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08.メイドの業務

 カラスの鳴き声がジークの屋敷の前まで響く。

 見上げればすっかりと夕焼けに染まった空が映り込むではありませんか。


「ま、まさか森を抜けるのに1時間もかかろうとは!」


 村から森中の高台まで真っ直ぐのはずが、まさか道に迷うとは予想外でした。いや、土地勘が無い場所で迷うのはある意味必然なんですけどね。

 けどお腹を空かせたジークのお叱りを受けるかもしれない。

 とはいえ、今からでは鶏を絞めて捌く時間も無いですね。

 幸い屋敷は鉄柵で囲まれている。これならシュラウドを庭に離しても大丈夫でしょう。


「さあ、シュラウド。ここが新しいお庭ですよ〜」


コケッコ?(ほう?)コケ(よい庭だ)コケッー!(この庭を巣とする!)


「うーん? 何故でしょうか、人語を理解してる様に感じるのは? いえ、きっと気のせいですよね」


 幾ら先生が育てた鶏とはいえ人語を理解するとは到底思えません。

 庭を自分の巣の様に歩き回るシュラウド。せいぜい残りの鳥生を満喫するが良いです!

 歩き回るシュラウドに勝ち誇り、私は玄関のドアを開けた。


 私の視界に真っ先に映ったのは貴族らしい調度品やレッドカーペットではなく、四人の覆面集団に捕縛されたジークでした。 

 四人の覆面集団、その内の一人は体格からして女性で手に鞭を所持。

 あぁ、これは明白ですね。超優秀メイドは一目見ただけで理解するのです!


「旦那さまも人が悪いですね! ご友人を招いて変態プレイに興じるだなんて!」


「違ええよ!! こいつらは盗人だバカメイド!」


 なんだ盗人でしたか。

 ん?


「バカとは何ですか! 旦那さまこそ私に命運を握られていることを理解しなさい!!」


「このメイドッ……君こそ忘れては困るな、一体誰が主人で明日の命運を握っているのかをね!」 


 くっ! 雇用を盾にされたら主導権を握れないじゃいですか。

 っと私が言い争いしてる間に盗人が1人駆け寄って来てますね。


「ひん剥いて、売り飛ばしてやりゃあああぁ!!」


 振り抜かれた拳。まぁ、なんて遅い攻撃でしょうか。

 少し身を屈むと頭上を拳が通り抜ける。

 すかさず男の腹に掌を叩き込む。

 怯んだ隙に顎目掛け昇竜! 浮き上がる私と男の体、そしてそのまま旋風脚を男の顔面に叩き込む。

 木製の床に男の体が打ち付けられ、そこに隠しナイフ五十本の内五本を投げ付ける。

 服を床ごと縫い付けた。これで残りナイフの残弾が四十五と残敵三ですか。

 床に拘束された男は多少は動けないでしょうが、あとで纏めて動きを封じる必要が有りますね。


「華奢なメイドの癖にビンセントを倒すなんてやるじゃいか」


 覆面女に私は微笑んだ。


「雇用主の身を守るのもメイドの務めですから」


「ふん。ビンセントを倒したからっていい気になるんじゃないよ! あいつはウルスラグナ団の中で最弱!」


 ウルスラグナ……っ!


「旦那さま大変ですよ!」


 全身縄に縛られたジークは目を見開き、


「知っているのか!?」


「珍妙覆面集団の癖にかっこいい組織名を持ってますよ!」


「……いま重要かそれ!?」


「だって旦那さまは珍妙覆面集団に捕われてるんですよ!? クソダサい組織名だったら貴族として恥ですよ!」


 私の言っている意味を理解したのか、ジークは納得した表情で打ち拉がれた。


「捕縛された事実だけでも耐え難いというのにっ! 確かに君の言う通りカッコいい組織名で良かったよ!!」


「「「いやぁ、そんなに褒められても」」」


 あっ、なんか覆面集団が照れてますね。

 対象が私だけという油断と慢心、あとその場の変な空気で隙を曝しましたね。

 メイド服から隠しナイフを十本取り出し、すかさず対処三人に投擲。

 ナイフを対象の一歩先に円を描くように突き刺さる。


「「「「……」」」」


 ジークの痛々しい視線と舌打ちが私に突き刺さった。


「不意打ちとは卑怯な! 姉御、あいつ顔に似合わず卑怯者だ!」


「綺麗でかわいい顔して不意を突こうだなんて……それでも貴族に仕えるメイドなのかしら!?」


「この卑怯メイドがぁ!!」


 なんで私はこんなに非難されてるんでしょうか? 

 ちょっと目から汗が流れるじゃないですか、やめてください。

 あと三人で嬉々として詰り寄って来ないでくださいよ。

 相手の迫力に負けた私は後退しつつ、


「これ以上近付いたら酷い目に遭いますよ! だから()()でも踏み込まないでください!」


 命乞いをしてみる。

 すると姉御と呼ばれた覆面女は鞭で床を叩き、


「聞けない相談だよ! あんたはたっぷり痛ぶって売り飛ばしてやるから覚悟しな!」


 どうしてそんな物騒な事を言うんでしょう。

 私、恐くて泣きそうです。

 若干目に涙が溜まるのを見て、三人は同時に一歩踏み込んだ。

 ナイフを起点に描いた陣の上に。


「火の元素よ爆ぜろ」


 素早く唱えた呪文に陣が呼応し、赤い粒子が漏れ出す。

 火の元素が漏れ出した事に気付いた覆面女が叫ぶ。


「退がりな!」


 彼女の叫び声に三人は同時に後方に飛んだ。

 三人の身体が宙を浮く刹那、魔術は空気を爆破させ、破壊音と衝撃音が轟く。

 触媒無しの魔術では人を殺す威力は出ません。

 ですが大人を吹っ飛ばすには充分です。

 想定通り爆風をまともに受けた3人はジークの側を転がった。

 立ち込める煙。

 隠しナイフを十五本取り出してまた投擲。

 今度は覆面の男二人の服を床と縫い繋ぐ。

 これで残弾は二十。

 五本余分に使ったのはちょっと失敗だったかも。


 私がそんな事を考えていると煙を払うように鞭がっ!?


「うわっと!?」


 慌てて屈むと鞭が頭上を通り抜け、窓際に置かれていた椅子の背もたれを折った。


「鞭に鉄を仕込んでるのですかっ!?」


 晴れた煙から覆面女が苛立った様子で……あれ? どうしてジークは泡吹いて気絶してるのでしょうか?


「このクソガキ! 不意打ちだけじゃ飽き足らず魔術で爆破してくれやがったわねぇぇ!!」


 あ、すごいキレてます。

 でもこれだけは言わせて欲しい。


「ふふっ、か弱いと侮ったのが仇でしたね!」


 私は一気に床を蹴り、宙を飛んだ。

 同時に五本のナイフを投擲。


「何度も通用すると思わないことね!」


 鞭で払い落とされたナイフが床に刺さる。

 床に足を付けた私は構わず覆面女に直進。

 距離を縮めつつ、そのまま懐からまたナイフを五本取り出して遠心力を加えて投擲した。

 刃が回転しながら覆面女に向かう。

 ナイフが向かう最中、覆面女は鞭を掲げるとその場で回転した。

 鞭をベールの様に纏い、飛来するナイフが弾かれる。

 防がれたことに足を止めた。


「ぐぬぬ、まさかダンサーみたいな方法で防ぐなんて」


「これでお得意の投擲術は打止めかしら?」


 また余裕が生まれたのか、勝ち誇る覆面女。

 ちょっと油断し過ぎな気もしますが、まだナイフは十本残っている。

 すかさず左手で五本のナイフを取り出して投擲。

 続けて右手で脹脛の隠しナイフを5本……取れず指先が空振る。

 ……まだ四十五本しか投げてませんが!?


「まだ有ったのね」


「あっ」


 鞭で払い落としたナイフの音に私は冷静になった。

 そういえば、今日は怒りに身を任せてうっかり五本のナイフを投げました。

 それを回収したか? いえ、回収してません。

 あれはノーム宅のドアに突き刺したまま!


「やべえです」


 余分に使ったことと失念に私の顔から急激に温度が下がる。

 鞭を床に打ち鳴らしがら覆面女がこっちに来る!

 けどまだ私には手が有る。いえ、この相手に使いたく無い物ですが。


「これで見逃してください!!」


 私は覆面女に金袋を投げ渡した。

 するとご丁寧に覆面女は受け取り、


「いまさら命乞い? ……それにしては随分と軽いわねぇ」


「旦那さまからお預かりした砂金が中に入ってますので」


「砂金!」


 覆面女は中身を確かめるために金袋を開けた。

 すると袋から金色の細かな粉が溢れ出す。

 ふふ、事前に金袋に入れ替えて正解でしたね!


「なによ……こるぇれ?」


 まともに粉を浴び吸い込んでしまった覆面女は床に崩れ、痙攣を始めた。

 これが策略の勝利というやつですね。


「バカですねぇ〜、砂金なんて渡す訳ないじゃないですか。それはマヒマヒチョウの鱗粉ですよ」


 弱々しく睨む覆面女に私は嘲笑ってやった。

 そして宙を舞う鱗粉に息を吹く。

 細かい鱗粉は軽く吹くだけでけっこう飛ぶ。

 床に縫い付けられた男二人が痙攣を始める。

 全員まとめて鱗粉で無力化できなかったことは惜しいですが、一人は縄で厳重に拘束すれば大丈夫でしょう。


「その前に換気ですね」


 窓を開け、風が鱗粉を散らす。

 私まで鱗粉を吸い込んでは笑い話にもならない。


 それから私は鱗粉が完全に散るのを待ってからジークに駆け寄る。


「旦那さま! 起きてください!」


 泡吹いて気絶していたジークに声をかけると眉が動く。

 程なくしてジークが目覚め、辺りを見渡した。


「……メイドが連中を無力化したのか?」


「はい! この超優秀メイドのミルフィが全員無力化してやりましたとも!」


 胸を張って伝えるとジークは笑顔を浮かべて立ち上がった。

 そしてあろうことかジークは縄を引きちぎり……いや、最初から脱せたなら安全な場所まで逃げてくださいよ。


「さてメイド。周囲を見渡してみろ」


 言われて私は周囲を見渡した。

 あちこちに散らばるナイフ。

 砕けた椅子の背もたれ、魔術で爆破した床の焦げ跡と爆風で壊れた壺。

 状況確認完了。

 ふぅ、これはあれですね。


「てへっ」


 笑って誤魔化すも、ジークの顔が凶変した。


「新居のホールを滅茶苦茶にしやがてえぇぇ!!」


 怒鳴られた。正直恐いですが、聞かなければならない事が有る。


「……旦那さまは縄を簡単に千切りましたよね? なぜ隙を見て逃げなかったのですか? そもそもどうして泡吹いて気絶を? もしかして爆破音に失神したんですか?」


 怒るジークを他所に私は疑問をぶつけた。

 すると彼は顔を晒し、


「俺……こほん。わたしでもウルスラグナ団は追い返せたが、レディに手を挙げるのは忍びないのでね」


「はぁ、紳士と言えば聞こえは良いかもですが、ご自身の身の安全を最優先にしてもらわないとメイドとしても困ります」


「こう見えてわたしは頑丈だ。ただまぁ……女の頭が運悪く鳩尾に直撃してしまってな」


 はて? 覆面女はジークにぶつかったでしょうか?

 まあ、煙で視界が遮られましたからきっとそうなのでしょう。

 疑問を解消したところで私はジークにジト目を向ける。


「旦那さま。隣人が1000メートル離れた位置に居る以上、安易に助けも呼べませんよね?」


「ぐっ……それは隣人とは呼ばぬと思うが言いたい事は分かる」


「では、雇用条件を住込みに変更してください。……業務時間を終えましたらこのまま帰りますよ?」


 念を押して告げると、ジークは観念したのかため息を漏らした。


「分かった。君を住込みとして雇おう……食事を終えたらそいつらの後始末を頼む」


「ふふ、これで住居確保です! あっ、今から夕飯の支度を始めますので……えっと、旦那さまは何方にいらっしゃる予定ですか?」


「一階東通路の執務室に居る予定だ」


 一階東通路と。これは料理前に一度正確な間取りを確認しておきましょうかね。


「因みに旦那さまは隠し通路や脱出路に憧れる口です?」


「そんなのも! 憧れるに決まっているだろ!」


 おや、三白眼のような眼を輝かせるほどですか。

 案外、心は少年なのでしょうか?


「では、早速食事の準備を始めます!」


 そう言って私は木箱を抱えてホールから立ち去った。


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