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10話

 ロコ・エイギリア。


 エルリンのストーリ進行上、絶対に登場しなければならないキャラクターの1人である。内乱をきっかけに一族は代々離れた宮邸に住んでいたが、血筋は皆生命力が弱く、唯一残った母親はロコを産んだ後亡くなり、今はロコただ1人である。だがレオンハルトの母親…、王妃が王の承諾と共に宮邸から呼び戻し、2歳くらいの年から一緒に住み始めたのだ。このお母様がやたら破天荒だったのだが、今はそれはいい。


「友好関係とかは全く築けなかった。王妃の言うままに彼に会った事があったが、向こうの警戒心が強くてあまり喋らなかったな」


 レオンハルトは考える姿勢のまま言った。深夜、静かに冷え込む騎士団の一角。リコルトの部屋に泊まることになったレオンハルトは、新品のシーツの上にあぐらをかいて座っていた。従者のように床に座って話を聞いていたアスタリア。ふんふん、とメモ用紙に内容を記入し、羅列する文字をずっと睨み唸っていた。


「あの…これ、僕が聞いては駄目なのでは…」


 居心地悪そうに手を上げるリコルト。王族のスケールの大きな相談話にアスタリアが関与していることが気になりながらも、自分が場違いなことをレオンハルトに発言した。


「俺が許可した。お前だって知識を貸してくれ。あの聡明な賢者の家系だろ?」


 え…? と数分放心するリコルト。その肩書きは「元」が付く。つまり貴族の出であることをレオンハルトは知っていたのだ。


「いいいい一体いつから!?」

「取り入ろうって輩が湧いて出てくるからな。自然と寄るんだ、情報の方から」

「左様…で…」

「あとお前結構有名人」

「は!? あっいや! すみません失礼な態度を…」

「今の歳までの間、高等学問を履修したと聞いた。やはり記憶力なんだな、頭が良いってのは」

「勿体なきお言葉……」


 情報を運んでくるのは主に陽気な双子だが、彼らはかなりの情報収集(お喋り)が好きなのだろう。レオンハルト自身も話すことが好きだと自負している。つまり社交的であるのだ。


「まあ愛想が良くても弟に受けなかったら、意味無いんだがな」

「受けですか…」

「王妃がな、兄弟は絶対仲良くしろって散々言っていた」


 金髪をいじりながらレオンハルトは思い出を呟く。

 今のエイギリアの王は、相応しい王妃を長年探し求めていた。容姿は勿論のこと、頭脳や人柄など考慮条件は色々と王は提示していたが、一番の決定権は「王の認めた王妃」であった。

 つまり、愛である。王は愛とは何かを長年探した。子を生む目的よりも、国をずっと支え続けることよりも、王は愛を欲した。

 リコルトはレオンハルトを見る。その愛の結果が、彼だった。だが、レオンハルトと王が並んでいる所を誰も見たことがない。そもそも息子の公表すらもあやふやだ。平民はまず知らないだろう。


 レオンハルトの本当の母親は、産んでから衰弱ですぐに亡くなってしまった。王の本当の愛よりも、次にやってきて育ててくれた王妃のほうが、彼にとっての本当の母親なのだ。ロコも、二代目王妃の提案によって住み始めたのだ。このような我儘を王が聞いてくれたのも、放任だったのか二代目も同じ様に愛していたのか。それは本人しか分からない。

 だが息子のことを隠しているように接したり、面会どころか会話一つしないという噂を耳にするのは、この愛の違いが王にとっては度し難いものだったのだろうか。あの家に居た時の噂を思い出しながら、リコルトはアスタリアをじっと観察しているレオンハルトを盗み見た。


「成程、判りました………!!」


 やっとメモ用紙から顔を上げたアスタリア。「お、」とレオンハルトが立ち上がると、アスタリアは2人に向き直った。


「リコ、1つ教えてくれ。魔法の元祖は本当に黒魔法で良かったんだよな?」

「ああ。昔の戦争で一番活躍した英雄であり、魔法を発展させた一族から生まれた。それが黒魔法だ」

「…そうか。うん、これならいけるかもしれない」

「教えてくれアスタ」

「ええ。……申し訳ありませんが、過ぎた言葉をお許し下さい」

「良い、わかり易く頼む。リコが判断するからな」

「お、王子…」


 では、と咳払いしたアスタリアはメモを読み上げた。



「ロコ様には、一度死んで頂く必要があります」



 アスタリアが至極真面目な真顔で言い放ったため、2人はリアクションが数テンポ遅れてしまった。



 ___死んだように生きていた。

 ___俺はずっと、生きることが何なのか探し続けていたのだ…。


 これはロコルートをクリアした場合、エピローグ時に流れる〆の言葉。因みに回収エンドのタイトルは『鎖の少年』である。

 内乱において、国に一番貢献した一族として祀られていたが、歴代の王はその力を危惧し段々と地位を瓦解させた。そうして、かつての英雄達は遠く離れた宮邸に移されたのだ。そして彼らは王族と契を重ねる。

 末の子に、自身の安全と国の保身の為だけの「呪い」という約束を。

 その代償を背負い込むことになったのが、ロコだった。痛みや寿命など命に関わることではない。ただ、今までの祖先の黒魔法の式を全て身籠ることであった。誰かにその術や黒魔力を伝えたり継がせることは出来ず、膨大な力を秘めた黒魔法と共に、一生を過ごしていかなければいけない。そして、魔力は心や脳に深く関係する。彼は、暴走するかもしれない恐怖を見に宿しながら今日まで生きているのだ。

 本編において彼は一度も魔法を使おうとしない。だが、主人公が例の黒魔法の一部に襲われそうになった時、親密度を一定以上達成していればロコが助けに飛び入り、ロコのルートが確定する。これが最終章に繋がる二度目の伏線。周囲が混乱に陥るなか、制御の出来ない力にロコが翻弄され、苦しみを全身に浴びながら「闇落ち」する。それを、主人公が身を挺して救い出すのだが、それにも条件があるため達成されなければロコはそこで死を迎える。もしロコルートでなくとも、レオンハルトのルートの場合も危険度が一気に跳ね上がり、レオンハルトの闇落ちも秒読みの状況になってしまう。

 エルリンは、ルートに突入したキャラが闇落ちの可能性を秘めている。因みにストーリーの進行上「闇落ち」になるのは1人だけ。だが、今は本編ではない。今此処で彼に接触してもストーリ上問題は無いはず。


 古来から続く繋がりの深い一族。そんな彼の呪いを解くには一つしかない。

「一度死に」、「生き返る」のだ。



 ***



 基本的にロコがいつ、どこにいるのか分かっている人は一人としていない。いつも神出鬼没で与えられた自由を一体何に使っているのか不明だ。…因みにエルリンの本編中では、城にある木などに登ったり裏の森林へ冒険しに行き、割と満喫していたと本人は語っている。


「確か、前通った運搬の使用人が弟を見たと言っていた」


 森は完全に国の私有地の為、力仕事専門の使用人が木を採りに向かうことがしばしばある。その時に得た目撃情報でなんとかロコのいそうな場所は割り出せた。しばらく茂みの中をレオンハルトと2人で探索していると、周辺を覆っていた木々が少なく開けた場所に出た。日光が一筋の光を指し場所を煌々と照らしている。その中央に、何かが横たわっていた。

 すぅすぅと寝息を立てている彼こそ、第三王子ロコ・エイギリアだ。古代からの血筋の彼が最終的に任命された最後の居場所が、王妃の見立てにより王から命じられた第二王子であった。


「いた…」


 レオンハルトが一歩進んだ瞬間、小さく葉を擦る音を上げた。微細だがロコの耳に入り、飛び起きた。胸に置いていた本が落ち、レオンハルトとロコの目が合った。


「………誰だ」

「お前の兄だ。たまたま見かけて、挨拶と思って…」

「……あぁ」


 ロコはおもむろに立ち上がった。彼はとても小さな体を重そうに持ち上げて、眠そうな目を擦った。

 黒魔法の呪い。ロコは、ある歳以降成長しない体になっている。エルリンでも主人公はロコだけ学園内ではなく街などで遭遇する仕様になっている。そして、呪いを解けば彼は年相応の容姿になるのだ。

 こちらもまだ子供ではあるが、ロコはあまりにも幼少という印象だった。成長後はエルリンでもかなりの高身長キャラだが、始めは彼はショタ枠として登場する。解呪後、ファンからある意味詐欺だと良い意味で揶揄される。まあ、解呪されればという話だが。


「………」

「………」


 邂逅したはいいが、何とも言えない雰囲気に包まれる。耐えきれなくなったアスタリアは自己紹介のタイミングを見失い、とにかく焦り散らしながら飛び出した。


「レオンハルト様の騎士、アスタリア・バルモです。ロコ様にご挨拶は私の方でして!」

「…騎士?」


 ロコの顔が更に険しくなった。新顔であるため警戒しているのか、物色するような視線を向けられる。


「ええ。えっと、リル様やエル様とは違うような感じです。よろしくお願い申し上げます」

「…わかった。わざわざ俺に言いに来なくとも、使用人を使えば良いんじゃないか、レオンハルト王子」


 億劫そうに返事をするロコ。だが、他人行儀な態度ながらもレオンハルトは引かなかった。


「俺は最近剣を習っているんだ、お前も良かったら…」

「興味ない。用があるからもう行く」


 ***


「…これで良かったのか?」

「はい。一歩ずつ歩み寄って、少しずつ心を開いて下されば良いのですが…」


 ロコにとって、縛られている鎖は国なのだ。太古の族であり、それはロコの自身や尊厳を潰す重荷。黒魔法にかかって強制的に自身の呪いと向き合うなど、正直荒治療にも近いのだ。今のうちにロコは自信というものを少しずつ自覚してもらえれば、きっと…。


「なあ、ロコが第三王子になった理由って分かるか?」

「…いいえ。そこまでは…」


 それはレオンハルトルートで発覚するものだ。生憎第一王子のルートを私は全く覚えていない。ロコも、設定が特殊であったため覚えているところもある。


「俺の代わりなんだよ。アイツは」

「代わり?」

「ああ」


 レオンハルトは、自身の体に手を添えた。撫でるように左右に手を動かす。


「俺の出自は、本来双子で生まれてくるはずだったらしい。それを公表していたが、実際生まれたのは俺一人。そして母上はそのまま死んで、結果的に俺一人が残った」


 アスタリアは無言で頷いた。レオンハルトの手をじっと見つめる。


「たまに、痛みが俺の体を襲うんだ。診てもらった所内蔵のどこかしらに異常があると」

「大丈夫なのですか?」

「勿論。度々手術を行うが、それで済んでいる」


 レオンハルトは影を落としたまま目を伏せた。アスタリアはそっと隣に立つと、彼の背に手を添える。


「なあアスタ」

「はい」

「黒魔法は戦うために作られたんだ。戦争を終わらせ、みなが平和になる様願いが込められたと」

「はい」

「終わっても尚、それを抱えるアイツは相当のものなんだろうな」

「……そうですね」

「それと対峙しながら、俺たちの相手をするのにも疲れるだろ」

「…王子?」


 彼を殺すのは私ではない。主人公かレオンハルトなのだ。そして肝心の生き返ることも、本人であるロコである必要が絶対なのだ。これは本人同士の問題。今までの国史を取り巻いた、言い換えてしまえば壮大な兄弟喧嘩。


「あいつは戦の傷跡を宿していると同然。ならば、俺も末裔として受け止める義理がある」


 レオンハルトの瞳はワインよりも濃い紅の光が揺れていた。



 ***



「だから、何で僕も…」


 翌日。リコルトが招集され、レオンハルトの自室には三人が再び揃うことになった。


「泊めてもらった礼だ。シェフがくれるこの菓子、上手いぞ」

「ああこれ今流行っているものですよね。時々見ます」

「早く食べろ。そしたら礼は終わりだ、もう自由時間だろ」

「つまり、僕も手伝いが出来る状況であると」

「相手の戦力が分からない以上、出来る範囲の準備をしたい」


 かなりへりくだってしまったが、手伝ってくれということだ。やり取りを見ながら菓子を頬張っていたアスタリアは、一気に飲み込むと小さな手製の地図を二人に見せる。


「前にお会いした場所が此処ら辺だとします。近くに種類の違う木々があります」


 バレぬよう下見をした場所に、一箇所赤い丸が書き込まれている。


「背の高い木もありませんし、見晴らしなら最適です」

「良し。お前たちは、俺が本当に危険な時剣を抜け」

「仰せのままに」


 目的の場所に向かおうと部屋に出たアスタリア達。一番後ろをアスタリアが歩いていたところ、誰かの目線を感じ取った。だが振り返っても誰も居ない。剣が壁の角に当たり音が鳴る。歩き方は細心の注意を払っていたが、気を抜くとあちこちぶつけてしまいそうで恐ろしい。数年経てば背丈はある程度マシになってちゃんとした騎士に見えるだろうか。物思いにふけっていると、前のリコルトから名前を呼ばれ慌てて駆けつけた。


 曲がり角からツインテールの少女が顔を出した。少女は先程アスタリアが持っていた手製の地図を拾い上げ、恐る恐る開いた。



 ***



「よう。ここが気に入っているのか」


 レオンハルトは、以前とは全く違う雰囲気でロコに近付いた。相変わらず警戒の薄れぬ目つきでレオンハルトを睨む。


「…なんだよ」

「少し用がある」


 レオンハルトは、鞘に手を添えると一気に剣を引き抜いた。


「お前と呪いに会いに来た」

「………」


 刃に映る両者の顔。一瞬ロコの表情が歪んだように見えた。


「いくらレオンハルト王子の願いでも聞き入れない。もう帰れ、俺に構うな」

「断る」


 ロコはレオンハルトの目を合わせず、背を向ける。だがレオンハルトは訴え続けた。


「いくら背負っていても孤独は厭だろう。見せてくれないか、お前の力を」

「……うるさい。お前は知らないだけだ。いいから帰ってくれ」

「帰るのはお前もだ。じゃあ一緒に語りながら帰るか? 意外と足場が悪いから、必要なら俺が手を貸しても…」

「いいから帰れ!!」


 振り返ったロコの顔には、黒い影がじわじわと侵食していた。目尻に滲み寄る黒い影は、模様のようだった。


「ロコ…」

「あ、あっ!」


 感覚で分かるのか、ロコは模様を必死に手で隠す。しゃがみこんで顔を手で覆うロコ。苦しそうに呻くロコに近寄ろうとレオンハルトが剣を捨てて走る。


「来るな!!!」


 藍の瞳が開かれ、レオンハルトを捉える。

 その瞬間ロコの周りからクリスタルのような結晶が地面から生えた。生き物のように勢いよく、段々と大きさを増しながらレオハルトに突進していった。

 だがその結晶が体を貫くこと無く、それは騎士2人によって真っ二つに砕かれた。


「助かった」

「ご無事ですか?」

「ああ。アスタ、太刀が速くなったな」

「岩の方が強度は勝っています。どうやら未完成のようで」

「流石の連携だな」


 レオンハルトは余裕の歩幅で剣を拾った。

 ずっと唸っていたロコも、影が安定したらしくタトゥーのような黒を体に宿し、こちらを見た。


「ロコ。俺は死なない。大丈夫だ」

「何が大丈夫だ…。俺はこれで触れてきた使用人の腕を駄目にしたんだぞ…! やめろ…!」

「ロコ!!」


 ハッとレオンハルトへ注目する。

 レオンハルトはどこか嬉しそうに剣を構えた。


「なら、お前に触れたら俺の勝ちだな」


 レオンハルトは、剣を持ったもう片方の手でクリスタルに手を翳すと、手の平サイズの魔法陣が現れる。そのまま光が増し、地に生えたクリスタルを、一塊まるごと光の粒へ変換させそのまま空中へと消えた。


「王族を舐めるな、魔法の祖の末裔。俺と勝負だ」


 ロコの瞳の奥が揺れた。だがすぐに影が蝕み、先程とは比較にならないほどの巨大な結晶を生み出す。


「お供します!」

「アスタ、俺が合わせる、一気に捌くぞ」

「ああ!」


 リコルトとアスタリアがレオンハルトの壁になり剣を構えた。だが明らかに桁違いな威力に生唾を飲み込む。恐らく、これはタイミングを間違えれば_____死ぬ。

 リコルトが合図を出そうとした瞬間、ロコの目の前に輝かしい紫の魔法陣が展開された。


「お待ち下さい!!!」


 結晶が粉々に砕け散り、ロコは魔法陣に引っ張られて動けない様子だった。甲高い声が轟いたと思えば、リコルトとアスタリアの間を通りレオンハルトに歩み寄る。葡萄色の髪にツインテール。アメジストのような透明感のある瞳の色。


 あ、とアスタリアは声を漏らした。初めて城に招集された時、すれ違った令嬢。あまりに幼くて気が付かなかった。この子は、エルリンに登場するキャラクター。「カリーナ・デル・テスタ」である。


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