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1話

 夢現のアスタリアの脳内に、なにかのメロディが流れた。


 歌詞のような声は遠くにいて聞き取りづらい。それが夢の中であるからなのか。そして、夢であると自覚しているからなのか。

 だが何処かで耳にした気がする、懐かしい音源の()()だった。


 霧に包まれた視界の中、音に併せて映像が流れてくる。

 それは【設定集】に【キャラの立ち絵】【差分】【事細かに書かれた年表】。それを、「私」が頁を捲っていく。そして…視界を上げた先は【ゲームのホーム画面】



 あっ、と衝撃が走った途端、私は思い出すことが出来た。


 私の生きている世界は、乙女ゲーム「エンジェル☆リング」であること。そしてアスタリア・バルモ()は、ゲーム内ではモブ同然のキャラクターで、女性を偽って男装している、騎士であると。


 だが、今はまだ騎士ではない。


「ぐぁ」


 突如として脳に落ちてきた情報に、ベッドから転げ落ちてしまった。まだ窓には大きな月が浮かんでいる。高低差は無いものの、受け身をとった箇所は痛い。その痛みで余計に実感する。さっきまでいたフワフワの夢の中じゃ大違いだ。


「…俺が、…」


 靄のかかる前世の記憶を思い出しても、今まで育ってきた記憶は一切消えていない。


【エンジェル☆リング】


 略称は「エルリン」。リリース当初は安っぽいネーミングと分かり難い概要欄に、買う人は少なかった。だが世界観や設定が好評で「良い意味で期待を裏切られる」と言われていた。

 パッケージにキャラが描かれていない、という乙女ゲーにおいては特大な欠点があるが、そこからは想像も出来ないくらいの緻密な心情描写などが人気とされている。界隈では有名なシナリオライターが担当しているため、そのファンの口コミから徐々に人気を博してきた。ストーリーの質の点では高い評価を得ているが、プレイ人口は少ない。


 アスタリア・バルモは恋愛対象の護衛騎士。

 誰にでも冷たく、冷酷の騎士。女性を隠し一生を過ごす、なんとも孤独なキャラクター。だが騎士としての正義感を兼ね備えており、攻略キャラの好感度があまり高くない時は、いじめに遭っている主人公の仲裁にも入ったりするのだ。(それがプレイヤーには不評であるのは別として)


 邪魔者の役割でもないし、ゲーム内も、特定のキャラを除いてあまり登場しない。あまり人と関わらない性格、にも関わらずいつの間にか死んでいたり旅に出ていったりするエンド、オチがほとんどだ。

 恋愛重視の公式からしたら、女キャラはあまり重宝されないのは分かる。だが男装騎士だとしてもバッドエンド系が多すぎる。キャラ攻略後の後日談において、アスタリアは一番影薄く主人公たちから姿を消している。

 因みに公式から出版されているファンブックにおいて、アスタリアを掘り下げているコーナーは一ページの四分の一程しか掲載されていなかった。


 …だったら、どうしてゲームにアスタリアなんか登場させたんだ……。


 当の本人は頭を抱えた。

 確か攻略対象は五人。そこまで床に寝そべりながら思い出したアスタリアは、おもむろに机に向かった。引き出しから未使用の紙とペン、錆びかかったインクを出して情報を書き出していく。


「まずいな……」


 名前が一切出てこない。

 記憶は思いの外断片的。さっきからぼんやりとした映像した浮かんでこない。コーヒーが傍らにあったり、自室らしきところの机にゲームのパッケージが置かれていたり、と変に日常的で余計な情報が多い。

 なんとか思い出し、ペンを動かした。


 王子→俺系みたいな、ギャップ

 王子その二→呪いにかかっている、ツンツン

 同僚騎士→メガネ

 なんかの騎士→令嬢の騎士、筋肉?

 義理の兄→重度のシスコン、頭良い


 時間をかけながらも何とか絞り出した。そして最後に「隠しキャラは、」と書き足した。

 その時、さっきまで居たベッドから物音がする。ドサ、と床に落ちたのは中年の男性。

 身元不明のアスタリアを拾い、現在面倒を見ているオーリオ・マーシャベルだ。

 そしてここの騎士団長を含んだ二人のみ、アスタリアが女であることを知っている。


 オーリオの髭顔を見ながら、アスタリアは息を呑んだ。

 繰り返される映像、キャラの年表。その片隅に小さく書かれておきながら、アスタリアの人生において大きなターニングポイント。そして「エンジェル☆リング」本編ストーリーの最初の伏線。


『アスタリアの義理の育ての親が、暴走した黒魔獣に殺されてしまう』


 それに関連するように、エルリンがキャラよりも売りにしている設定を思い出した。


 この乙女ゲームは、本編でもそれ以外でも。

 主要人物であろうとなかろうと。


 ”容赦なく人が死ぬ”ゲームであるという事を。




 ***




 騎士団は、訓練学校を卒業した者が所属し、様々な依頼を受けている。

 だがもう一つ。訓練学校の更に前。騎士見習いの見習いを養育する機能をしている。これはここの団限定で、国の外れに建っている田舎特有の制度だ。

 アスタリアのような身寄りのない子や、貴族の元に生まれながらも、家を継ぐ意志の無い下の兄弟たちが志願して入団することもある。


 そんな騎士の卵の子供は、アスタリアの他に二人。

 一人は同じく身寄りの無い子供だが、もう片方は地元だが有名な貴族の息子。レアケースの入団だ。中途半端な立場から自立を決意。単身で騎士団に入ってきたのだ。


 しかも、近日に入ってきたらしい。



 二人を最初に目撃したのは、ゲームの世界だと発覚した翌日。朝食の早い時間。

 オーリオが隣でサラダを爆食いしていた時だった。

 まだ此処へ来て間もない子を、可愛らしい男の子が朝食に誘っているのを目撃した。一応オーリオのような世話係のような担当騎士がいるのだが、忙しいのか姿が見えない。


「いこーぜ!」


 屈託なく笑いかける男の子。不安から安堵の笑みに変わったもうひとりは、手をひかれ食堂へ走ってきた。


「気になるか」

「えっ」


 オーリオはキャベツを頬張りながら聞いてきた。


「新しい人か?」

「そうそう。メガネのちびっ子、貴族でよ。深夜にデケェ馬車で来たらしい。多分名前は…、あー、リコルトだっけ。もうひとりは教会だな。あーー………、名前なんだっけ」


 間違いない。やはり攻略対象の一人。これからアスタリアの同僚騎士になる、リコルト。

 …苗字はまだ思い出せない。


 外見も設定集で見た通り。幼いながらもリコルトの美形が凄い。

 隣にいる、教会から引き取られたディアロも十二分の美形だ。クルミの粉をまぶしたような茶髪もキャラブックで見たまんま。このままなら他の攻略対象やキャラ達もちゃんと分かる気がしてきた。


 しかし今の問題はオーリオだ。

 死んでしまったオーリオが襲われたのは黒魔獣。在住している王国、「エイギリア」に多大なる影響を与える…伏線。

 黒の気を纏う魔獣が活性化し、主人公をはじめ主要キャラが最終決戦でボスと化した怪物と戦う。これが「エンジェル☆リング」の最終章。劇場版とも呼称された終盤への盛り上がりは、SNSで大いに湧いたらしい。


 そして最初に影響を受けたのはこの騎士団。確か長旅である遠征帰りに襲撃を受け、オーリオ含む遠征組の騎士団員は全滅。だが十分な検証はされず、原因不明のまま事件は迷宮入り。王国を混乱に陥れた罰として、遠征部隊のリーダーであったオーリオが非難される。

 親として、騎士として尊敬していたアスタリアは絶望し、冷たく独りでいる騎士になってしまった。…多分。


「早く食え。今日から稽古始めるからな」

「あ、あぁ、うん」


 現在の暦を確認すると、オーリオが死ぬ歳と完全に一致。

 死の詳細は、なにかの特典の小説に小さく書き下ろされていた。

 エルリンの世界観設定でも有る為、冒頭が印象に残っている。


『それは紅い月の出来事であった……』


「オーリオ」

「なんだ」

「紅い月って、今度いつ見られる?」

「あー? んー、と」


 日にちがあやふやなこの国にとって、月は大事な日付の針。

 これは前世の昔と変わらぬ要素だ。


「多分一ヶ月も無ぇな」


 飲み込もうとしていたピクルスが、喉奥に引っかかった。

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