07.メイドと村人と
時刻が15時を過ぎた頃。私は玄関先で、
「先生。ミルクまでありがとうございます……それとまたお邪魔しに来て良いですか?」
「良いわよ。その木箱の底に刻まれた呪術についても相談に乗るわ」
流石は先生。話しても無いのに呪術の気配を察知していたなんて。
ジークも村人も気付いた様子は有りませんでしたが、先生に対して魔術を隠蔽するのも無理ですね。
「では、継続してゲラルド王に腹痛を与える効率のいい呪術を伝授してください」
「その内にね」
先生と別れ木箱を抱えた私は、ノームの自宅まで駆け足で向かった。
そして到着した私はさっそくドアを叩き、
「ノームさん! ジーク様のメイドが参りましたよ!」
呼びかけるとすぐにドアが開きました。
現れたノームの手には小麦粉の袋。キャベツ、そら豆、じゃがいも、にんじんと各種のベリーが抱えられ、
「領主様と一緒に食べてくれ。因みにじゃがいもは去年の秋に収穫したもんだ」
それを木箱の中に入れました。
そら豆のスープ、キャベツスープも捨て難いですが、ミルクはそう日持ちしないので献立は決まったようなものですね。
「ありがとうございます。これで旦那さまに美味しいシチューが出せそうです」
「領主様に喜んで貰えるかな?」
「きっと喜んでくれますよ」
お世辞の言葉を伝えるとノームは、眼を細めて笑った。
「美味かったらまた貰いに来てくれ……誰も食べない作物ほど寂しい物はない」
農家としての苦悩を一瞬見せたノームに私は何も言えませんでした。
小さい頃、路地裏に捨てられた野菜屑なんかを食べていた私にとってどんな食べ物も食糧でした。
「貰った作物が無くなったらまた貰いに来ますよ。食材の有無は畑の土を見れば分かるので!」
そう、素人の私の目で見ても理解できるほどにノームの畑の土は非常に状態が良い。
きっと彼が育てた野菜や穀物には栄養が詰まっているに違いありません。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
ノームは冴えない表情を崩して、確かな笑みを浮かべ、ゆっくりとドアを閉じた。
重くなった木箱を抱え直して森に続く道を歩き出す。
村を北に10分程進んだ所で、
「おーい、ミルフィ!」
呼び声に振り返ると衣類を抱えたコルルと剣を携えたウェンダムが駆け寄って来た。
ふむ、2人の様子を見た私は理解しましたとも。
「おや、コルルとウェンダムじゃないですか。……もしや逢引!?」
そんな冗談を飛ばすと、コルルが顔を真っ赤にして私の肩を掴み、
「そ、そんな訳ないでしょう! あなたのメイド服と下着が一着完成したから届ける途中だったのよ!」
ひと息で焦るようにそんな事を。
えぇ〜冗談だと思ったらまさかの!? いやぁ、世の中って分かりませんね。
私は改めてウィンダムに少しだけ視線を向けた。
そういえば王都で浮ついた話の一つもないウェンダムに、思わず口元が緩むのも無理ありませんよね。
「おやおや、等々ウェンダムに春が到来ですか」
「む? 春なら既に訪れているだろうって。それよりもコルル殿、用事を果たさなくて良いのか?」
彼の言葉でコルルが一瞬で悲壮感漂う表情に染まりましたが!?
いや、でもマジですか? こんだけ分かり易い反応で気付かない?
……まさか鈍感なんですかね。
「ミルフィ、あなたに似合うと思った最高のメイド服よ。あと下着は……もう15なんだから少しは冒険しないとね」
私の思考をよそにコルルは、ウェンダムから見えない位置から木箱に黒を基調としたフリル付きのエプロンドレスとシルク製の……ちょっとえっちちな下着と黒タイツを詰め込みました。
「あの、私が穿いてる下着をご存知なのですか?」
「あなたの身体を弄った時に見えたからねぇ」
あの時にですか。
いえ、それよりも恐ろしいのは仕立てをわずか数時間で完了させた彼女の技量ですね……身体能力も恐ろしいですが。
ふむ、思い返せば彼女にはやられてばかり。少し仕返しするのも悪くないよね。
私は彼女の耳元でぼそりと囁く。
「……頑張ってくださいね」
「な、何のことかしら!?」
あら〜顔を真っ赤にしちゃって可愛い反応ですねぇ!
「時にミルフィよ。ジーク殿はどうした?」
「旦那さまなら先に帰りましたよ」
「そうか。少し伝えておかねばならん事が有ってな」
そう言って深刻そうな表情を浮かべたウェンダムに、私は表情を崩さず。
「伝言なら私が伝えますよ」
「2時間程前に、南の領土から野盗が追い立てられた」
「追い立てられた野盗ですか」
野盗が村とジークを狙う可能性も高いですが、前者は元宮廷魔術師の先生とウェンダムが居ますから心配はありません。
問題は後者ですよねぇ。何せ私は業務時間を終えたら屋敷から帰らなければなりません。
つまりジークが危険に曝されると。
「心配はしておらんが、伝える事は伝えたぞ」
「はい。野盗の件は責任を持って伝えましょう」
「うむ。コルル殿、日が暮れる前に送り届けよう」
「い、良いのかしら?」
「貴女が危険に曝されては困るからのう」
そう言ってウェンダムはまるで騎士の様に……あっ、元騎士でしたね。
コルルを守るように彼女の自宅に向かって行きました。
別れ際のコルルはにまにまと口元を緩めちゃって分かり易いですよね。
彼女の好意に気付かない鈍感さんは馬に蹴られて熊に殴り飛ばされちゃえば良いのに。
さて、私も森を抜けて夕飯の支度ですね。