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12話

「ロコ様もレオンハルト様も、今はお城で軟禁状態らしいです」


カリーナは優雅に紅茶を飲み干すと、呆れたような口調で語り出した。アスタリアは目の前に絢爛と並べられているお菓子には目もくれず、お茶会のマナーを遵守しようと必死であった。


「文章のルールがめちゃくちゃで難読でした」

「リル様とエル様ですね」


プライベートに執筆されたものだと推測される。アスタリア宛にも同等の手紙が複数枚送られてきたことがあったが、友達以上知り合い未満の書き癖で口角を上げながら読了した覚えがある。お硬い内容を添える必要こそ無いが、この世界では珍しい方式だ。だが王族に仕えている人からそういった書き物が送られてくれば、困惑するのに無理はない。特に由緒正しい令嬢様にとっては。


「今、歴代の偉人方の、魔法陣の写し描きを行っているそうよ」

「それは…、また…」


魔法を学ぶことにおいて、一番為になり一番億劫になる修行。それが他人の魔法陣を書き写すことである。リルとエルならば”完璧”という二文字にこだわってしまうかもしれない。魔法陣は奇跡を起こす重要な素材。魔力を具現化する能力を自在にするため、重要視される要素の一つである。神経から直接伝達し、力を成す。謂わば人体の一部といっても過言ではない。よって複雑に構成され、何百年と研究を重ねても数個の新発見しか出来ていないのが現状である。露になった情報から更に未知は増え、日々研究されている。

魔法陣の見た目も例に漏れない。専門の職種の人達が遺すために書き記された魔法陣は数多とあるが、全て見た目はグロテスク。大魔法使いになる度複雑さは増し、大成した偉人となると気が遠くなるほどの代物になる。あの化け物レベルを2人は永遠と写しているか…。


「ロコ様が我慢できず、レオンハルト様が黙々と作業なさっている中追いかけっこが何度も始まったそうよ」


心なしか、カリーナの表情も固くなっていた。アスタリアは噂で聞いた程度で実践に移したことはないが、あの魔法の使い手ですら目の前で苦い顔をしている。美味しい紅茶に似つかぬ表情だ。


「アスタリア様の具合は如何ですか」


地獄の想像をやめ、カリーナは水晶のような瞳を向けた。


「お陰様でこの通りです。先日は本当に…」

「もういいわ、何回も伺いました。同じ騎士団のリコルト様からも頂いたの」

「それは申し訳ありません」


事後は城に数日泊めてもらい、魔法専門の医者も呼んでもらったのだ。安否確認の後、宿舎にもすぐに戻されることになる。リコルトはすぐに帰ったが、その頃から2人の王子は見えなかった。もしかしたら、あの地獄がもうスタートしていたのかもしれない。

カリーナもリコルト同様、当日帰還であった。数日の間手紙を寄越し、体調についての配慮がされていた。引け目を取りながらも、覚えたての文字を使いつつ丁寧に書いて返事を送った。それからしばらく経って、このお茶会の招待を受けたのだ。これが発端。

アスタリア本人は何故この状況になってしまったのか皆目検討が付かず、ただただあの日についての謝罪を述べたり口にする物の感想を伝えたりしていた。そこから世間話に飛び、しばらく沈黙が流れている。


「注ぎましょうか」


カリーナは手のひらをアスタリアのカップに触れる寸前まで近付けた。慌てながらお願いします、と言うと金の装飾が散りばめられている机に置かれているティーポットを持った。細く踊るように立ち上る湯気。あっという間に満たされたカップの水面に、アスタリアの緊張した面影を写した。


「とても美味しくて」


何度目か分からないおかわりを弁解するようにアスタリアは言った。


「その茶葉はテスタの新芽を採っているの。製造の方からのご厚意で、毎朝新鮮なうちに届けて貰っているわ」

「なるほど」


当たり前だが、騎士団ではほぼ紅茶など出ない。前世でもペットボトルのものを飲むぐらいで教養やこだわりなど無かったが、それでもこの一杯が特別なものだと分かる。語るカリーナの表情からは苦い顔が消え、心の底から楽しんでいるように見えた。

ガーデンチェアとデスクに設置されたティーセット。すぐ横を向けば、一面白い花で視界が埋め尽くされる。手入れされ、大事に扱われているのがよく分かる。変に花壇などが作られておらず、ただ純粋な花畑が近くに広がっている。


「…テスタにも内乱の傷跡が残っています」


思い出したように切り出した口調。彼女は決して重い表情をせず、紅茶を一口飲んだ。


「前線が近くにあり、避難所としてここが使われていました。食料も、燃料も、人員も、国の為にと総動員されたの。魔女と呼ばれた私たちですら」


その文化が居座り、兵力は国の発展と同等のものだと扱われるようになったのだ。聖女、魔法使い、騎士。それが「宝」と呼ばれる所以。実際、戦争で伸びることになる文化が多い。


「自衛でも他者を守るものでも、私たちは魔法を発展し続けた。治療も攻防も同等の重要度にして、この土地を守ることに死力を尽くしたわ」


アスタリアは頷きもせず、ただカリーナを見ていた。


「…黒魔法は、凌駕する力で圧倒していったわ。獣のように食い尽くしていった」


メイドがやって来て、さっきまでケーキが乗っていた空の皿を引いていった。カリーナの目の色は変わらず、メイドの顔を見てから表情を固くしたような気がした。


「テスタの地から、そんなものを終わらせていきたいの」

「…はい」

「誰かを殺さないと気が済まない狂った思想が蔓延っていたの。それによって、今も首を締め上げられるなんて」


彷彿するは先日のこと。命を落とす可能性があった。黒魔法が関わっている以上、そういう危険があったのだ。

それを見越しての判断という訳なのか。


「普通、この国の者であれば足が竦むと考えていたけれど」


こちらから、カリーナの手助けについて何度も言葉を捧げた。同じぐらい、カリーナもみんなの安否を確認し続けていた。

全身覆う黒魔法を経験して、生きているのは本当に奇跡だろう。当人は寝れば治ったばかりに甘く見ていた。彼女はこんなにも心を痛めていたのに。


「…申し訳ありません。言葉が過ぎました」


目を伏せるカリーナにアスタリアは狼狽える様子も見せず、ただカップを空にした。


「とても美味しいです。優しい味がして」


話題を逸らしてしまうことに少し罪悪感を持ったが、素性を誤魔化し空気を変えたかった。

カリーナは使命感のあまり、学園では孤立を極めるのだ。主人公と仲良くするルートはあれど、ただ顔を合わせるルートがほぼ。期待と失望、そして魔女の異名で、平和に侵された貴族たちはカリーナの背に指をさす。この屋敷の主人になる貴族は、カリーナただ1人。


「…農家の方も素敵な人で」

「領主のご令嬢様がお優しい方だと、心の底から納得出来ます」


ありがとう、と伝えても、きっと返されるだけなのだ。個人に贈っても、それはカリーナに対してではない。

小さい騎士団の、更に小さい騎士見習いが出来ることといえば、そのぐらいなのだ。


「…ありがとうございます」


思いが伝わったのか、カリーナの笑顔を見ることが出来た。

遠慮がちの微笑み。陽がかるテラスが余計に彼女の優雅さを引き立てる。葡萄色の髪が、風でリボンの様に揺れている。ひと束ひと束が踊っている様だった。


「アスタリア様」


その場に立ち上がったカリーナはアスタリアの手を握った。急な行動に困惑しながらも、つられて立ち上がってしまう。そんなアスタリアを確認したように笑うと、テラスから飛び出した。あまりに予想外の行動で声も出ないアスタリアだったが、すぐに走るリズムを合わせた。

白くて壮観な花の群れ。その中を2人の子供が駆けている。

カリーナは花の途切れた丘で足を止めた。手を強く握ったまま、覆い尽くされた風景を眺めた。アスタリアは話しかけず、一緒に遠くを見渡した。

ふと、手の温もりが消えた。カリーナが先に手を離したのだ。そのまま、丘の上に腰掛ける。


「ん」

「…ん?」


ぽんぽん、と。カリーナは背後の場所を叩く。どうやらここに座れという訳か。

腰を下ろすと、背に重みがかかった。だが軽い。ほんの少しの信頼。それをこの重みで感じた。

女キャラの中で、カリーナは優遇されているシーンがある。それは「スチル」だ。

画面全体が切り替わり、描き下ろされているそれはご褒美。カリーナはそれに出ている。バッドエンドとハッピーエンド、どちらにもだ。因みにアスタリアは後ろ姿が写っているもの一枚のみ。尚、バッドエンドの時である。

カリーナに専用のルートは無いのだが、作中で国が救えなかった場合、またはキャラクターのバッドエンドルートか確定すると、カリーナも巻き添えで死んでしまう場合がある。彼女はロコのバッドエンドルートのスチルに登場している。

その画はとてもリアリティがあった。眉目秀麗で、指先にまで優美。そんな彼女のバッドエンドは分外な絵が…否、想像を最大限掻き立てられるようなスチルが表示される。素直に伸びた髪に血の塊がへばり付き、不気味に血溜まりを作ってはてらてらと光を反射している。直接的な表現は一切されていない。あくまで文字で説明し、補完は脳に任せている。だが確実に惨い最期だという意味が最大限込められている。


「アスタリア様?」


画面は赤い。赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い。


「アスタリア様……! アスタリア様!」


赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い。


「アスタリア様!!」


切羽詰まったカリーナの顔が見えた。大丈夫と笑おうとしたが、喉の筋肉が変に萎縮しただけだった。呼吸が余りにも苦しくて、どういう顔をしているのか気が回らない。ロコの時だって、動揺せずにずっと魔法でサポートしていた。酷いものなのだろうか、カリーナの両腕が行き場に戸惑い、困り眉を浮かべている。


「大丈夫です…」

「……」


げほ、と咳き込んだ。視野がぼやっと震え、どんどん体温が低下していく気がした。心臓の引き締めがとても気分悪い。

首に、ふっくりとした手を回された。カリーナだ。アスタリアの上半身を体に引き寄せる。膝をつき、汚れるドレスは気にもとめずアスタリアを抱き締めた。


「少し魔法をあてます」


そう声をかけると、下方から淡い紫の光が現れる。ぼんやりした意識のまま包まれた。体の芯が温かい。心の中で謝りながらも、カリーナの優しさに浸っていた。



***



騎士団の周りに、灯りなど何もない。藍の夜空に穴のような星が散っている。外はまだ肌寒く、シーツを引っ張って屋根に上り、そのまま座り込んだ。落ち着く箇所にしばらく視線を置いて息を吐いた。


「寝られないのか?」

「……リコ」


屋根上に続く梯子に乗り、ひょこっと顔を出していた。彼はアスタリアの隣に座り、真上を眺めた。アスタリアも真似をして視界を藍色に埋め尽くす。


「何かあったのか?」

「迷っている…のかな。どうだろう」


恐怖に臆し続け、それが今回ハッキリと襲ってきた。あのストーリーは所詮ゲームの要素であり、このリアルでは当たり前になる。分岐し、フラグと連動する死亡ルートが確実に這って来る。

闇堕ち、アスタリアの不憫ルート、王国の危機、黒魔法。


「アスタリア」

「なに?」

「少し話を聞いて貰っていいか」

「あ……、あぁ」

「あの日あの時、僕がいたとしても何も出来なかったって思うんだ」


彼は真剣だった。優しい口調で思いを告げる。


「僕は魔法が使えない」


ついリコルトの方へ引かれてしまった。彼は顔色ひとつ変えず、いつもの調子で話していた。いつもの、アスタリアの知らない事柄を解説してくれる説明口調のように。


「僕の家系は常に完璧を要求する。いくら頭脳が優秀だとても、ひとつ欠点があれば使い物にならない。奇跡の力が無いなら尚更。家からお前は要らない、とはハッキリと告げられることも無く、ただ避けられた生活を過ごしてきた」


賢者の家系。

内乱の時代以前から、技術や文化の発展に貢献してきたエリート達の血筋。それ故、産まれてくる子供には人権たるものは平等に与えられない。彼はそのうちの、訳アリの1人。


「正直、ここに来たのはヤケもあった。でもディアロとお前に会って、自分で気付けなかった心を色々知ることが出来た。狭い場所にまだ留まっているのは分かっている。でも」

「……」


溢れ落ちる想いに、なにか返事を返そうとした時。リコルトがアスタリアの肩に寄りかかった。額を落とし、顔ごと埋める。


「………王子を助けることで精一杯だった」


掠れた声。ロコの波紋から足を拘束され、剣を使って削り取る事を思い出す。リコルトは正常な判断をした。アスタリアにとっての正解を彼は行動に移した。だが、彼は手を伸ばしたかった。


「俺は気にしてない」

「…ああ。生きててくれてありがとう」


リコルトのカミングアウトは、ただ胸の内を明かしただけでは無い。アスタリアに対する心からの配慮を、彼なりに紡いだ結果だったのだ。懺悔と安堵。リコルトは常にアスタリアの大変な事柄の傍に居た。


「…これが末っ子のワザってやつか?」

「雰囲気ぶち壊しだな。……退ける。すまなかった」


リコルトの頬が有り得ないほど真っ赤になっているのをアスタリアが笑った。リコルトも口元が緩む。安心した胸中、アスタリアに今までの思い出が駆け巡った。死線を抜けた先の景色がこれならば、先は折れない剣になれるかもしれない。いいや、今この瞬間、身は誰かのモノに替わってしまっている。もう選択肢は無い。


「リコ、ひとつお願いしたい事があるんだ」


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