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4話

 まずい。

 兎にも角にもまずい状況になってしまった。


 凝固した血と泥でボロボロの衣類を脱がされ、目の前には湯の張った桶。リコルトが忙しそうに治療道具を探している時咄嗟に身を覆えるほどのタオルを持ってこられたはいいが、胸に巻くサラシはどう説明すればいいのか分からない。あれこれ悩み、桶に足だけ突っ込んで棒立ちする。切れた箇所が痛むがさっさと体の汚れを落としたいのも本心だった。


「…オーリオぉ〜〜〜…」


(><)の目になったまま育ての親の名をか細く叫ぶ。彼も今は大変な状況なのだろうか。

 こちらもある意味大事件。戦闘時とは違う涙が出た。


「アスタリア! なにしてるんだ、早く」


 とうとうリコルトが濡れタオルを持参して浴室に入ってきた。全身ぐるぐる巻きのタオルを見るなり、端を掴んで引っ剥がそうと力を入れる。慌ててアスタリアは抵抗し、リコルトに背を向ける。


「早く汚れを落とさないと悪いものが傷から入る。そしたらもう騎士になんてなれないぞ」

「あぁ、分かってる、分かってるけど…」

「なら早く、治療なら僕が出来るし団長から許可は貰った」


 団長ぉ〜〜〜〜。俺の正体把握しているくせに〜〜〜。


「…リコルト…」

「リコでいい。ほら早く」

「リコ」

「なんだ」

「ええと、いや…えっと…」

「どうした? もしかしてどこか痛むのか?」

「……大丈夫大丈夫…」

「アスタリア?」


 ブツブツ独り言を繰り返すのは、実際怖いし自分に言い聞かせているのだ。もう良い、と覚悟を決め目をぎゅっと瞑りタオルを剥ぐように脱ぐ。


「ちょっと待ってろ、確か包帯と薬草から加工したものが…。傷は浅そうだが多いって団長が、だから傷口あたりを僕が洗うから…」


 背を向けながら、上裸の状態にまでタオルを下げた。

 胸部に巻かれた白帯が目に入り、リコルトの言葉が止まる。


「その、そういう訳だけど…。頼んだぁっ!!」

「…は」


 ふっくらとだが有るアスタリアを見て、リコルトの悲鳴にならない叫びが木霊した。



 数分後。ズレた眼鏡を直しながら、リコルトはアスタリアの生々しい傷口を労るような手付きで清潔にしていた。アスタリアはしっかりタオルを抱えたまま、リコルトは傷のみを見るようにしていた。浴槽の近くには赤で染まったサラシが置いてある。

 アスタリア自身も汚れを落としながら(たまにリコルトが風呂場から出ていったり)すっかり綺麗になった頃、傷を消毒し始める。


「いって…」

「…初対面でこんなこと言うのもおかしい気がするけど…、結構無茶するんだな。ナイフ盗んだりまでして」

「持つ武器は多い方がいいって、冷静になってみたら単純な思考だったって思うよ」

「でもまあ、助かったんなら良かった」


 心優しい言葉に嬉しさと安心感が増す。まだ緊張している神経がほぐれていく。


「リコ! ありが…」

「今向くなッ!!」


 つい嬉しくて伝えようと振り返ったが、コンマ秒の速さで肩を掴まれ止められる。


「あ、ご、ごめん。だよな」


 泡だらけの手では眼鏡を触れないので、なんとか手首で位置を直す。ため息をつかれた後声をかけられ、上から湯をかけて汚れを吸った泡を洗い流していく。


「…このこと、ディアロは知ってるのか?」

「知らないと思う」

「そうか…」


 最後までリコルトの相槌が終わらないうちに、ドタドタと大きな足音がする。吃驚したと反応する前に、戸が思い切り開けられた。


「リコォー!! ご所望のやつぅ!!!」

「わーーーッやめろバカ!! 急にドア開けるんじゃない!!!」


 意気揚々と薬草と他の荷物を腕いっぱいに抱えるディアロ。ドヤ顔で入ってきた彼にバレまいと、リコルトはアスタリアを背で隠す。


「持ってきたってば」

「じゃあそこに!! あと、ええと、ああ! オーリオさんの様子見てきてくれ!!」

「手伝おうかと思ったけど」

「見て!! 来て!! くれ!!」

「はいはあい」


 怒涛の会話で追い返し、リコルトは眼鏡を触りながら帰ってこないことを確認した。


「リコ、…ありがとう…」

「怪我人にあれだけ勢いよく声かけるとか、アイツほんと凄いよな」

「ははは…、…確かに」


 薬草を全身の傷口に塗っていく。ガーゼを当て、浅い所は卵黄と油で作った液体を塗る。


「これで大丈夫か?」

「すごいな。リコは治療できるんだ」

「まあ家に居た時は暇だったし、医学書も沢山あったから」

「ありがとう。もう治った気がするな」

「そんな即効性無い」


 リコルトが見張っている間下着に着替えたアスタリアが椅子から立ち上がろうとした瞬間、アスタリアを覆っていた布ごとリコルトが持ち上げた。


「いや、近くだし歩ける…」

「無理するな」


 そのまま更衣場所に移動し、そっとアスタリアを下ろす。

 籠に入っていた服を被せるように渡す。


「ディアロが持ってきてくれた。これに着替えてくれ」


 リコルトはずっと見ない様にアスタリアを気遣ってくれている。

 さっきの浴場に戻ると、流した泥が残った床を掃除し始めた。


「ありがとう、何から何まで」

「怪我人は怪我を治すことが最大の恩返し、って兄さんが言ってた。早く着替えろ、もう夜だし冷える」

「ああ」


 あまり意識をそちらにいかないよう、ブラシをいつもより強く握る。家にいたときは床もそこそこ高級品で傷付けるのに抵抗があったが、そんな気遣いなど何処かに飛んでいってしまっている。

 アスタリアの「もういいぞ」が聞こえた辺り、丁度掃除も終わった。


「これさあ…、誰の?」


 出てきたアスタリアの袖は余りまくり、かろうじて半ズボンを着衣しているのが見えるぐらいの丈になってしまっていた。


「…確か、ディア…」

「おおーい!! オーリオさん無事だってぇ!!」

「うわああああッ!!」


 一驚して悲鳴を上げたのは意外にもリコルトだった。またアスタリアを背で隠す。


「命に別状は無いってサ。探し回って別棟行ってきた俺に感謝しろよ〜。あー疲れた」

「分かった、分かったありがとう。それで、アスタリアの服持ってきたのはお前か?」

「うん。アスタ、どこの号室か分かんなかったし」

「アスタって…。馴れ馴れしいぞ」

「いいだろぉ、俺たち同年代らしいから。団長から色々聞いた」

「お前なぁ。あ…、アスタリア悪いな。うるさくして…」


 振り返った先にはアスタリアが居なかった。だが視界を落とすと、アスタリアはしゃがんだまま体を小さくまるめていた。二人が傍に駆け寄り「どうした」「体痛い?!」と声をかける。ちゃんと聞こえているのかアスタリアは頭を横に振って否定を伝えた。どこか苦痛が伴っている訳では無いらしい。

 リコルトが背をさする。しばらく無音の後、ポツリと声が聞こえた。


「………よかった…」


 現場は惨状。邪悪なものが混沌とし、なにかの亡骸が大量に落ちていた。

 人だったもの、変な閃光で融けたもの。浄化された獣。あそこが回復するにはしばらく時間を要するだろう。思い出すと背筋が凍る場で、一体何が起こったのか。

 ナイフを懇願するアスタリア。そのまま馬に乗って消えた。もしかしたら、あの背を最後に今生の別れになっていたのかもしれなかったのだ。


「大丈夫」


 リコルトはそっと声をかけると、アスタリアを先程運んだように抱えた。


「り、りこっ…」

「行くぞ、休むんだ」

「おーっ、なになに」

「悪いディアロ、道具諸々片付けておいてくれ」

「はえーっ、人使い荒いぞ貴族サマ」

「ア、レ、班長にチクるぞ」

「げっ。俺苦手なんだよ班長。お前みたいに眼鏡かけてるし上から目線でムカつくし」

「いいから、どうせ俺も道連れなんだろ! 頼んだ!」


 深夜で冷えた廊下に出た。幸いアスタリアの体は馬で運んだ時よりも温かい。


「うるさくて悪いな」

「いいや、ぜんぜん…」


 ある部屋で立ち止まると、鍵すらもかかっていなかった。ディアロはいつもこうだ、部屋の鍵を予備として多めに持たせて貰っているのに。かけるという概念すら無いかもしれない。もしかしたらもう鍵の存在自体すらも…。


「ここは?」

「俺たちの部屋だ。今日はここに寝泊まれ」

「…え?」

「何かあったら駄目だろ。どこか打ったなら後々症状が出るかもしれない」

「え、えええ…」

「大丈夫だ、僕は…」


 言いかけた途端、先刻の風呂場の映像がフラッシュバックする。

 肌が見えるアスタリア。胸には白い帯……。


「僕は何もしないからッ!!!」

「お、おう…」


 そういえば、と部屋に入りながらリコルトはアスタリアに問う。


「あの、胸に巻いてたやつ…」

「あぁ、あれか」

「そういえば汚れてたよな? 替えとかって」

「あ、あぁえっとな、非常用にバッグに入れてあって着替えた時に付け替えた! だから全然、大丈夫だから」

「そ、そうか…」


 わたわたと喋るアスタリアに、若干気まずくなりながらも確認が出来た。困っていなければ大丈夫。


「……」

「……」


 だがディアロを片付けに残したことを後悔し始めていた。


 ***


「はぁーあ今帰りましたよっと」

「すまない、ありがとう」

「お前そんな素直だっけ? まいっか。貸しな!」

「悪戯の口止め料でチャラだ」

「くっそ、足元見やがって…。あれっ、アスタじゃん! ここで寝るのか!? ようこそ俺たちの拠点へ!!」

「もう夜遅いんだ。うるさくするなよ」

「二人とも悪い。やっぱ俺はお邪魔な気が…」


 そそくさとベッドから降りようとするアスタリア。だが挟むように二人が寝転ぶ。


「ちょ、っと…」

「ディアロ、お前ベッド向かいだろ。何こっち来てるんだ」

「やぁっと同僚の騎士見習いが全員揃ったんだ! 寝床は狭く、仲良く、睡眠!」


 しばらく場所取りで言い争った後、三人は睡魔に襲われる。最初に瞼を閉じたのはアスタリアだ。すぐに寝息が両者に聞こえる。それを確認したあと、静かにとディアロに釘を刺し目を閉じる。ディアロはずっと「三人で騎士隊の精鋭!」「いいバランスかもな俺たち」と意気揚々に妄想を語っていたが、リコルトよりも早く眠りにつく。それを見てため息をつく眼鏡男子も、やがて寝息をたて始める。。


 三人お互いくっつきながら、忙しい夜を越した。


 ***


「んで? どうする」

「メコノの湖ら辺は駄目だなぁ。花粉がすごい」

「うわー俺花粉ムリムリ。じゃあ先行ったところの花畑?」

「かもな。あそこなら小さい花もあるし」


 アスタリアとディアロは早急に会話をまとめると。ニヤリと顔を合わせる。それを合図に一斉に駆け出し、木々を颯爽と避け、軽やかな足取りで目的地へと走る。

 最後の草むらを抜けた瞬間、二人の目の前にはまだ時期の速い狂花が乱れ咲いていた。風が吹けば花弁が舞い、まるで別世界のような景色だ。


「おおーっ!! 咲いてるなぁ」

「そうか、もうすぐ芽吹きの祭りがあるもんな」

「アスタ今年は行く?」

「やめとく。移動長いし、オーリオも乗り気じゃない」


 しばらく花嵐の風を感じながら、二人は異様な美しさを堪能した。



 汗を布で拭い、日課の鍛錬を終えるリコルト。

 アスタリアが回復して数ヶ月。オーリオも無事現役として騎士に復帰できることが出来たことを団員伝いの噂で聞いた。アスタリアに聞こうとしたが、最近あまり会っていない話をこの前された。そのオーリオを守り通そうとしたアスタリアを見て、自分も強くなろうと決意したリコルト。

 稽古の休憩に入る。模造剣からグレードアップした訓練用の剣を置くと、水筒に溜めていた水を飲み干す。次の稽古のプランは何だったと思い出していると、なにやら正門あたりが騒がしい。

 様子を見に行こうとしたが、以前大騒ぎしている場に駆けつけると、何処の令嬢の顔が好みか大の大人たちが大騒ぎしていた。思い出した途端興味が失せ、そのまま踵を返す。


 部屋に戻り鍵を穴に差し込む。当たり前のように鍵がかかっていない。

 はぁっとため息をついてそのままドアを引く。すると隙間から数枚の花弁が足元へ落ちてきた。


「…ん」


 いつも(主にリコルトが)朝掃除をしているが、今朝方こんな花は見ていない。まさか、と勢いよくドアを開ける。すると部屋一面に、花束がぎっしりと敷き詰められていた。

 といってもリコルトが生活しているスペースのみ、机、椅子、棚、家具にびっしりと。二人部屋のもうひとりの主、同室人であるディアロのスペースには全く何も、花びら一つ飾られていない。


「………」


 二人がアスタと呼び始めて数ヶ月。

 アスタがリコと呼び始めて数ヶ月。

 リコルトの周りには悪戯が頻発していた。


「何してんだっ…、ディアロッ!!!アスタァーーーーーッッ!!!!」



 ***



「怒ってるかなぁ」

「花だぜ。前の蛇の抜け殻のビックリ箱よりはマシ」

「まあそうだな」


 一方のんきに結果を予想していた二人は、団長に呼び出されていた。リコルトに悪戯を企んだのはついさっきのこと。今回は怒られないと踏んでいる二人は余裕の表情だった。


「もし説教だったら?」

「俺まだ傷が痛いって言おう」

「なんだよアスタ、騎士じゃないなぁ」

「すぐに仲間を悪事に巻き込もうとするディアロは、刑罰どれくらいなんだろうな」

「じゃあ仲間を売って軽くしてもらお」

「酷い騎士だな」


 宿舎棟では全く見ない、厳つい装飾の扉をノックする。「入れ」と低い声が聞こえた。


「失礼します」

「まーす」


 中は質素な書斎。奥のデスクにて団長が書類を整理していた。


「来たな。そういえば、さっき窓際にいたらリコルトの声がしたんだが、お前らまた何かしたんじゃないだろうな」


 苦笑を浮かべて疑ってくる団長を、アスタリアは平然と否定した。


「いいえ。多分眼鏡のレンズが弾け飛ぶぐらい嬉しい事があったんじゃないでしょうか」

「すごいんすよ、パリィーンって」

「仲が良いのは喜ばしいが、可愛い悪事もほどほどにしておけよ。やり過ぎは何事も良くないからな」


 と言いつつ、団長はお転婆な悪行に色々目を瞑ってくれているのだ。脱走のような行為をしても、門限を破らなければ目が合っても溜息をつかれ反省文を書かされるぐらいで。寛容で温厚、過去にオーリオと共に戦場で共闘し、高い評価を受けこの騎士団の団長になったのだ。部下からの信頼も厚い。アスタリアたちも日々信仰している。


「今回お前たちを呼んだのは、まあ別件だが喜ばしい事だ」

「なんですか!? 俺たち王族とか偉いところの騎士団に転属とか!?」


 キラキラに欲望を語るディアロを、呆れ顔のアスタリアは眺めた。


「どうしてそんな突拍子もない事になるんだ。またまともに訓練を受けていないだろう」

「そんな年齢にこだわりますかぁ? 俺たちなら早く始めてもいいと思いますけれど」

「規則は規則。そもそも此処は西極地の第五、「エイグロ騎士団」だぞ。トップって言ったらお前」

「第一騎士団、「オリス」!! 王家の戦士と名高い、ちょうちょう有名エリートトップ集団!」

「お前にはまだ荷が重いだろディアロ」

「俺は余裕ですよ?」

「第五騎士団長の胃が痛くなるんだ」


 ハァ、と溜息をつく団長。二人を一瞥すると腕組みをした後、コホンと咳を一つ。


「確かにお前たちはこれから入ってくる団員隊よりも騎士とはなんたるやに触れている。でもこれからお前たちは基礎を学んで学校か訓練校を選ぶことになるだろう。学校はお前らの階級じゃあ推薦が無いと難しいかもしれないが。でも今は素振りや軽い知識だが、専門知識も魔法の学びも入ってくる。だから年齢の前に己の意識を高めて…」

「ああこれ、ゾーン入ったな」


 ディアロが明後日の方向を見ながら弱々しくアスタリアへこぼした。うん、と返事しながらアスタリアはムズムズする足をこすった。団長の話が終わったのは唐突で、二人が夢の世界へ入っているのに気付いたからだ。「とにかく!」と大声を出すと、花ちょうちんが二つパンと割れた。

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