09.メイドと後始末
私は屋敷の構造を把握してから厨房に向かった。
厨房の中心に大テーブル、石窯とその隣りに薪と壺。そして棚に各種調味料と調理器具の数々が完備されていました。
新築の厨房で料理というのもメイドとして心躍りますね!
「さっそく調理開始ですね!」
手始めに石窯の炉の底に魔方陣をナイフで刻む。
扱いが簡単なルーン文字と呪文も刻み、ナイフの刃で指先を切る。
滲み出た血を魔方陣の中心に垂らしてから、薪と火種を置く。
あとは傷口に布を巻いて魔方陣に向けて指を鳴らす。
すると魔方陣から火が溢れ薪と火種に引火。これで準備完了です!
ふふ、これからじっくりジークの胃袋を鷲掴みにしてやりましょう!
口元が緩むのを感じながら調理に移りました。
▽ ▽ ▽
食事の用意を終え、食堂にジークを呼んだ私はトレイの側で静かに待つ。
ほどなくしてやって来たジークが席に着く。
なるべく料理は温かない内に食して貰いたい。だから私は敢えて空の食器をテーブルに並べた。
その事に問題が無かったのかジークは、
「今日のメニューは?」
落ち着き払った声で尋ねて来る。
ひとつ彼に謝って置かなければならない事が有る。
「本日はシチューと蒸したじゃがいもです。……すみません、旦那さまがご所望のとり肉は絞める時間が足りずご用意できませんでした」
すると彼は楽しみにしていたのか、がっかりした様子で、
「うむ。ウルスラグナ団の捕縛も有ったからな……とり肉は明日の楽しみにするとしよう」
本当に残念そうにしていた。
そんなに楽しみだったんですか、これは明日こそは必ずお出ししなければいけませんね!
失敗の気持ちを切り替えた私は、ジークの皿に出来立てのシチューを盛り、ガラスコップに飲み水を注ぐ。
「蒸したじゃがいもには何を付けますか?」
「塩とバターだな。あぁ、そちらは自分でやるから平気だ」
塩の入った瓶とバターを並べ、トレイごと退がった。
彼の食事を終えるまで待機する。その際にシチューの匂いでお腹を鳴らすなんて言語道断!
ジークはスプーンでシチューをひと口。
すると彼は目を見開き、驚いた眼差しを私に向けました。
な、何でしょうか? そんな瞳孔が開いた三白眼で見つめられても恐怖しか出ないのですが。
「これは美味い。肉抜きのシチューだと侮ったが、コクと溶けるまで煮込まれたじゃがいもの甘味。いや、それだけじゃない、玉葱の甘味まで引き立たせるとは!」
「ありがとうございます。特に特別な事は何もしてませんが、敢えて言うならノームと先生のおかげですね」
微笑んで伝えるとジークは納得した様子で、手を動かした。
それからジークは鍋のシチューを半分以上も平らげ、満足そうな笑みを浮かべるとそれは一瞬で引っ込み、
「美味かったが……広い食堂で1人食べるのはな」
「寂しいんですか? それなら嫁を貰って家族と食べるのが一番ではないでしょうか」
自分でも無難な提案だと思う。
それでも私の提案にジークはいい顔をせず、顰めていました。
「寂しさを紛らわす為ならば村の者や友人を招いた方が遥かに楽だ。いや、それよりもメイドよ」
「何でしょうか?」
「明日の朝食からは共に食べるように」
おや、まさかジークがそれを望むなんて予想外でしたね。
王族や貴族は使用人と食べない。雇用主と雇われの関係を明確にするための処置なのですが……いえ、ユヒナも一緒に食べる事を望んでいましたね。
あのゲラルド王は絶対に使用人に毒味させ一人にならないと食べませんでしたけどね。
まあ、それはそうとジークが望んだのですから応えましょう。
「承知ました!」
元気よく答えるとジークは満足そうな笑みを浮かべました。
ふふ、これでジークの胃袋を掴もう作戦の第一段階クリアです!
そんな事を考えているとジークが立ち上がる。
あ、彼が執務室に戻る前に確認したいことがありました。
「あの、荷台はどちらに有るでしょうか?」
「あぁ、荷台なら屋敷の裏手に在る倉庫に置かれてるはずだ」
質問に答えたジークは食堂を立ち去った。
なんだか急いでる様子でしたが、私も速く食べないと仕事が片付きませんね。
それから私は手早く食事を済ませ、後片付けを終えてから覆面集団を荷台に乗せるのであった。
▽ ▽ ▽
魔術の灯りを片手に、荷台を引っ張り梟の鳴き声が響く夜道の森を抜け、村まで到着した私は覆面集団に眼を向ける。
すると彼らは驚く事に口を動かし、
「あ、あたい達をどうする気だい!」
「そうだそうだぁ! この卑怯メイドが!」
「言っておくけど我々から財宝の在り方を聞こうとしても無駄だからな!」
「俺達の口は硬い! 例えどんな事をされようともなぁ!」
へぇ、財宝を隠し持ってるんですか。というか如何してマヒマヒチョウの鱗粉を吸ったのにもう喋ってるんですか?
「1日中は痺れてるはずなのですが」
「免疫のおかげさ」
なるほど免疫。これは運んで正解でしたね。
悠長に明日なんて言っていたら寝首を掻かれてました。
まあそれはともかく、先ずはノームの自宅に立ち寄りますか。
さっそくノームの自宅に到着した私は、騒ぐ覆面集団を他所にドアを叩く。
間も無くして蝋燭を手に持ったノームが顔を出し、
「……ええっと背後の怪しい連中は?」
「ウルスラグナ団を名乗る野盗です」
「メイドが捕まえたのか?」
「いえ、旦那さまが捕縛しましたよ!」
超優秀メイドは手柄をジークに仕立てあげる事も忘れない。
背後でごそごそと五月蝿いですが、ナイフをチラつかせると不思議なことに大人しくなりました。
「へぇ、見掛け通りの領主なんだなぁ。……それはそうとウチに何の用事で?」
「あぁ、先ほど頂いた野菜は素晴らしく美味しかったです。……貰ってばかりで恐縮なのですが、スコップを貸してくれませんか?」
「スコップを……」
ノームは背後の覆面集団を凝視すると何かに納得したのか、
「メイドの仕事も大変なんだなぁ」
あれ? ノームが遠く見つめて私を見てくれません。
そんな私の疑問を他所にノームは自宅の中に戻り、ほどなくしてスコップを片手に戻って来ました。
「ありがとうございます。明日には返せると思うので」
「綺麗に洗って返してくれよ」
畑仕事に使うスコップなのに? あぁ、肥料を撒いてない土が混ざるのは嫌ということですね。
「任せてください。完璧に洗って返しますよ」
そう言ってスコップを肩に担ぎ、私は荷台を引っ張り次の場所へ向かう。
2軒の民家……煙突が無い方の民家を目指す道中、覆面集団が何かひそひそと。
「う、埋められるのかい?」
「姉御、きっと頭をかち割るんじゃないでしょうか!?」
「ま、まだ死にたくねえよ」
「ま、待てよ。まだ慌てるような時間じゃあないさ。ここは冷静に脱走の機会を待つべきだ」
「ビンセントがいつになく冷静ね。ふっ、団を纏めるリーダーが慌てたちゃあしょうがないわね」
私に聴こえない音量で何を話してるのかな?
まあ、そろそろ終わりですから足掻いても無駄なんですけどー。
目的の民家に到着した私は、またもやドアを叩く。
するとドアからマデュラが姿を見せ、彼は背後の覆面集団を見るや。
「丈夫な縄と他に何が必要だ?」
なんだか物分かりが良いですね。まあ手間が省けて楽でいいですけど。
「それじゃあツルハシ、鋸と杭打ちに必要な道具を一式貸してください」
「おう、ちょっと待ってな」
そう言ってマデュラがドアを閉じると中から、
「とうちゃん、だれかきたの?」
「道具を借りにな」
「もしかして噂の領主様?」
「いんや、メイドの方だ」
「華奢で可愛らしいメイドってコルルから聴いた。こんな時間まで仕事だなんて大変だね」
一家団欒の声が聞こえてきた。
マデュラが所帯持ちというのは何ら不思議でも無いですが、隣の鍛冶屋から一家団欒の声が聴こえる辺り、ダイクンも所帯持ちなんですね。
家族団欒にちょっとだけ羨ましい気持ちが溢れ出した頃、道具一式が入った袋を片手にマデュラが戻って来た。
「普段使わない道具だが、返すなら洗ってからにしてくれよ」
ふむ、道具は丁寧に扱う事を心情としてるのでしょうか。
もちろん私は快諾して、覆面集団を乗せた荷台を引っ張って行く。
そして自警団も目前という所で覆面女が騒ぎ始めた。
「バラされるぅぅぅ!!」
「何を言ってるですかっ!?」
本当に何を言ってるのだろうか。私が受けた指示は自警団に引渡すことですよ?
なぜ彼らが当然騒ぎ出したのか考える。すると脳裏に村人の反応が過ぎる。
ここは誤解を解いて置きましょうか。ジークがメイドに処分を命じる冷徹漢と思われても嫌ですし。
「勘違いですよ。借りた道具は他の理由で使うんです」
「もう騙されないぞ! お前の言うことなんて信用ならない!」
えぇ〜如何して私はこんなに信用が無いのでしょうか。ちょっとミルフィちゃんショック!
何とか誤解を解こうとするも、覆面集団は私を警戒するばかり。
もうこうなっては仕方ないので諦めましょう。
私は自警団のドアを叩き、
「ウェンダム! 賊を捕縛しましたよー!」
叫ぶと足音と共にウェンダムが勢いよくドアを開けた。
そして彼は私が手に持つ荷物と背後の覆面集団を見比べ、
「ミルフィよ、埋めるなら森が良いぞ」
惚けた顔で犯罪を薦めてきやがりました。
「埋めません! 彼らはウルスラグナ団という野盗集団のようですが、高原に追い立てられた方々ですか?」
「間違いない。四人組の覆面と人相も一致しておるからな。いやしかし、ミルフィよ手柄を立てたな」
「いえ、彼らを捕縛したのは旦那さまです!」
胸を張って告げるとウェンダムは納得した様な表情を浮かべ、背後からぼそりと。
「あいつ? あいつはあたいが触れた途端気絶した見掛け倒し野郎なのにねぇ」
私の耳がそんな言葉を拾う。
触れただけで気絶とは? うーむ、ジークには何が秘密が有りそうですが、その前に。
私は彼らに笑みを浮かべて振り向く。
「余計な事を喋ったら分かる? 実はあなた達が気絶してる間に舌に魔術を仕込んだんですよねぇ〜」
「そ、そんな脅しは信用しないわよ!」
睨む覆面集団に笑顔を絶やさずに告げる。
「……口が爆発しても良いのでしたらどうぞ?」
彼女らは私が爆発の魔術を使える事を知っている。
だから恐怖で上擦っても冷汗を流しても涙目で手を合わせても私は知りません。
そっぽを向いてウェンダムに、
「所で捕縛した覆面集団はどうするんですか?」
「牢に監禁状態には成るが、処遇はジーク殿次第と言ったところか」
「妥当ですね。それじゃあ旦那さまにはその趣旨を伝えておきますので、あとは任せますよ」
「あぁ。ミルフィもしっかりと休むように」
「うーん、もうひと仕事やって起きたいのでそれが終わったらゆっくりお風呂で寛ぐつもりですよ」
「そうか。もうここは王城では無いのだ、多少自由に生きてみてはどうだ?」
今でも私は自由に生きてるつもりなんですが? いえ、他者から見たら奉仕に専念してるように見えるのかも。
メイドとして奉仕するのは当然のこと。それ以外の生き方なんてちょっと分からないです。
「まあ努力はしてみます」
そう酸味に答えた私は急足で屋敷の帰路に付いた。
あまり作業が遅くなるとお風呂に入れなくなる。それは勘弁!