5話
「話ってのは良い方だ、アスタリア」
差し出された書類を受け取ると、細かい説明文が多く羅列している。目をしばたかせ必死に読んでいると、正装に着替えて正門へ向かうようアスタリアを部屋から出した。退室途中ディアロから「追放状かあ?」と馬鹿にされたので足先を踏みつけた。
アイタ、と声を上げるディアロに団長が向き直る。
「お前には二つ要件がある」
「おお、厳かな顔だ」
「あまり馬鹿にするな。いいか、よく聞けよ」
一つ目は期待以上の良い話題だった。これはあの二人に自慢が出来る。ディアロはわくわくを胸いっぱいにして歓喜の声を上げた。
「それで、これは俺の杞憂なんだがな」
「え?」
団長は、ディアロに優しく問うた。
そのやり取りをなんとか盗み聞こうと、決して薄くない壁にアスタリアは必死に耳をこすりつけて眉間にシワを寄せる。なにかがぼやぼやと聞こえる程度で、全くさっぱり分からない。ただ、ディアロの甲高いあの声が聞こえない。
時が迫ってきているのだ。
ディアロが死ぬ、その時が。
「アスタ!!」
「ひぃっ!?!?」
咄嗟に振り返ればそこにはリコルトが居た。
「なんだリコか、驚かすなよ…」
「いや…、その姿勢はなんだ」
壁に手をつき明らかに泥棒のような体勢を保っているアスタリア。誰がどう見ても怪しい。
「なんでもない、ディアロがうるさかったから」
「はぁ? いや、それよりも団長の話は終わったのか?」
「あ、うん。確か正門に行けって…」
「正門?」
「ああ。これを渡されて」
リコルトに書類を手渡すと、アスタリアの自室に移動しながら器用に読んでいく。まだ勉強をしていても、なかなかに読めるようにならない。部屋にはかなりの勉強本が積まれており、どれも使い古されていた。前アスタリアなら余裕だっただろうか。
「アスタ、これ…」
「ん?」
「早く! 正門に向かうぞ!」
「えっ」
リコルトがアスタリアの手を引き、部屋まで走行する。あまりに唐突でリコらしくないと思ったアスタリアは腕を引っ張ってみるが、彼は焦っているようで腕を握る力は強い。
「本当にどうしたんだ」
「さっき聞かれたんだ、団員に。お前を探している人がいるって」
「俺を?」
「正門に王族の印入りの馬車が来てる。子供を預かりに来たって」
「待って、なにがだ」
「アスタリア・バルモ。お前だ、って!」
「俺ぇ??」
クローゼットから騎士団支給の正装を取り出して着替える。一般家庭にもそれなりにあるはずなのだが所属しているのは騎士団。特別に国経由から資金を出し、孤児支援という名目で買って頂いた一張羅だ。取り扱いには要注意。
慣れない手付きで最後のベルトを締める。部屋の外で待っていたリコルトは、何故か顔色が悪い。
「お前、城から招集きてるぞ」
何がどうなっているのか理解出来ず、混乱の最中リコルトは掻い摘んで書類の明記内容を説明してくれた。
「なんか王子の相手みたいだな…。騎士団の候補の中から選ばれたって。どうするアスタ、お前王子の付き人になるのか?」
「何も聞いてない。この紙切れしか貰ってない」
「団長は…お前の本当を知ってるんだよな?」
「……知ってる」
動揺を隠せない。だってあまりにも原作とは大違いなのだ。特に時期。オーリオが死んだ後、訓練・鍛錬・筋トレ・自主練に明け暮れたアスタリアはその実力を買われ、学園入学直前に王子の護衛騎士になるはずなのに。
でも、「実力」を出せていない今。
実力………?
…まさか……。
「アスタ、この推薦団長とオーリオだぞ!」
「…嘘」
あの事件以降療養なんて言ってずーっと自分の時間を過ごし、ずーっと休みっぱなしだったあのオーリオが。やけに部屋が書類で埋まってきたなと思ったら、これも紛れていたのか。
「何故どうして…」
「栄誉な事じゃないか。騎士、だったら」
「ああ…。本物確認ありがとう…」
「いやっ、もうお前は立派な騎士だ」
「まあ知ってる二人が差し出したんだ」
「そう、だからある程度安心しても…」
「逆に怒られてこいってことかもな、本物じゃないって」
「何も悪いことしてないだろ。自信持って接待してこい」
「ああ…」
騎士団の入団条件は「健全な男児・男性が好ましい」だ。リコルトの知識を頼りに、国家管理されている機関に逆らったことでもないと確認できた。ただ、前例が皆無なだけで。
「あ。てか俺王子の名前知らない」
「おまっ…、嘘だろ」
「オーリオに言ってくれ、あいつすぐに人の名前忘れるんだ」
「俺もディアロもまだ覚えて貰ってないもんな」
王子は二人いる。どちらも同じ年齢で所謂双子である。だが血は繋がっていない。
「レオンハルト・エイギリア」「ロコ・エイギリア」
ロコとレオンハルトは腹違いの双子とされている。レオンハルトには前から騎士道に興味があるとの噂が流れており、もう剣を学び腕を磨いているらしい。ロコはあまり外に出ず引っ込み思案との話。あまり良くない話もちらほらと点在する。
「でもお前、思ったことすぐに出るからロコ様のことは何も言わない方がいいだろ」
「だな。助かる」
乙女ゲームのこともずっと考えていたら口に出してしまいそうだ。
「エルリン」の顔であり(パッケージには居ない)最高難易度を誇る、この国エイギリアの第二王子「レオンハルト」。きつい口調や捻れた性格を持つ彼のギャップ威力は底知れず、ファン数が最も多い。いつもはレオ様と呼称されている事もしばしば。
だが問題は「ロコ」だ。彼はキャラの中でもダントツにまずい。
中庭に出ると野次の団員が多くなってきた。実際は建物から顔を出しているだけで、外からは見えないように隠れて様子を見物している。馬車の前には若い男性が二人。誰かの到着を待っているようだった。
「あれって俺かな…」
「さっきからそう言ってるだろ」
まだ夢でありますように。
そんな淡い期待を胸に、アスタリアは壁に隠れた。
「おいチビ、隠れるな。行くぞ」
「アレはなかなかに勇気いるだろ」
「いいから。敵陣に突っ込む覚悟で」
「負け戦じゃないかあれは」
「なぁにが負け戦だ馬鹿野郎」
「いっ!?」
ひょいっと体が宙に浮かんだ。骨格がゴツゴツした手で肋の痛い所を思い切り掴んでくる。この運び方をする人物は一人しかいない。
「オッ…オーリオ…っ」
「王族の坊っちゃんが待ってんだ。早く行け」
「待って、お前が推薦したってどういうことだよっ」
「お、文字読めたのか。えらいなぁ〜〜」
「いいから下ろせ!」
「はいはい。おら」
いつの間にかリコルトは居なくなっていた。呆気なく見放され半べそをかくアスタリア。
馬車まで連れてこられたアスタリアは若い男たちに肩をそれぞれ掴まれる。そのままオーリオは声をかけた。
「手間かけたな。頼んだ」
「活きのいいお荷物ですね」
「鮮度そのままお届けしますね」
ぐっと観念したアスタリアを二人は苦笑しながら見ていた。盗み見するが、違和感がする。
どこかで…?
「アスタリア・バルモさん。では乗りましょうか」
「お城で待っています。行きましょうか」
「は、はい…」
団の馬車とは比べ物にならない高さの馬車だ。装飾も物凄い。乗り込むと馬が意気揚々と馬車を引っ張っていく。窓を覗くと、オーリオはもう背を向けて帰っている。
その背が、なんだか懐かしかった。
「オーリオ…」
「相変わらずだなぁあの人は」
「変わらず無愛想ですね」
迎えの二人は過去を慈しむように言った。関係を問おうとした瞬間、アスタの名を呼ぶ声が聞こえる。
身を乗り出してみると宿舎の屋根の上で手を振る、いつもの二人がいた。
「リコ! ディアロ!」
一時的な招集、とリコルト自身朗読していたのにも関わらず、今生の別れのような送り方だ。大袈裟だなと苦笑しながらも手を振り返す。だがディアロの様子が明らかにおかしい。なんだが顔くっしゃくしゃだし、何かが光っている。あれ涙?まさか、ここを出ていくと勘違いしているのか。と思ったがその通りらしかった。背後にいるリコの目が禍々しく光っているからである。心当たりと言えば今朝のアレしかない。
まさか、ディアロに早速やり返したのか…。帰ってくるのが楽しみになったアスタリアだった。
馬車に揺られながらアスタリアは考えた。
次はディアロが危ない。なにせ彼は「本編に登場しないキャラクター」つまりオーリオのように番外編のどこかで退場している。原因は病死。目から起こる魔力関連の病気で、症状が見られた瞬間即座に治療を行わないと生死に関わってしまう。
そしてディアロが死んだらリコの<パーセンテージ>が溜まり、<危険度>が上がる。
危険度。
『エルリン』本編においての最重要的要素。そして売り。
人間生きているうちは何かしらのトラウマを抱えて生きている。だがこの世界の彼らはその爆弾がとてつもなく重いし苦しい。魔力は脳と心を酷使して使用する高等技術であり、この世界の人間はそれが当たり前なのだ。騎士団にいる場合あまり触れる機会は無いが。
よって魔力の反動も心と脳に。そしてそれは思春期の彼らにとってとてつもなく大きい代償となる。
パーセンテージが一定に達した時、又はとある条件を達成した場合。
「キャラクターが闇落ち」し街中に甚大なる被害をもたらすのだ。
本編然り番外編然り、何度も言うが一歩間違えれば容赦なく死が待ち受ける。そしてもれなくアスタリアは哀しい道を歩くことになるのだ。そんな負の連鎖は御免だ。なんとしても物悲しい結末は避けたい。
知っているということは対策のしがいはある。それが本当に正解なのかは別として。今は原作と違った展開になってしまっているが、最初のミッションオーリオを救うことが出来た。
自信を持てアスタリア…!
これから、これからなのだ。闇落ちに関係のないオーリオを救ったところでアスタリアの不遇エンドを回避出来る訳ではない。
因みに原作では、ディアロとリコルトは二人で一つの最強コンビ。宿舎に来て寂しい気持ちを二人で乗り越えた矢先。突如として親友の病死。襲撃事件の次はディアロ…。
…もしかして。
あの時、倉庫でディアロとアスタリアが邂逅したのは原作通りだったのだろうか。
もしあの時アスタリアはディアロと少し仲良くなったのなら。そんな人達が立て続けに亡くなってしまったのだ。リコルトが冷たい騎士になったのも、アスタリアが人との接触を避けるようになったのも。きっとここが発端になっていたのかもしれない。
リコルトが闇落ちを発動した場合、過去に救えなかったディアロの幻覚を見る。じゃあディアロを救えばリコルトも救える。一石二鳥…、とまで言ったら不謹慎かもしれないが、大切な人を亡くしたくない気持ちは強い。でも一体どうすれば…。
「大丈夫ですか? 酔ってしまいましたか」
「一旦止めて、風にあたりますか?」
「あ、いいえ。少し考え事をしていて」
「そうですか。てっきり緊張しているのかと」
「無理ない。突然お呼びだてしてしまいました」
「お気遣いありがとうございます」
お辞儀をしながら礼を言うと、二人は目をしばたかせる。
「驚いた。オーリオの弟子なのにこんなにお行儀が良いなんて」
「すまない。少し吃驚してしまった。きっと騎士団の雰囲気が良いからだろう」
今の会話でオーリオの評価は案の定だった。だがそれに関してどうしても気になってしまった。
「あの…、オーリオとお知り合いなのですか?」
言葉遣いも完璧だな、とおう褒め言葉の後二人は答えてくれた。
「私達はオーリオと戦っていたんですよ」
「昔内乱があったでしょう? まだ若かったなあ」
「騎士団として…ですか?」
「騎士という名目では無かったですね」
「そういう感じです」
「ありがとうございます」
なんとなく掴めた気がするが、内容がなかなかに入ってこない。
この二人の容姿が本当に瓜二つなのだ。ただ一つ違うのが前髪の分け目が左右対称であること。見えている目も同じ白色をしている。
「気になりますよね」
「えっ」
「本当に似ていて驚きますよね」
ふふ、と笑う仕草も完全にリンクしている。
「す、すみません!…」
「いいえいいえ」
「慣れてますので」
「一応自己紹介しておきましょう」という片割れの言葉で、まずは右目の見えている人が手を挙げた。
「髪を左に下ろして、右目が見えている方はリル・ルミリエです」
「そして逆の右。左目の見えているのがエル・ルミリエです」
「「以後お見知りおきを」」
慌ててアスタリアも姿勢を整えた。
「お、わっ、私はエイグロ騎士団所属のアスタリア・バルモです! 見習いなのに先に名乗らずすみません!」
「あぁいえいえ。私達も同じ様な位ですから」
「王子の前も、そんなに畏まらなくて大丈夫ですからね」
「はいっ…」
心構えも禄に出来ず、馬車は城下へと移動していく。
すると城の一角が顕になった。エイギリアは黄金の採掘が多く昔は金貨の代わりに取引されていたらしい。特産品にも恵まれながら発展を続け、隣国よりも土地は少ないが独自の文明を築き上げてきたのだ。黄金の存在によって戦になることを危惧した王族は一時期国交を封鎖するも、内乱を乗り越えた今、平和を守ろうと隣国との関係も友好に保っている。(以下全てリコルト情報)
城にはエイギリア特産の黄金を加工した輪などが塔の継目にはめ込まれており、白と青で統一された綺麗な造りだった。




