きすぎて何の想像イメージも湧かなかった。

 思わず紗を脱ぎ去り、肩掛け(ショール)のように肩に回した。丁子ちょうじ色の肌が眩しい光の中、露わになる。


「なんて雄大な」


 彼女はロプノールの王宮で疎まれていたとはいえ、決して故郷が嫌いではない。あの乾いた荒野と砂漠、人は湖の周りに集まって住まい、そこを行き交う旅人たち。

 だがあそこにいてはこのような雄大な景色を見ることはなかった。


「きー」


 紗の下でダーダーが肯定するように鳴く。

 朱妃は勇気が湧き起こるのを感じた。遥か彼方の見知らぬ土地に嫁ぐのだ。不安は常にあった。

 だが、従ってくれるロウラ、羅羅と名を変えた忠臣がいて、こうして荷物にまぎれてついてきた蜥蜴もいる。


「おや、船内を散策されていましたか」


 景色に感嘆していた朱妃に背後から声が掛けられる。癸氏であった。

 朱妃が振り返ると彼は言葉を続ける。


在下ざいかも外の空気が吸いたくなりまして」


 さも偶然通りがかったような言葉であったが、先ほど護衛の一人がそちらに報告に行ったために様子を見にきたのだろう。


 ––ご足労をかけてしまったのかしら?


 朱妃は礼をとる。頭を下げた時に思わず彼の下半身に目がいった。


 ––ちょきん。


 赤面と笑いが込み上げてしまって顔が上げられない。

 癸氏が近づく。


「……どうかなさいましたか? 体調が思わしくありませんか?」


 声音に心配の色が混じる。朱妃は申し訳ない気持ちでいっぱいであるが、笑いを堪えていると身体がぷるぷると震えてしまって体調が悪いようにしか見えない。


チン! 陳医官!」


 癸氏が叫ぶ。

 思わず手が伸びる。彼の袖を取って、うつむきながらも首を横に振った。


一寸=約3cm

一尺=約30cm

一歩=約150cm

一里=約500m


里のみ日本の単位と大きく異なるので注意。

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『朱太后秘録①』


9月1日発売


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ちょきん」というワードが出る度に、ヒュンとなります。 (((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
[一言] こういうネタがお好きですわね!(*´Д`*) 脳内で「きー」が「いえすまむー」になる。どうしよう。
[一言] 宦官と聞くと、水滸伝を思い出します( ˘ω˘ )
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