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70.メイドの看病

 急いで魔女の自宅に駆け付けた俺は魔女とクラリスに急がされ、動物達が窓の外から心配気に様子を見守る中ミルフィをベッドに寝かせたのだが、


「すごい高熱ね。けど万能薬を服用すればすぐに回復せるわよ」


 魔女の言葉に俺は心の底から安堵していたのが分かる。

 同時に必死に慌てていた自分が恥ずかしい! もう少し取り乱さず冷静に努めねば、領主としても皆を不安にさせるな。

 現にミルフィを抱えて魔女の自宅に向かうまで、コルル達を随分心配させたと思う。

 いや、ともかくこれでミルフィは助かるのだ。

 そう俺が思っている時だった。


「万能薬は疲労までは回復しません。なのでここはリンデバルド様が看病しては如何でしょうか?」


 クラリスがミルフィの汗ばんだ衣服を脱がせながらとんでもねぇ提案をしてきやがった。

 コイツは自分の義娘が襲われるとか考えないのだろうか? それとも俺を信頼してのことか?

 分からない。俺にはクラリスの考えが何一つ理解できない……って! 俺の目の前でミルフィを脱がせるんじゃねぇ!

 俺が慌てて背後を振り向いたのは無理もないことだろう。

 

「まぁ、純情ですね」


「あのねぇクラリス? 看病なら私がやるわ!」


「エリカがやるのでしたら私がやりますよ。この子が病に伏せるのも珍しいですし」


 何故か自分が! いや自分が! っとミルフィの看病を巡って言い争い始める二人の保護者……コイツらはダメ親かもしれん。

 というか病人を前によくも騒げるなっ!

 俺はちらりとミルフィに視線を向けると彼女は苦しそうに荒い息遣いで、


「……う、うるさい、です」


 苦言を申した。

 ……やはり母さんの様に過労死に繋がる場合も有る。それに従者一人の面倒を見られずして何が成り上がり貴族だ!


「そんなに争うのならわたしがやろう!」


 俺がはっきりと告げると二人はこちらを振り向いて、


「「どうぞどうぞ〜」」


 まるで口裏でも合わせていたのか、声を重ねてあっさり引き下がりやがったよ。


「……あのなぁ、これはミルフィの生命に関わる事態だぞ」


「ジーク……そこまで重く受け止めていたの?」


「良いか? 俺の母さんは俺と同じ様に強靭だったが、病気と過労が祟って亡くなったんだ。もしかしたらミルフィだってそうなるかもしれんだろ」


 なおさら万能薬を服用させるべきなのだが、過労が癒えないのであればミルフィが身体を壊す可能性だって考えられる。


「エリカ、解熱剤は有るんですよね?」


「有るわよ。けど食事を摂らせてからじゃないと効き目は薄いわ」


「では、リンデバルド様は先ずミルフィの汗を拭いてください。その間私は薬膳料理を作りますので」


「……待って、そこは魔女に頼むべきことでは?」


「これも良い機会よ、ミルフィの為と女性恐怖症の克服だと思いなさい」


 厳しい! この二人は明らかに俺に対して厳しいぞ!

 だがさっき看病すると申し出た手前、今更断る訳にもいかんか。

 覚悟を決めた俺はタライにお湯を用意してからタオルを濡らし、よく絞ってからミルフィに近付いた。

 するとミルフィは目が覚めたのかこちらに顔を向けて、


「あっ、旦那さまだぁ〜。何処にも行かないでくださいね、一人にしないでくださいね」


 甘えるような声で彼女は俺の袖を握ってきた。

 

「……なぁ魔女よ。何故こうも甘えてくれるんだ?」


「病気になると不安から甘えたくなるものよ。さぁ、ミルフ! 私にも存分に甘えなさい!」


「……エリカお母さんは私を置いて行ったからやです」


 言葉の槍、それは鋭く鋭利で時に凶器として魔女をも容易く打ち砕く破魔の槍。

 それが魔女を貫き、


「ぐふぅぅぅっ!?」


 魔女エリカに精神的ダメージを与えるには十分過ぎるほどの威力だった。

 だから魔女が崩れ落ちたのも無理はないのかもしれない。

 ……魔女、君は良い奴だったよ。

 俺はそんな事を口にはしないが、さっそく目を瞑りながら濡れたタオルでミルフィの背中を吹き始めた。

 無心になれば看病なんてどうという事はないな。

 

「前も拭いてくださいよぉ〜」


「クラリス! 前の方は頼む!」


 俺は紳士だ。いくら病気の彼女の頼みとは言え、前を拭くとかできない。

 だから俺がクラリスに助けを求めたのも無理はない。

 それから程なくしてクラリスが駆け付け……驚くべき事に彼女は目に留まらない速さでミルフィの身体を拭いていた。

 

「あっ、クラリスお母さんだぁ〜。旦那さまをとっちゃダメですよ?」


 熱とは時として人の思考回路を破壊するものなのだろうか? 

 それではまるでミルフィが俺に恋心でも抱いてるような物言いではないか。


「取りませんよ」


 クラリスはそう言いながらミルフィの頭を優しく撫で、


「さぁ、ご飯を食べましょうね」


「うん!」


 完全に親子の会話に若干俺は置いてけぼりになっているが、甘えたがりのミルフィも悪くはないかもしれない。 

 ふと床から視線を感じた俺はそちらに視線を向けると、


「……私だって好きでミルフィを置いて行ったわけじゃないのに」


 魔女が年甲斐もなくいじけていた。


「薬の用意をしたらどうだ?」


「そうするわ。飲み易いようにゼリーに混ぜて来る」


「それは効くのか?」


「魔女の知恵を舐めないでもらいたいわね。ゼリーは味覚を誤魔化すだけの物で、薬の効果を落とすような事はないわ」


「それなら安心か」


 俺と魔女がそんな会話をしていると不意に袖が引っ張られ、


「……」


 無言のミルフィが見つめていた。

 どうしたのだろうか? 何か欲しい物でも有るのか?


「何か欲しい物でも有るのか? 例えば甘い物とか」


「要らないです。ご飯食べさせてください」


「分かった」


 俺はクラリスから皿とスプーンを受け取り、出来立ての薬膳料理を食べ易いように少し冷ましてからミルフィの口元に運ぶ。

 彼女はそれをゆっくりと食べ、何度かそれを繰り返すと食べるのをやめた。

 それから魔女が差し出した薬を飲んだミルフィは俺の手を握ったまま眠り始めるではないか。


「……わたしはこのままなのか?」


「側に居てあげなさい」


「ミルフィの寝顔を堪能する機会ですよ」


 前者はともかく後者の言い方っ!

 いや、しかしこうも手を握られれば……ふむ、あの特訓のお陰で俺は随分とミルフィに触れられるようになったなぁ。

 意識を失う気配も今のところ無い、彼女の露出した背中を直視しても影響は無かったな。

 ここまで進歩したのもミルフィのお陰か。

 俺は内心で彼女に感謝を浮かべながら、ミルフィが目覚めるまで待つ事に。

 ……こんな俺に尽くしてくれる者は早々居ないんだろうなぁ。

 それに彼女の笑顔を浮かべるだけで、感じるこの胸の高鳴り……いや、結論はミルフィが目覚めてから出すのも悪くないな。

 その間は保護者二人に相談するのも悪くはないか。

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