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2話

 ***



「腰落とせ! もっとだ!」


 宿舎外れの森の中で、アスタリアは模造剣を巨木に打ち付けていた。


「流すように斬れ。じゃないと致命傷にならない」

「はいっ…!」


 オーリオに拾われてからある程度の筋トレや自主トレを行っていたらいいが、まだ模造剣を満足に振れる体力はない。オーリオは特別に、アスタリア専用の訓練メニューを考えてくれていた。特に剣捌きを徹底すると明言してから、太刀の流れを頻繁に注意されるようになる。



「ったく稽古初日は野菜を喉に詰まらせてどうなるかと思ったが」

「オーリオが騒ぎすぎだろ、アレは」

「お前が必死こいて水水叫ぶから何事かぁって言ってだけだろ。親切心だバカ弟子」

「いいから、続き教えてくれ」

「ピクルスの飲み込み方?」

「剣! 使い方!」

「へいへい」


 オーリオは決して真面目な騎士ではなく、模範から一番遠かった。

 集会に遅刻するわ、連絡の伝達は忘れるわ。朝練も一緒に起床するがぐずぐずとベッドの中で粘り、結局初めの素振り練習の途中から参加する。欠伸をするオーリオを睨むと、「昔は違ったんだぞぉ」とおちゃらけてくる。何の言い訳なのか。

 今日の朝練の終了時間に近付く。とりあえず今日も朝の復習を、自分で組んだメニューと併せて夜の自主練習で実践しよう。模造剣の様子を確認していると、オーリオはにんまり顔で言った。


「あんまり夜練長引かせるなよ」

「はっ…!?」

「夜は何かと不穏だからな。ほどほどにしとけよ」

「おまっ、オーリオいつから…!?」

「騎士団にいるからって口調悪くする必要ねぇだろ。昔っから俺の真似ばっかして…」

「悪い例が何を」

「そうそう。俺見て学べ」


 初日稽古から続けていた夜練がいつバレたのか問い詰めたかったが、呆れて何も言えなくなってしまった。そのまま「ここまで」と稽古を切り上げられる。

 騎士団の世話になっているため、ある程度の仕事は課される。今日は風呂掃除と倉庫での確認作業。あとは中断していた文字の勉強をしたい。作業量はそこそこ、居残りは止めにした。オーリオはどこかへ行ってしまった。いつもどこにいるのか全く分からないのだ。


 そういえば、アスタリアはあの二人とは宿舎の中で関わりは無かったのだろうか。



 落ちない汚れを必死にこすりながら、風呂場掃除に取り掛かっていたアスタリアは長考をし始める。宿舎は土地を大きく使い、広い設計がされている。それ故なのか、掃除場所がリコルト&ディアロとはすれ違わないようになっていた。裏を返せば満遍なく掃除するように言い渡されている様に見える。

 人が居ないのは有り難い。通り掛かるのは非番の騎士団員が多いが、皆挨拶程度で会話が終わっている。それに最近付け始めたサラシを、自室以外で脱ぐこともし難い。

 前にも新しい掃除場所の説明をしているオーリオの前で、豪快にすっ転んでしまったのだ。その時にも確か言われたのだ。「昔っから注意散漫だ」と。


「アスタリアって、そんなお転婆だったんだな」


 ゲーム内では攻略対象者、王子の護衛騎士として働いていた。だが主人公が王子に好意を寄せると護衛をやめさせられ、いつしかフェードアウト。なんとも言えない展開だ。

 薄汚れた鏡を見てみる。写っているのは黒髪ショートで、素鼠色の瞳をした私。枝毛のあまり無い、サラサラだが、あまり手入れをしていないため少し傷んでいる髪。透明な水晶を幾つも重ねたような灰色の目。

 男と言われればそうだと納得するし、女と言われても同様の反応を万人はするだろう。


「なんか、こうして追体験するっていうのも不思議だな…」


 主人公ではなく、アスタリア目線であるが。

 未だにゲームにいる実感が沸かない。でも、本当にあのアスタリアだ。


「まあ…いいか。次次」


 掃除の次は、倉庫の備品確認。託された書類を元に、炭で一つ一つチェックを付けていく。

 子供に任せる仕事なだけあって、高い所にある荷物は無く楽だった。だが重い木箱を引きずりながらも持ってきて整頓しなければならない。結構力が要る。


 あの日以降リコルトと一緒にいるのは、確かディアロ・ヴェールという少年。歳は同じで、ここへやってきたのもリコルトと同じ日。つまりあの朝の出来事が二人の初対面で、初の騎士団という訳だ。ディアロはサブキャラクターとして、キャラブックにリコルト関連の欄にエピソードが載っているはず。

 オーリオはあの二人について何も話さないし、全くと言っていいほど会わない。挨拶もされていないので向こうもこちらを確認していないのではないだろうか。

 だがそれはそれでマズイ。

 だってリコルトはアスタリアと似たようなニュアンスの肩書を持っている。


 冷酷な騎士___。

 いや、アスタリア以上の氷点下騎士だ。

 何故ならアスタリアと同じように…。



「次これ? この木箱でいいの?」

「んー、ああ。頼む」

「はーい」


 備品の最終欄を確認して、ディアロに小箱を下ろしてもらう。中身を確認、全て揃っている。

 パラパラと全頁もう一度チェックし終わると、ふぅと息を吐いた。


「ありがとう無事にうわぁぁぁあああ!?!?」

「ハハ、鈍感だぁ。騎士じゃ致命的だぞ」


 クルミ髪のディアロが、アスタリアの驚く動作で舞った煤を被りながら笑った。

 考え事をしすぎていたと反省するが、気配があまりにも無かった。


「な、なんでこんなところに居るんだよ! ディアロっ…西塔だったろ!」

「えーだってリコの野郎、掃除終わんの遅くてさぁ。掃除帳みたら今日は案外近かったからお初お目にかかろうかなーって」

「はぁ?」

「俺足速いし!」


 屈託ない笑顔で笑うディアロ。陽オーラ全開の表情に気が滅入ってしまいそうだ。


「あぁ、うん、知ってる…」

「え、まじでー! 俺のこと存じ上げてる感じ?」

「ディアロ・ヴェール。自慢は俊足と饒舌」

「おおー!!」


 まるで尻尾と犬耳がついていそうな反応だ。子犬系統の枠はエルリンにはない。是非とも候補に入って欲しい。


「なんだなんだ、有名人だったんだなぁ」

「まぁ一応」

「じゃあリコのことも知ってるよな?」

「あー、貴族の出の」

「イノセンテって苗字貰ったらしいから、もう違うみたいだな。戻る気も無さそうだし」

「イノセンテ…」


 ここまで出てきたならば(というかほぼ答え)もう思い出した。

 リコルト・イノセンテ。漆黒寄りの緑髪に、新芽のような瞳の色。

 ゲームの紹介PVが突如脳内で流れ始め、キラキラフォントの名前が彼の顔面アップと共に映し出される。

 もう一つ記憶を思い出した反動なのか、体が硬直してしまった。


「……知らない」


 数年後、成長したリコルトの容姿が走馬灯のように流れた。

 自慢げに眼鏡を持ち上げる彼。目の奥は笑っていない。


「知らない!!!」


 倉庫の鍵を放おり、記録帳を必死に握って逃げ出した。


 集中すべきは、"まず最初"はオーリオからだ。動くのはその後でも大丈夫なはず。まだ騎士団に養われているし、本編の学園に入学するまでもそこそこの年月がある。

 追いかけてこなかったディアロはきっと気遣ってくれたのかもしれない。いや、傍から見れば折角話しかけたのに奇声を上げて逃げ出した変なやつだとレッテルを貼られたのかもしれない。近寄り難いと思われても別に良い。目標に変わりは無いのだから。


 赤面しつつも日が暮れた頃を見計らって、夜練に励むべく今日も森へ繰り出した。

 準備期間はあと僅か。オーリオ襲撃まであと三日。

 必死に考えた対策を元に訓練メニューを考え実践し続ける。黒魔獣の明確な数は不明。任務はかなり過激で、ボロボロの団員を狙った無差別事件。まあ魔獣だから考えて動くなんてことは無いだろう。それはそれで対策を立てづらい。

 任務のため旅立つオーリオは、今朝の朝練で助言をくれた。


「一つ提案だ」

「提案?」

「課題でもあるかもな」

「なに?」

「お前みたいな豆粒にも、出来そうなことだ」

「伸びる」

「横にか?」

「模造剣持ってんだぞ」

「はいはいすまんすまん」


 らしくない真面目な雰囲気のまま、優しい騎士の表情でオーリオは言った。


「人の生死が今後関わってくる。お前はもっと剣以外にも持っておけ」

「何を?」

「勝負道具を何個も作っておけ。自信のないもの以外、全部、な」


 何を聞いても、それ以上は教えてくれなかった。


 オーリオは紅い月までもう帰ってこない。

 三日かけて行う任務の帰路に、あの悲劇は起こるのだ。


 覚悟を決めて、アスタリアは思いついた一つの作戦の準備に取り掛かった。

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