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7話

 ***


 確かに衝撃的だった。けれどどこか納得してしまって、今まで騒いでいた自分がとても恥ずかしくなった。

 何かを考え続けるとそれしか向かえなくなる。自分の世界に浸って何度みんなに呼び戻されたことか。執拗にディアロに迫った事をまた謝った。


「許してやる。だから、これは俺とお前の秘密。な?」


 しーー。

 口に指を当て、無邪気に笑っていた。話をしている時も笑顔を決して絶やさずただ淡々と事情を話す。逆に怖いと感じてしまうほどだ。でも、強いのか強がっているのか分からない彼にこれ以上の言葉をかけるのは不要だと思ってしまった。


 あれから、ふとした時にディアロを思い出す。

 なんとか考えなくては。彼は今戦いの最中にいる。どうにかして、どうにかしてどうにかしてどうにかして………。


 休息日。

 ダルさの残る体を起こして、泣き跡の残った顔を擦った。オーリオはここ最近帰ってきていない。広く感じる自室のベッドからずり落ちた。出しっぱで直せなかった物が床に散乱している。立ち上がる気力が無いまま、手で顔を覆い隠した。

 外では他の団員が鍛えているのか揃った気合の声が聞こえる。煩わしい。イヤホンで耳を塞いで音量をいつもより上げお気に入りの激しい音楽を死ぬほど浴びたい。SNSを無動作に開いて、善も悪もごっちゃ煮されたインターネットを永遠と彷徨っていたい。でも、そんな逃避娯楽など無い。


 ディアロ・ヴェール。彼を……。


 ああそういえば、前世でも彼みたいな栗色の髪の毛の奴がいたっけ。私が携帯をいじっていると気が散るようにちょっかいをかけてきたり…。生意気で、うざったらしくて、いつも底抜けに明るくて変な話題ばかりを振ってきた。

 栗色といったらオーリオも似たような髪色をしている。一つ結びした彼は髪を切る事を心底嫌がった。それを見て、行けとうるさく怒鳴っていたっけ。面倒くさいとか言わずに、気を使わずに早く…。


 思い出したらなんだか懐かしい。いつも明るいディアロにだって辛いこともあるし、人生の路頭に迷うだってある。リコルトと仲良くなれたのもディアロが積極的に私に話しかけてくれたからだ。なにかと悪ノリに乗ってくれて、俺の言うことをちゃんと聞いてくれた。彼がいるから、俺は。

 俺は…。


 駄目だ。こんなところで寝ていては。

 起きろ、起きろ!! 起きろ起きろ起きろ(アスタリア)!!!!!


 思い出せ、何のための記憶だ!! 逃げるな!!!

 なんで転生した(死んだ)のかも未だに分からない。それでもこの世界の日常にかまけて私を見失うな。大丈夫、きっと出来る。


「そう、負けるな…。大丈夫」


 アスタリアの周りに紙切れが増えていく。必死に記憶の残像にすがって、有る事無い事書き出していった。断片的の出来事、記憶の中の時間軸、キャラクターの性格にルートごとの特徴。とにかく洗いざらい書き込んでは壁に貼って貼って貼って貼って貼って貼って貼って!!!!

 ずっと使い古していたペンが折れた。仕方がないので指先にインクを付けて書き殴る。爪が割れたが気にしなかった。これから起こる痛みに比べたら。死ぬんだぞ、死ぬんだ。そんなの絶対に嫌だ!

 あんな尋問誘導なんて効く訳ない。誰だって生きているんだ。自ら動かなければ証明にならない!!


 気がつけばインクは赤黒いものに変わっていて、じくじく指先が痛むと思っていたら血が滲み出ていた。慌てて治療箱を引っ張り出し消毒して包帯を巻く。白帯を見て自身のサラシが気になり、服を引っ張って確認した。部屋の片隅に置いているアスタリア関連のメモに、一つの文がある。「愛を知らない偽りの騎士」アスタリアのキャラ紹介の時のキャッチフレーズらしきものだ。

 …偽り、か。日増しに成っている自分の体を見て、尚それを必死に隠していることに気が付いた。実際、騎士団も治安が良いという訳ではないのだ。男所帯である為それ関連の不祥事もしばしば聞く。その度にリコルトが注意事項を俺に説明しに来たっけ。たまたま居合わせたオーリオもヘラヘラしながら聞いていた。そして最後にはリコルトに「で、お前誰だっけ」と聞くのだ。

 嫌だな、なんとなく。分岐先の未来をそれとなく知っている自分が酷く孤独のように思えてきた。

 厭もうそれは良い。それよりも…。


 壁にびっしりと詰められたメモ用紙。

「ディアロ」「黒魔法」「呪い」


 そして呪いから線が伸び、その先には「ロコ」という文字のメモがあった。


【エンジェル☆リング】には複数の裏設定が存在する。

 制作陣は大量の設定を生み出しキャラを作成していたが、その一部が雑誌やおまけ漫画、小説から少しずつ流出したのだ。当時はまとめサイトまで立ち上がりその人気を物語っている。キャラの生涯の中で「実は…」「本当は…」の要素が多く年表を作るのにも一苦労である。あのディアロの一件が証拠となった。

 本当に失念していた、歳が違うことも。実は拾い子ではなく教会から生み出された子であり、そもそも黒魔法のために作られた、愛情など欠片もない事情で出産された事も。そしてディアロもまたオーリオに助けられた一人。此処へ来るのもオーリオ根回し諸々だ。教会の環境は劣悪で病死する子供など毎年何百といる。見かねたオーリオがその教会諸共潰しにかかり、今に至っている。

 他の子たちは衰弱していたりもう手遅れが多かったが、一部はしっかりと保護されて各騎士団に預けられたり国公認の施設に渡っている。

 幼い頃からの実験で寿命を削り取られ、段々と体の違和感を感じながらある日突然、黒魔法実験の後遺症を暴発させて死んでしまう。しかもリコルトの前で。予兆はあれど、旧友が突如として獣のように呻きながら死ぬなんてとんでもなさすぎる。しかも本編外。


 そして黒魔法、「スルト」

 黄金の貿易が栄えると同時に発展してしまった魔法。

 本来の魔法は自身の式を宿す物と、宿主の力が干渉し発生するものである。黒以外に白や赤など色の付く名称は無いのだが、従来以上の力を放出し犠牲を伴って効果を発生させる。そしてこの魔法の最大の特徴は「人間に直接式を宿す」こと。

 本来媒体にする物は剣や杖。だが、これは人間に直接埋め込んで発動させる非人道的な秘法である。


 ここまでやっと思い出せたところで顔に光が当たり、新しい今日が生まれていた。



 ***



「リコ、リコ!!」


 久々の休暇。昼過ぎまで勉強をしていると大慌てのアスタリアがドアを叩いて名前を呼んだ。


「何だ、そんなに大急ぎで」


 アスタリアは布を抱えたまま凛々しい表情で僕を見てくる。

 リコルトはディアロとアスタリアが和解したことは知っている。ディアロ経由ではなく俺がすぐにお礼を言いに行ったのだ。秘密はしっかりと守って。


「…どうした?」

「ちょっと見てほしくて」

「見る? 俺が?」

「ああ」


 納得のいかない様子でもリコルトの部屋に招き入れてもらった。ディアロは他の騎士と一緒に外出しているのはリサーチ済み。


「リコ、ちょっと向こうの壁見ていてくれ」

「か、壁? どうして」

「悪い。お願い」


 渋々リコルトが壁に向き直る。手に持っていた布を大きく広げた。壁とにらめっこするリコルト。なんだかアスタリアが怪我をした時と少し状況が似ている様な気がして、あの時の事を思い出しながら口角が上がった。最近多忙を極めているため記憶が薄くなっていたが風呂の煙とアスタリアの…。


 だああああああああ!!!!!!


「アスタ!! まだか!!」

「良い!!」


 良い返事が聞こえそっと振り返る。アスタリアはツギハギの多い服を着ていた。

 ただし配給された私服ではなく、ひらりと裾が舞うスカートだった。


「お前…!!」


 眉を下ろし、少し笑うアスタリア。

 手でスカートの裾を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろの内側に引きもう片方の足の膝を軽く曲げる。


「どう…かな」


 呆気に取られるリコルトの表情を見た瞬間、アスタリアは吹き出した。


「なんっ…! リコなんだよその顔!! あっははっ、驚きすぎだろ!」

「おおお驚くに決まってるだろ! その服どうした」

「作った。裁縫なんて久々にやってみたけど案外イケたな。まあ裾を足しただけで、肝心の服は支給されたシャツを元にしただけだけれど…」


 くるっと一回りしたアスタリア。足元の開放感が少しくすぐったかった。それも久々の感覚。


「どうだ、ちゃんと…」

「ああ。ちゃんと女の子に見える」


 何故か赤面したままのリコルトが目を逸してアスタリアに告げた。

『いつも一緒だったはずなのに』

 両者同じ気持ちを抱えるが、どちらも違う意味なのは言わずもがな。


「それで、どうしたんだ。…騎士見習い?」

「ん、…ああ! やめるつもりは無い! ずっと此処にいたいのは決まっている」

「そうか」


 心臓の位置に手を置いたリコルトはハッとし慌ててアスタリアに向き直る。アスタリアは大切そうにスカートの解れた部分を手でいじっていた。よく見ると指先には包帯が巻かれている。


「アスタ、これどうしたんだ」

「えっ? あ、えっと指?」


 大したことはない、そう言う彼女はリコルトのセリフを遮って続けた。


「ありがとう、取り敢えずそう見えるなら良かった」

「待…、待ってくれ、一体どうするんだ」


 脱ごうとするアスタリアを制してリコルトが眉を寄せて尋ねる。掴んだ肩には無意識に力を込もっていた。


「信頼を自分で得るんだ」

「は、信頼?」

「ああ」


 躊躇いのない言葉。そして一点に冴えた瞳の光。リコルトは抱えていた疑念が一気に消し飛び、次の語彙を飲み込んだ。


「…分かった」


 アスタリアの肩から手を離す。だがそのまま、目を見たまま硬い笑みを浮かべた。


「行って来い。何かあったら言え」

「ありがとうリコ」


 また振り返ってアスタリアの着替え完了を待つ。何故こうも無防備に行動するものだ。危機感が無い…、というか、僕を信頼しきっているのだ。

 家に居た瞳が汚れきった兄弟とは大違いだった。いつも誰かの行動を批判し自分を棚に上げたり、自分を居ないものとして扱うあの愚かな兄たちとは違う。それはディアロもだ。僕に伝えてくれた、歳が違うという秘密。アスタリアには咄嗟に秘密にしてくれと言ってしまったが、お前にも伝えなければと。深夜にわざわざ僕を叩き起こしてきたのだ。


 だが、アスタリア…お前は…。


「ありがとうリコ!」


 部屋から出ていこうとするアスタリアの腕を、リコルトは無意識に掴んでいた。


「…リコ?」

「あ…っと、」


 心臓の音がやたら轟いていた。

 拘束されたように関節が動かなくなり、居心地の悪さから目をキョロキョロさせる。


「なにかあったら相談に乗るからな。気を付けろ」


 ディアロと一緒にアスタリアへ隠し事をした罪悪感もあるが、誰かに隠される事がとてつもなく寂しいコトだと本人は一番理解している。だから、せめてもの思いでアスタリアに声をかけた。


「ああ。…ありがとう」


 掴んだ手に、アスタリアがもう片方を重ねる。そのまま上下に大きく振って、硬い握手を交わした。


 __何故聞かない?


 リコルトは自問したが、アスタリアの意思を否定する事を避けた。

 彼が彼女になる時なんて一体何の大事なのか。


 …もしかして、そういう事なのかもしれない。

 嗚呼そうか。だってアスタリアは女の子だ。


「……弱虫、泣き虫…。つまらない…」


 昔兄弟に言われた言葉を思い出し何故か口から出てきた。

 無理やり聞かれる事もが嫌なことも、本人は一番知っている。


「リコ?」

「……その服、さっき先端が解れていた。僕もちょっと裁縫やったことあるから手伝う」

「本当!? 何処ら辺!?」

「いいから、道具は?」

「あ、少しなら持ってきた」

「良し、ディアロに見つかったら面倒だから早く済ませるぞ」

「…あぁ、ありがとう!」


 ***



 最近はレオンハルトの部屋に集合が多くなっていた。軽い間食をご馳走になってから庭で稽古を始めるのだ。だが入るなりアスタリアはレオンハルトとふたりきりにさせて貰うよう使用人たちに頼む。レオンハルトが了承の頷きをしてドアの閉まる音がした。


「何か用か」

「…少しだけ、あちらの絵画をご覧いただけますか? 時間になれば俺が合図します」

「わか…った?」


 何の余興かと考えながらも絵画に向いた。船が一艘何処までも広がっているはずの水上に浮かんでいるのだ。船の水面をよく見てみると浮遊しているのではなく進んでいる波紋が描かれている。

 確か俺が小さい頃に適当に選んで飾ってもらったのだ。たまに物がぶつかって焦ってしまう時もあるが。


 着替えの途中胸に付けたサラシが目に入る。もしかしたら、と一瞬考えが過ぎった。

 覚悟を決めてサラシを外す。だが残った白帯の処理に困る。一体どうしたら…と。その時一瞬使い道を見つけた。レオンハルトを盗み見る。だが彼らは時代が違うきっとバレないであろう。

 白帯を一本両手に収めた。そのまま頭にあてがい後ろで結ぶ。

 頭を数回揺すってきつさを見た。二本の舞う包帯。ハチマキにしたアスタリアは気合を込めた。


「整いました」


 アスタリアの声がして足先を回した。

 そこにはみずぼらしいツギハギ衣服に身を通したアスタリアが、挨拶の姿勢を保ったまま下を向いていた。


「改めまして、エイグロ騎士団所属。アスタリア・バルモです」


 一礼し目を向けた彼女は、剣を構えた時よりも遥かに覚悟を備えた瞳をしていた。


「そうか」


 対してレオンハルトは一切の動揺を見せない。その様子にドキリときたのはアスタリアだ。全く目の色が変わっていない。王子で有るが故に、反応の対応には気を付けなければと重視していた。だが流れる無の空気に焦りを覚える。


「それで、なんだ」


 今まで思っていたのだが、レオンハルトには謎の威圧が凄い。これが王族なのか、と腹をくくっていたが冷静さを少し欠いた今その威圧が威力を増して迫ってきている気がした。


「今日の稽古の前に、交渉に参りました」

「交渉?」


 しっかりと胸を張った。あまり成長していないため、誇張されるようシャツに綿を詰めていたがそれが少しくすぐったかった。だがそれも気に成らない緊張感でアスタリアは続ける。


「ロコ様の呪いのことです」


 一瞬、レオンハルトの眉が角度を変えた。


「それで、俺の愚弟がどうした」


 レオンハルトは絵画から離れ近場の椅子を引いて腰掛けた。足を組んで金髪をかき上げる。目にかかっていた前髪が逸れ、改めて大きな赤眼の視線がアスタリアに注がれた。


「ロコ様の噂を耳にしました。幼い頃から患っている病があると」

「否定はしない、それをここで出すのか」

「不敬を謝罪します。ですが…、私に心当たりがあります」

「それは一体どういう?」


 一息をアスタリアが吐いた。

 レオンハルトを一点に見つめながら、冷静を保つことを意識して口を動かす。


「我がエイグロ騎士団に、黒魔法の実験台となった孤児がいます。ですがかなり黒魔法の後遺症が進行していてこのままでは命が危ぶまれます」

「そいつとロコの何が関係しているんだ」

「私はロコ様の容態がどうなっているのか解ります」

「それで」

「解呪の方法を、知っています」

「……ほう」


 レオンハルトは目を伏せた。顎に手を置いて考える姿勢に入る。

 内心でアスタリアを一瞥した後、彼…いや彼女の言わんとしていることがすぐに分かった。

 助けて欲しいと告げているのだ。


 なんて傲慢だ。


 俺が何も知らないと高を括っているのか。


 伏せた目を再びアスタリアの服装に目を向ける。

 手作り感溢れる装いは急いで準備したのか、裾の縫い目が実に雑でここの新人メイドよりも下手くそであることは明白だった。継ぎ接ぎで足された布の裾。それに似合わぬ厳つい騎士団の靴。頭には謎の白布。なにもかもがチグハグで構成されたアスタリアの「覚悟」につい___。


「っく、ははははっ! あっははははっ!!!」


 突然の大笑いにびくりと肩を震わすアスタリア。「ああすまない」と言いながらもお腹を抱え口を覆う手から笑いが溢れ続けるレオンハルト。

 全く、どいつもこいつも。


「解った。事情は解った。っつ、ふふっ。…あーだが、もうそれは分かってる」

「…分かって、ん、…え?」


 アスタリアの反応に余計にツボに入るレオンハルト。ひとしきり爆笑した後、呼吸を整えながら彼は説明し始めた。


「そいつから自己申告があったんだよ。俺は呪いの子だってな」

「そいつって、ディアロ…?」

「ああそうだ。戸籍を辿ったら黒い黒い。最終的には国が恐れた大罪人が釣れた事には驚いた。すごいなお前の団、なんて場所だ」

「…ああ、だからディアロは…」

「あいつ結構歳が上だったんだな。親の借金が今まで正式に課されなかったのもそれのお陰だな、年齢がギリギリ届いていない設定がされていた」

「…虚偽の申請をしていたのですか」

「ああ。お前の師匠って奴が」

「オーリオが!」


 きっとディアロを助けた時だ。あいつはここまで知っていてこうしたのか。


「アスタ聞いていなかったのか。へえ、じゃあこうして今この場に居られるのも根回の結果って知らないか」

「…え?」

「全く、尽くやるなアイツは。だから野生の塊のような大人は信頼出来ないんだ」

「待って下さい、一体…」

「俺を利用したんだよ、大方お前が将来あんな騎士団に居なくてもいいようにな。ったく王族に媚びでも売っておけと言われたのかと思ってたんだが」

「オーリオが…?」

「リルとエルに頼んだんだろ。俺が気付いてるって知らないだろうなあの二人は、……多分」


 よく分からない気持ちがこみ上げてくる。鈍い熱が全身を回り、裾を強く握った。


「オーリオはお前が女ってこともリルとエルに伝えていた」

「えっ」

「あいつは俺の直属だ。意味が分かるか」

「………」



 絶対的忠義を持ち、騎士は命すらも厭わない。…「主君」以外。

 且つレオンハルトは王族。対面した場合のリスクを減らすために、騎士はどんな些細な情報も。


「その装いを見た瞬間、やっと真のともだちになってくれたんだと感動したんだがな」


 レオンハルトは椅子から立ち上がり、アスタリアの目に溜まった涙を指で掬い取った。


「似合っている。頭のソレもな」

「…覚悟の、印のようなものです」

「全くもって堅苦しいな」

「そうですかね…」


 レオンハルトがハチマキを解いて元の白帯に戻した。それをアスタリアの手首に巻き、自身の部位にも同様に巻く。そのままアスタリアの前でひざまずくと手の甲にキスを落とした。


「レ、レオ!」

「お、マジか。じゃあもう一回」

「ちょっと…!」


 引き抜こうとするが、巻かれた白帯がそれを拒む。一驚したアスタリアはバランスを崩した。


「落ち着け」

「……すみません」


 手足をバタバタさせるアスタリアにレオンハルトは身を寄せて包んだ。一回り小さいアスタリアはすっぽりと包み込まれてしまう。ふと服の隙間から見えた背の肌には生々しい傷があった。アスタリアは顔を少し赤くさせながらレオンハルトの抱擁を受け入れている。

 そっと離れた時、「すまない」と詫びを入れた。何故かと聞くアスタリアにレオンハルトが若干の翳りを見せて尋ねた。


「背に傷が見えた。獣の様な傷跡だった」


「ああ」と声を上げたアスタリア。何故か彼女は笑みを浮かべた。


「お聞きでしょうが、紅い月の頃に戦った傷です。オーリオため…と言ったら弁えろと叱咤されそうですが」

「…そうだったか」


 レオンハルトはアスタリアの背に手をかけて優しく撫でた。「まだ痛いか?」と聞くと「完治しているはずです。仲間のお陰で」と答えた。

 レオンハルトは再びアスタリアと距離を取ると、先程の話を脳内で整理した後伝えた。


「ディアロの件はもういい。黒魔法は国が解決せねばいけない問題だ。あいつの借金はどうしようか迷うところだが…」

「…俺が、肩代わり出来ませんでしょうか」

「…は?」


 会話をしたお陰でリラックスしたのか背筋を伸ばしたアスタリアは手を前で組んだまま請うた。


「ディアロの治療をロコ様の解呪。ディアロの借金を私に肩代わりを条件にと思います」

「何故だ。彼が元気になれば…」

「ディアロには、妹が居るんです」


 今度はレオンハルトが息を呑んだ。


「同じ様に実験台にされた実の妹がいます」


 エルリン裏設定、ディアロ編。最愛の妹の為彼は騎士になることを諦め、騎士団を辞めて妹を迎えに行こうとした。踏みにじられた幸せを手にするために。

 彼の記憶にはうっすらと面影はあったのだ。だが黒魔法のせいで過去は靄に包まれ奥底に閉じ込められる。後遺症として封じられたはずの記憶は蘇り、自分は悠々と生きている事に罪悪感を覚えたディアロの決断。


 そんな事になるのなら、私が。

 ごめんねアスタリア。あなたの人生のはずなのにね。



「分かった」



 レオンハルトの低い声が轟いた。就職の場が一体どんな所であろうと、人間の尊厳さえあれば厭わないつもりだ。ぐっと覚悟を込めてレオンハルトに顔を見せる。だが彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、近くから模造剣を取り出した。


「そこに直れ! アスタリア・バルモ!」


 声を張り上げスカートの騎士を呼んだ。

 アスタリアは反射で片膝を床に付けひれ伏す。騎士団での特訓に体がもう染み付き始めていた。


「なんだ、十二分に騎士じゃないか」


 レオンハルトが、大股でアスタリアに寄っていく。

 そのまま剣先をアスタリアの真隣に添えると、気が緩んだように笑った。


「俺の国の騎士団からそんな覚悟で辞められる訳にはいかない。表を上げろアスタ」


 不安の表情を浮かべたまま、アスタリアはレオンハルトを見据えた。

 彼はなんだか楽しそうに口角を上げている。


「俺専用の騎士に成れ、アスタリア・バルモ。今直ぐにだ」

「…それは、どういう」

「金なら工面どころか溢れるほど父上から頂いている。これも民のお陰だ。皆地方の子供や老人に工面しているが、ここにもそういう輩がいるのなら、それは」


 嗚呼、とアスタリアの口から声に鳴らない悲鳴が溢れた。


「お前の手で稼げアスタ。レオンハルトの元で」


 アスタリアに、新品の同様綺麗に光った剣をレオンハルトが差し出す。恭しく受け取ったアスタリアは刃に反射する泣きそうな自分の顔を見た。将来が不安だったのはディアロだけではなかった。


「痛み入ります。この恩、騎士として忠義を尽くしてお返し致します」


 ヒラと舞う裾を持ち上げ、作法は正しいが騎士として大間違いの挨拶をアスタリアは堂々と行った。

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