異能犯罪記録 No.1 カラダ隠して…
●カラダ隠して…
「ありがとうございました」
今どき珍しい律儀な店員が、一度もレジに向かわず手ぶらで店を出る男性に、定型文の挨拶をする。
俺もそいつの後に続き、自動ドアが閉じないうちに外へ出た。
コンビニから出た後は、数歩先にある路地の入口に入り、誰にも感ずかれることがないよう慎重に奥へ進む。人の気配がなくなるまで進んだら立ち止まり、肩の力を抜いてから鞄をあける。
中に入っているのは先ほどのコンビニの商品。スナック菓子やおにぎりなどの食品の他、携帯ティッシュ等の生活用品が数品入っている。今日の日課の成果だ。
本当は弁当や雑誌のような、もう少し大きいものが欲しいのだが、近頃は監視の目が厳しいので、わずかな違和感から足がつく恐れがある。そのため妥協するしかない。
今は“この力”を長く保つことができないため、コンビニのような小規模な店舗でしか行えないが、慣れていけばもっと長くできるようになるはずだ。現に初めての頃より効果時間が伸びているし、行為自体も手慣れてきている。
いずれ力を自在に使いこなせるようになれば、もっといろんなことが…。
「やっと見つけたぜ万引き犯」
突然のことでビクッとしてしまった。驚きのあまり一気に肝が冷えるのを感じる。
恐る恐る振り返ると、そこには人が立っていた。
「高橋俊太郎だな。事を荒立てたくなければ、大人しく俺と一緒についてこい」
謎の男は取り乱している高橋と対照的に、淡々としている。背丈は170CM後半くらいで、髪が暗い銀色をしている。顔つきからして、海外の血が混じっているようだった。
特に目を引くのは、見慣れない形をした、変なメガネをかけていることだ。しいて言うならスキー用のゴーグルに似ているか。
「ま、万引きって、何のことだよ。言いがかりはやめてくれ」
動揺が抜けきらないなか、何とか口を動かすことができた。
名前が知られていたのは、背後をつけられていた事実以上に驚愕だった。
だが一番おどろくべきことは、今まで行ってきた万引きがバレていることだ。
なぜこいつに万引きがバレたのか。
今まで十数回以上やってきたが、一度だってバレたことはなかった
用心のため万引きを行う場所は毎回変えているし、騒ぎになりすぎないよう、店側が妥協する量の商品しか盗っていない。
それに、盗難に気付いても、犯人が俺だとバレるはずがない。なぜなら誰にも目撃されないのだから。
「…はぁ。しらばっくれるつもりか。いいか、こっちはお前があのコンビニの他にも、いろんな場所で万引きをやらかしているのを知ってるんだぜ」
謎の男はいくつかの店舗の名前を口に出した。どれも高橋が最近万引きを行った場所だった。
内心ギクリとしながらも、とぼけて見せる
「はぁ?なんだよそりゃ。それなら俺がやったって証拠はあるのかよ」
「お前こそ、鞄の中身全部がちゃんとレジを通して買ったものだって証明できるのか?レシートも持っていないんだろ。立ち合いに警察をお願いしたっていいんだぜ」
理由は分からないが、男は俺のいままでの犯行を完全に把握しているようだ。
というか、こいつはいったい何者なんだ?
見た目からして若く、パッと見の年齢は十代といったところか。服装も若者らしいラフな格好をしている。
まず警察じゃないのは間違いないが、一般人にしては異質な雰囲気を男から感じられる
もしかすると、俺と同類かもしれない。そうすると、思い当たるのは一つだけ。
「お前は何者だ?警察にいしては若すぎるし、かといって一般人には見えない」
「愚問だな。俺がどういう人間か、言われなくても分かるだろ」
思った通りだった。いくら用心しようが、警察はともかく、専門家が相手では素人は欺ききれないということか。
「俺たちは、別にお前をどうこうしようってわけじゃない。だがお前が従わないなら、相応の対応をさせてもらう」
男は面倒くさそうにこちらに促してくる。けれど、こちらは指示に従う気はさらさらない。
こいつが俺の犯行を把握していたとしても、それだけだ。万引きの瞬間は誰も見ていないのだし、監視カメラには俺の姿すらうつってはいない。それを証明できる確かな証拠はこの鞄の中身だけだ。
ようはこの男から逃げきればいいだけの話なのだ。この状況を脱することさえできれば、後はどうとでもなる。
幸い、あと数十秒間は“能力”を使い続けることができる。これだけの時間があれば、こいつを大人しくさせ、ここから逃げるには十分だ。
「分かった。あんたに従うよ」
そう言って高橋は少しづつ男に近づく。そして、頃合いを見計らって姿を消し、勢いよく殴り掛かる。
しかし――バタン。
次の瞬間、思いっきり地面に転倒してしまった。高橋は寝せべりながら、目を見開く。
一瞬、なにが起こったのか分からなかった。脛の痛覚をかすかに感じ、どうやら足を引っかけられたのだと悟る。
あの男、俺を目でとらえられているのか?いや、そんなことがあるはずがない。きっと偶然だ。
高橋は立ち上がり、もう一度殴りにかかる。けれど、今度は腕をつかまれ、背中にくるようにひねられる。
さらに、背後に回った男はもう片方の腕で首筋をつかんできた。
「まったく、どうして異能で犯罪を犯す奴らは、どいつもこいつも追い詰められると襲い掛かってくるんだ?自分の状況を悪化させるということに何故考えが及ばない」
やれやれと言った感じで、高橋をそのまま地面に押し付ける。
「な、何故だ。“なぜ俺の姿が見えている”!!!」
「?。ああ、なるほど。今、おまえは姿を消していたのか」
「え???」
こいつは何を言っている?。
俺は確かに、襲い掛かる直前にこいつの目の前で能力を使い透明になったはずだ。自分の体が消えているのを、オレ自身の目で確認している。
ちゃんと能力が作動しているなら、男も俺が見えているはずがない。
だがこいつは、まるで俺のことが見えているような言動をしている。
「や、やっぱりお前も俺と同じ異能者なのか!?だから俺のことが見えているんだろ」
「バカか、お前は」
さっきまでダルそうに表情を固めていた男が、はじめて感情を顔に出す。それは心の底から呆れているような顔だった。
「異能はお前思うほど全能じゃないってことだ。透明人間」
自分の異能の正体がバレているのは分かっていたことだが、こうして声に出して突き付けられると、言いようのない屈辱感があふれてくる。
「異能が当たり前になった今の世の中、姿を消せるだけじゃ簡単に足がつく。例えば体温とかな」
「体温だって…?」
「透明になって人の目やカメラを誤魔化せることができても、体温を誤魔化す性能はお前の異能に備わってなかったという事だ」
高橋は思わず息を飲んだ。
明かされたタネは拍子抜けするほど単純だった。有頂天になっていたとはいえ、こんな弱点に気が付かなかった自分に落胆する。
「このだせえメガネはサーモグラフィの機能を内蔵したゴーグルだ。姿を消せる異能者用に調整された特注品のな。あとをつけることができたのもこいつのおかげだ。最初からお前の姿は丸見えだったんだよ」
透明化の異能を破ったのは、同じ異能のような特別なものではなく、既知の科学技術だった。
「特別異能法にもとづいてお前を海上都市に連行する。異能を使用した窃盗罪、および暴行による執行妨害。これだけやらかしたら、もう二度と本土に足を運べないだろうな」
がっくりと、高橋はあきらめと焦燥感によって体を崩す。男は彼を手錠で四肢を拘束し、回収犯に連絡を入れるため、携帯端末をポケットから取り出しながら言い捨てる。
「お前みたいなやつには、異能を使うまでもない」